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【書籍化】無華の花嫁〜蔵に囚われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される〜  作者: 木風
第六章:藤

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第二十話 恋の自覚②

「殿下!」


慌てふためいた女中の甲高い悲鳴が、静寂な廊下を切り裂いた。


「す、すみれ様が……湯殿で倒れられて、意識が……!」


その一言を耳にした瞬間、理性は吹き飛ぶ。

身体が、思考よりも先に本能で動く。

呼吸が荒くなるのも構わず湯殿へ駆け、戸を乱暴に開け放った。


立ち込める白い湯気。湿った熱。

その向こうに——ぐったりと縁にもたれかかる、すみれの華奢な背中が見えた。


濡れた髪が肩に貼りつき、頬は湯の熱か、あるいは発熱か、いつもより赤く上気している。

意識は朧げで、焦点の合わない紫色の瞳が、助けを求めるように虚空を彷徨っていた。


「すみれ!」


足袋ごと湯に踏み込む。水に浸かる音がやけに大きい。

服の裾が濡れるのも構わない。

女中たちが「殿下!」と悲鳴めいた声を上げるのが聞こえた。


「殿下、いけません、お身体が——!」

「後でいくらでも拭けばいい」


それどころではない。


躊躇う暇もなく、細い肩に腕を差し入れて抱き上げる。

指先で手首を探り、脈を確かめた。——薄い。

呼吸も、糸みたいに頼りない。その軽さに、一瞬、息を呑んだ。


……やはり、こんなにも軽いのか。

骨ばかりで、温もりが消えそうで——胸の奥が、ぞっとする。


浴衣も何もまとっていない、湯に濡れた肌の感触が、組んだ腕を通じて直に伝わってくる。

湯に当てられた熱なのか、彼女自身の体温なのか判別がつかない。

頬をかすめた濡れた髪の先端が首筋を伝い、妙に生々しく現実を突きつけた。


……俺の素手が触れているのに、すみれは痛がらない。

『黒薔薇』の棘は、やはり彼女には届かない。

その事実が、今この瞬間も、俺を縛る。

——守らなければならない、と。


「殿下、せめて湯浴み着を!すみれ様が……」

「……今すぐそれを」


短く命じると、女中が慌てて大きな浴用布を広げた。

その中にすみれの身体を包み込み、改めて腕の中で抱き直す。


それでも、濡れた布越しに伝わる輪郭は隠しようがない。

華奢な鎖骨。手の平の中で頼りなく折れてしまいそうな腰のくびれ。

小さな背中が、腕の中でやけに静かに、そして胸を熱くさせる。


女だ——


瞬間、今さらのようにその紛れもない事実を思い知らされる。

いつも怯えた小動物のように震えていた少女。

『黒薔薇』による『異能』の棘を受けても傷つかない、唯一の不思議な『器』。


……違う。


『これ』は……すみれは、『道具』でも、『器』でもない。

俺が勝手に、都合のいい言葉で縛っていただけだ。


腕の中で、かすかに唇が震えるのが見えた。


「……ご、じょぅ、さま……?」


熱に浮かされた、弱々しい、子供のような声が服の袖口を濡らした。

名を呼ばれた、それだけで喉が詰まる。


「ここにいる。……もう何も心配するな」


自分でも驚くほど、声が低く、酷く掠れていた。

胸の奥で何かが決壊して、立場も理屈も、遅れて崩れていく。


皇族という立場のためでも、宮家の存続のためでも、国のためでもない。

ただ、この細い身体がもう二度と、痛みと恐怖に震えることがないように。

それが一人の男の勝手で、独善的な欲望だということも、深く理解している。


——ああ。もう、腹の底で認めるしかない。


すみれは、ただの群がってくるような『女』とも違う。

俺は、すみれをたった一人の『女』として、強く求めている。

手に入れたい。誰にも渡さず、独占したい。

すべての痛みから守り抜き、ただ、あの安堵した顔で笑っていてほしい。


すみれが好きだ。愛しているんだ……

それ以外の感情など、名前を付けられもしないし、存在すらしないと気付かされた。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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