表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】無華の花嫁〜蔵に囚われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される〜  作者: 木風
第五章:花霞

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/55

第十九話 園遊会の終わりに②

「車を回してくるので、ここで待っていてください。殿下もすぐに戻られますので、ご心配なく」


お父上に呼ばれ、その場を離れた五条様の代わりに現れたのは、榊原様だった。

その落ち着いた声に頷いたものの、胸の奥はまだ氷の塊みたいに冷たい。

芝生の端——木陰の静かな場所に案内され、私は一人、五条様の帰りを待つことになった。


一人になった途端、堰が切れたように大きく息を吐く。

喉が痛いほど空気を吸っても、まだ足の裏がふわふわしている。

庭園には相変わらず人が多く、ここにまでざわめきが波のように寄せては返す。

ほんのさっきまで、あの視線と囁きの渦中に五条様と立っていたなんて——今でも信じられない。


きっと、五条様のお側にいるという『お役目』も、これで終わるだろう。

お父上の『正式な場』——

それはきっと、私をもとの場所へ押し戻すための場だ。

大丈夫。本来の私がいるべき場所に戻るだけ……


『無華』の証である紫色の瞳に手を添える。

——隠したい。見られたくない。

けれど触れた指先の冷たさが、現実を確かめさせる。


その瞬間。


背後から、忘れたくても決して忘れられない、憎悪のこもった声が突き刺さった。


「なんで忌まわしい『無華』のお姉さまが、五条殿下のお隣にいるのよ」

「……百合……」


振り向いた途端、視界が狭くなる。

目の前には妹である百合、そして……父と継母がいた。

四カ月以上、顔を合わせずに過ごしていたせいだろうか。

蛇に睨まれた蛙みたいに、脚が竦み、逃げようとする気持ちだけが空回りする。


「母と娘、二人揃って忌々しい。この朝霞家の面汚しめ」


継母の吐き捨てるような言葉に、呼吸すら上手くできなくなる。

肺がひゅうっと鳴る。心臓が痛いくらいに暴れ、手の先まで痺れていく。

腕も脚も止めどなく震えて、視線を上げることすらできない。

家の蔵の匂い、冷たい床、濡れた布の重さ——忘れたはずの恐怖が、皮膚の内側から蘇る。


「その気味の悪い眼で、どうやって殿下を誑し込んだの!」

「五条殿下は百合との縁談が進んでいたのだぞ!

お前のような『無華』が、宮家の嫡男のお側にいていいわけないだろう!!」


父と継母の怒声に近い罵倒が、周囲のざわめきをも貫いて耳に入る。

その声に反射するように身体を強張らせ、両腕で身体を庇うように身を屈めた。

次にくるのは叩く音——植え付けられた記憶が身体を勝手に縮こまってしまう。


彼らの言う通りだ……。

五条様が、ただ物珍しがって私を側に置いているだけ。

この場が終わったら、私は近い将来、ただの『無華』の慰み者として扱われて、捨てられる。

——そんなこと、私が一番わかっている。

きっと誰よりも、理解している。


「その振袖も、私の方が似合うに決まっているわ!!今すぐ脱ぎなさい!」


百合が勢いよく掴みかかろうとした瞬間、恐怖で身体が完全に固まった。

袖を引かれたら、帯が解けたら、皆の前で——。

喉の奥がこれでもかというくらい締まって、声が出ない。


「すみれ嬢!!お前たち!!なにをしているんだ!!」


車から慌てて降りてきた榊原様の、悲鳴のような声が空気を裂いた。

その声で、辛うじて意識が現実へ引き戻される。


「大丈夫ですか!?」

「……あ……あ……はぁっ……はぁっ……!」

「このお方の、お身体に触れるな!何をしているのかわかっているのか!!」


榊原様が父たちへ鋭く抗議する。

けれど私の喉は引きつって、何か言おうとしても口が開かない。

息をするのですら、やっとだった。


高価な振袖だということも忘れて、その場に崩れ落ちるように座り込んでしまう。

膝が芝を押し、袖が地面に広がる。

榊原様と父たちが厳しい表情で何か言い合っている——

はずなのに、心臓の鼓動がうるさすぎて、言葉が音にならない。


私が父と継母を止めなければならないのに。

怖くて、顔を上げられない。


あぁ……今度は榊原様にまで、ご迷惑をかけて……

私がいるから。私と関わってしまったせいで。


「すみれ!どうした……!?」


突如、空気を切り裂くような——慌てた五条様の声が響いた。

その声を認識した瞬間、強い力で抱き寄せられる。


礼装の胸に顔が押し当てられ、布越しの体温がどっと流れ込む。

あの落ち着いた香りが、息の奥まで満ちていく。

その腕の中に入った途端、周囲のざわめきも、心臓の激しい痛みも、嘘みたいに遠ざかった。


五条様の腕は私を逃がさないように、けれど痛くない強さで背を抱え込んだ。

手の平が背中を一度、ゆっくり撫でる。

それだけで、凍りついていた呼吸が少し戻る。


「……大丈夫だ」


耳もとで落とされた低い声に、涙が出そうになって、唇を噛んだ。

顔を上げると、父と継母と百合は、気が付けば既にその場から姿を消していた。


「榊原、いったい何があった」

「すみれ嬢のお父上が——」


父の言う通りに違いないのに。

私がいるだけで迷惑をかけるとわかっていながら、この場を一人で去ることすらできないなんて。


「い、いえっ!……悪いのは私なんです!……

私と、関わってしまったせいで、全部……私が、悪いんです」


やっと絞り出した言葉は、五条様の胸に吸い込まれるように、小さく震えた。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ