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【書籍化】無華の花嫁〜蔵に囚われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される〜  作者: 木風
第五章:花霞

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第十八話 五条様のお父上①

組まれた五条様の腕が、わずかに強く力を込める。


「顔を上げろ。心配するな」


心配……そんな軽い言葉じゃない。

彼らの視線が、『無華』である私の瞳の奥を覗き込み、私の存在そのものを否定している気がする。

今すぐにでも振袖の裾で顔を隠してしまいたくて仕方がない。


やはり、この場にいる誰もが、『無華』である私を、場違いだと思っているに違いない。


足が、恐怖で震えているのがわかる。

膝の内側が勝手に小刻みに揺れて、草を踏むたびに、足裏だけが空回りするみたいだ。

ここで立ち止まり、振り返って、逃げ出したい。


けれど——五条様から離れて、一人この場所に残されることのほうが、もっと恐ろしい。

五条様の歩幅に合わせて進むことしかできない。自分の足で歩いているはずなのに。


振袖の袖が、五条様の深く濃い紺色の礼装の裾に触れるたびに、胸が焼けるように熱くなる。

その触れ合い一つで、五条様の隣にいると改めて実感させられて、息が詰まる。


私なんかが……!

こんなふうに五条様に扱われていいわけがないのに。

腰に回された手の温もりも、組まれた腕の確かさも、ぜんぶ分不相応で、いつか罰として剥がされる予感がする。


それでも、五条様は人々の視線やざわめきに少しもうろたえず、止まることなく堂々と歩を進めていく。

この庭園の空気ごと、すべてを従わせるみたいに。

私はただ、置いていかれないように、芝生を踏みしめるだけだった。


やがて、人々の鋭い視線の波が少しだけ遠のいていく。

庭園の奥、招待客が比較的まばらな場所へと進むにつれ、色とりどりの人々の間から、深く穏やかな木々の緑が目に入り始めた。

葉擦れの音が、ざわめきの隙間に落ちる。少しだけ、息が戻る。


「ここなら、まだ静かなほうだ」


そう言って、五条様は芝生の端、大きな木陰に近い場所まで私を連れていってくれた。

振袖の裾が柔らかな草を撫で、春の少し冷たい風が袖口のあいだから、汗ばんでいた肌を静かに冷ます。

冷えるはずなのに、五条様の腕を掴む手の平だけが熱い。


すぐそばには、白いテーブルとテントがいくつか並んでいた。

磨き上げられた銀のトレーには、シャンパンゴールドのグラスや、色とりどりの小さな菓子、上品なサンドイッチが整然と並んでいる。

係の方が五条様に静かに頭を下げ、深く一礼した。


「お飲み物はいかがなさいますか、殿下」

「彼女に、喉越しがよい甘いものを。……すみれ?」


ふいに、優しく名を呼ばれ、びくりと肩が震えた。

まだ意識が周囲に囚われていて、どこを見ても『見られている」ような気がしてくる。


「な、何でも……結構です……」

「何でもは困るだろう。とにかく何か飲め」


そう言われても……とてもじゃないけれど選ぶことなんて……

五条様はわずかに目を細め、用意されたメニューにちらりと視線を落とした。


「それでは、柑橘系の果実水を。甘さは控えめで頼む」

「かしこまりました」


渡されたグラスは、手の平にひんやりと冷たく、指先の微かな震えが少しだけ紛れた。

透き通った水のなかで、小さく切られた鮮やかなオレンジ色の果肉が光を浴びて、きらきらと揺れている。


「喉が渇いているだろう。少しずつでいいから、飲め」


すすめられるまま口をつける。

ほんのりとした品のよい甘さと酸味が広がり、強張っていた喉をやっと通っていくのを感じた。

喉が開く。肺が膨らむ。

——やっと、深く息ができた気がする。


周囲からは、絶え間なく人の声が聞こえてくる。

どこかの貴族のご婦人が大声で笑う声、功労者の名前が仰々しく呼ばれる声、遠くで奏でられる音楽——。

そのすべてが、やはり私とは何の関係もない、遠い別世界の音に思えた。


五条様がそばにいてくれるおかげで、視線はさっきほど刺さらなくなったはずなのに、胸のざわめきは収まらない。

いつでも、次の瞬間には刃がこちらへ向く。そんな予感が消えない。


私、何てところに来てしまったんだろう。

五条様のお隣で、こんなに綺麗な振袖を着て……

どこかにいる、令嬢のようなふりをして。


「……私、本当に、ここにいていいのでしょうか」


気づけば、抑えきれない不安が、弱々しい言葉となって漏れる。

五条様の礼装の袖を、指でぎゅっと掴んでしまった。


「さっきも言っただろう、すみれ」


五条様は、グラスを置き、少しだけ身を屈めて私の顔を覗き込まれる。

その瞳は、相変わらず深く、そしてすべてを受け入れるように穏やかだった。


「ここに連れてきたのは、俺だ。他の誰にも文句など言わせない」


それは、皇族の宮家嫡男として、簡単に言える言葉ではないはずなのに。

なのに、五条様は、当たり前のように言い切ってしまう。

そんな言葉をもらうたびに、どうしたらいいのか、やっぱりわからなくなる。


それでも、周囲のざわめきは私の心から消えてくれない。

少し離れた場所から、親しげに、あるいは嘲るように、誰かがひそひそと囁く『無華』という声が聞こえるような気がした。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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