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【書籍化】無華の花嫁〜蔵に囚われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される〜  作者: 木風
第五章:花霞

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第十七話 園遊会の支度②

「行こう。すみれ」

「……はい」


差し出された手。

細く長い指……いつも、私の頬や耳に、優しく触れてくれた指。

あの温もりに触れたら、また何かが私の心に強く刻み込まれたような気がして、少し怖い。

けれど、もっと刻み込んでほしいと思う自分もいて、もっと怖い。


躊躇いがちに指先を重ねると——

五条様は私の手を引くのではなく、すべてを包み込むように、その大きな手の平で迎え入れるように握られる。

逃げる隙間のない握り方なのに、痛くない。

むしろ、震えが止まる。


小さく返事をした声は、振袖の重さに負けそうなほどか細いのに。

その手の中にいる限り、私は一歩だけ前へ出られる気がした。

振袖の袖が、わずかに触れ合うほど近い距離。

絹が擦れる、ほとんど音にもならない気配だけで、心臓が跳ねた。


緊張で足が震えた瞬間、五条様がわずかに身を屈める。

私にだけ届く、静かな声。周囲の誰にも奪われない場所へ、言葉を落とすみたいに囁いた。


「大丈夫だ。お前は美しい」

「……っ」


その一言は、帯の締め付けとは比べものにならないほど、胸の奥深くに突き刺さる。

『無華』として息を殺してきた過去と、この瞬間の、わずかばかりの幸福が——

無理やり結びつけられてしまう。

ほどけない結び目みたいに、きゅう、と。


五条様と並んで歩くのは、振袖の重さよりずっと重く、鉛のようにのしかかってきた。

長い袖が揺れるたび、視線を集めそうで怖い。

車へ乗り込むとき、五条様が軽く手を添えてくれるだけで、私の足は緊張で小刻みに震える。

その震えを隠すように、息が浅くなってくる。


五条様は微かな違和感も見逃さず、私の様子を確かめるように声をかけた。


「緊張しているのか?」

「……すみません……きっと、ご迷惑をかけると思います」

「謝るなと言っただろう。誰だって、初めての場は緊張するものだ」


叱るのではなく、言い聞かせるような、なだめるような言葉。

そう言って微笑む五条様の横顔は、どうしてこんなに穏やかなのだろう。

私の胸の方は、張り裂けてしまいそうな鼓動でいっぱいだというのに。


車が園遊会の会場に近づくにつれ、外のざわめきが、津波のように大きくなる。

窓の外へ目を向けるほど、逃げ場がなくなるのに、目を逸らすこともできない。


格式ある大きな門。

石畳の先に、宝石が砕け散ったように色鮮やかな人々がまとう衣装の数々……。

絹、ビロード、真珠の光。笑い声の粒。

どれもが、今まで私が生きてきた現実とは、かけ離れたものだった。


「すみれ」


あまりの緊張から、声も出せない。

五条様の声に顔を向けると、長い指が伸ばされ、私の帯の結び目を軽く整えた。

結び目がほんの少し持ち上がり、息が通る場所ができる。

その手付きがあまりにも自然で、あまりにも近くて、胸の奥が強く跳ねた。

触れられることが怖いはずなのに——触れられた場所だけが、逆に落ち着くのが、もっと怖い。


車が止まり、扉が開く瞬間。

外の冷たい風より先に、五条様の大きな気配がぐっと近付く。


「いいか。この場では、俺から一歩も離れないように」

「……はい」


やっと口を開けたけど、喉の奥がカラカラに乾く。

五臓様に手を添えられ、外へ足を出すと、目の前に広がる景色に、息を呑んだ。


広大な庭園。

色彩の洪水のような着物と洋装の人々。

軽やかな笑い声が飛び交う、たくさんの人の波。

優雅な音楽が流れているけど、もう自分の心臓の音しか聞こえない。

そして、その視線すべてが、刃のように鋭く、こちらへ向いている気がした。


怖い。


そう思って、身体を小さくすぼめると、五条様の手が——すっと、私の腰へ回された。


「っ……!」


帯越しにも、手の平の熱い体温が鮮明に伝わってくる。

振袖姿で、五条様に、こんなに間近に身体を寄せられるなんて……。

腰に添えられた力は強くないのに、逃げ道だけは確かに塞がれて、息を詰まりそう。


五条様はわずかに屈み、私にだけ届く、静かで低い声で囁く。


「手を」


促されるまま、震える自分の腕を、五条様の腕に組ませる。

礼装の布越しに伝わる硬い感触と、その奥の体温。

それだけで、なんとか意識を保つことができ、同時に守られているみたいでもあった。


五条様がゆっくりと歩きだすのに合わせて、私も怯えるように足を進める。

草を踏む音、袖が揺れる音、遠くの笑い声。

世界が全部、私たちへ向かって傾いていく。


ざわっ……ざわざわっ……!


広場の空気が、はっきり揺れたのがわかった。


視線が、本物の無数の針のように肌へ突き刺さる。

噂する、押さえきれない人々の囁き声が耳を刺した。


「五条家の、殿下が……」

「誰だ?あの娘は……見たことがない」

「まさか、これがお披露目だというのか……」


その言葉が、私の紫の瞳を探るように聞こえる。

見つけた瞬間に、否定される気がして、足もとが崩れ落ちそうになった。


——隠したい。消えたい。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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