第一話 一番古い記憶④
目が合えば、継母は必ず鬼のような形相で睨みつけ、苛立たしげに舌打ちをする。
その舌打ち一つで、私は背筋がすう、と冷えた。
私が口を開けば理由も聞かれず怒号が飛び、前を横切ろうものなら邪魔だと言わんばかりに殴られ、蹴飛ばされるのが常だった。
畳に爪先が触れただけで叱られ、音を立てないように息を吸うことさえ怖くなる。
そして、少しでも粗相をしようものなら、必ず蔵に閉じ込められた。
一晩中でも、二晩でも。外が明るくなっても、扉は開かない。
「ごめんなさい!!おねがい、だして!もうにどとしませんから!!」
粗相の内容は、最初こそ「食事を食べるのが遅い」「湯を使い過ぎるな」といった生活上の言いがかりだった。
けれど次第に、その理由は「足音がうるさい」「ため息を吐くな」「辛気臭い」といった、存在そのものを否定するものへと変わっていった。
呼吸の音すら罪になるのだと、私は早いうちに覚えた。
どんな理由でも、継母の気分一つで私は蔵に放り込まれる。
扉が閉まるたび、外の世界が遠のき、私だけが取り残される。
始めの頃は、喉が張り裂けるほど叫び、涙ながらに謝り、何度も懇願して外へ出してもらった。
けれど、ある日——ただ、くしゃみをしただけで閉じ込められた時。
私はようやく悟ったのだ。私の謝罪も懇願も、最初から届く場所がなく、何の意味も持たないと悟った。
空気まで凍り付くように暗く冷たい、わずかな陽の光しか届かない蔵の中。
土間は湿っていて、冷えた匂いが鼻の奥に張りつく。
私は膝を抱え、継母の理不尽な怒りが治まるのを、じっと息を潜めて待つことしかできない。
泣けば音が出る。震えれば板が鳴る。
だから、泣くことさえ我慢した。
ある時、雪が降りしきる夜になっても、蔵から出してもらえない日があった。
きっと継母は、私を蔵に入れたことすら忘れてしまったのだろう。
——忘れられるのは、死ぬよりも怖い。
そう思ってしまう自分が、また情けない。
いつも通り膝を抱え、冷たい土間に座り込んでいると、蔵の重い扉が静かに軋み、わずかな月明かりが奥まで差し込んだ。
冷たい光の中に、蝋燭の小さな火が揺れる。
酷く怯えた様子の、年若い使用人の女性が、手もとを照らす蝋燭を持って立っていた。
影が壁に大きく伸び、彼女の肩が小刻みに震えているのがわかった。
「……お嬢様。大丈夫ですか。お身体、冷えてはいませんか」
私にだけ聞こえるような、蚊の鳴くような声だった。
その声が、暗闇の中で初めての『人の声』に聞こえて、胸の奥が痛んだ。
彼女が差し出してくれたのは、手の平に載るほどの小ぶりなおにぎりが二つ。
湯気はもう立っていなかったけれど、手の平の温度が残っていて、指先がじん、とした。
きっと夕餉で残ったご飯だろう。
最後に白米を食べたのがいつだったか、思い出せない。
うっすらとまぶされた塩気、そして中には赤く酸っぱい梅干し。
凍えた身体に染み渡るその温かさと素朴な味は、後にも先にも、あれほど美味しいと思った食べ物は他になかった。
噛むたびに、涙が勝手に落ちた。
嬉しくて泣く、ということを初めて知った気がする。
「故郷に……お嬢様と同じ年頃の妹がいるんです」
そう話してくれた彼女は、泣きそうで、困ったようで、それでも優しい微笑みを浮かべた。
その微笑みが、今でも胸に残っている。寒さよりも、ずっと深く。
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