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【書籍化】無華の花嫁〜蔵に囚われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される〜  作者: 木風
第四章:若葉

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第十四話 初めてのお出かけ②

ドアの向こうから、控えめなノックの音がする。


「支度は、済んだか」


女中さんが「どうぞ」と返事をすると、五条様が静かに、一歩、部屋へ入ってこられた。

畳を踏む音すら控えめで、なのに、その気配だけで空気が張りつめる。


視線を上げるのが怖くて、自分の爪先を見つめるしかできない。

——着物が綺麗なのはわかっている。

ただ、着ているのが私……どう考えても似合うなんてことあるわけがない。


それでも、ほんの少しだけ顔を上げる。

五条様の瞳が、静かに、熱を帯びてこちらを捉えられる。

逃げ場のないほど真っすぐに。


「……よく似合っている」

「そ、そんな……」

「本当だ」


言い切る声音が、短く、揺らがない。

褒め言葉に慣れていないせいで、どう返せばいいのかわからない。


「——行こうか」


差し出された手。

なんてことない仕草でも、痛いことが起きるんじゃないか、と身体が勝手に身構えてしまう。

一呼吸置いて、小さく頷き、その指先に自分の手を重ねた。


温かい。

それだけで、胸の中に今まで感じたことのない感情が湧いた気がした。


廊下を歩き、玄関へ向かう。

黒塗りの重厚な車が用意されていて、助手席のドアを開けてもらい、恐る恐る乗り込む。

続いて運転席のドアが閉まり、五条様がハンドルの前に収まった。


「俺が運転する。楽にするといい」


そう言われても、楽になんてできるはずがない。

五条様のお屋敷に初めて来たときも車で運ばれたらしいけれど、あの時の私は、ほとんど意識がなかった。

意識のある状態で車に乗るのは、これが初めて。


屋敷を出て、門をくぐると、見慣れない街並みが窓の外を流れていく。


私の世界は、小さな蔵を中心とした朝霞の家。

それと、お世話になっている五条様のお屋敷のみ。


そこから一歩たりとも外を歩いたこともないし、まともに見たこともない。

ガラス窓越しの、すべてが色鮮やかで、速い世界。

看板の文字、行き交う人の影、冬の乾いた陽射しさえ、眩しくて目が追いつかない。


「緊張しているのか?」

「……はい」


答えた途端、情けないほど声が小さくなる。

こんな……目に映るものすべてが初めてで、どうしたらいいのか。


「大丈夫。今日は、必要なものを揃えるだけだ」


信号待ちのあいだ、五条様は片手をハンドルから離し、ちらりとこちらへ視線を向けた。

その一瞬の横顔が、妙に近く見えて、心臓が跳ねる。


——しまった。

私、あまりにも五条様を見つめすぎてしまったかもしれない。


慌てて視線を膝へ落とすと、「ふっ」と息を吐くような軽い笑い声が聞こえた気がした。

怒られない。むしろ、……面白がられた?

その事実に、胸の奥がまた、揺れる気配がした。


何階建てかもわからない。こんな大きな建物がたくさん並ぶ街並み。

やがて車は、その一つの大きなビルの中に、潜るように吸い込まれるように進んでいく。

一般のお客様の出入り口ではないのだと、ぼんやり理解した。

——これが、五条様に相応しい世界なんだ。


案内された小さな空間。

えれべーたー——と名前だけは聞いたことはあるけれど、もちろん乗るのは初めて。

こんな箱が人を乗せて、上下に移動するなんて……。


足もとがふわりと浮くような不思議な感覚にしゃがみ込みそうになる。

なんとか耐えていると『チンッ』という音がして、扉が開く。

何回か止まるたびに人が徐々に減る。扉が開くたびに、たくさんの騒めきが耳に入る。

誰とも眼を合わさないように、顔を伏せ俯いてしまう。


「ここだ」


五条様に促され、エレベーターから降りると、その先には、静かなフロアが広がっている。

先ほどまで聞こえていた人のざわめきも、館内放送の音楽も届かない。

磨かれた床と柔らかな灯りだけの、別世界。


「五条様、本日はご来店ありがとうございます」


落ち着いたスーツ姿の男性が、深々と頭を下げてくる。

頭を下げられるたびに、反射で肩がすくみそうになる。

——私がここにいていいのだろうか、と。


「彼女の園遊会用と、日常の服を少し。事前に伝えた条件で、見繕ってもらえるか」

「かしこまりました。まずは、こちらの特別室へ」


案内された先には、大ぶりのソファと低いテーブル。

壁際には既に数本の服が並んでいる。


どれも見たこともないようなものばかり。

なんという名前なのかすら知らない、着物とは全く違う、軽やかで柔らかそうな……

その脇には、宝石箱のようなトレイにアクセサリーが整列し、きらきらと光っていた。

眩しいのに、怖くて、目が離せない。


「まずは、園遊会でお召しになる振袖に合わせるお品でございますね」


そう言って、女性の店員さんがトレイを目の前に差し出す。

上品な白い丸いイヤリング。……これは真珠だろうか……?

小さなキラキラ輝く石が一粒だけきらめいているイヤリング。

手首に沿うような細いブレスレット。帯もとに添えられる小ぶりのブローチ。


「振袖の場合、首もとはお着物の衿が主役になりますので、首もとはすっきりと。

耳もとと手もとだけで華やぎを添えるのがおすすめでございます」


真珠の柔らかな光が、訪問着の袖に映り込む。

自分の袖が、こんなふうに光を返すものだなんて知らなかった。


「すみれ。これを、耳に当ててみろ」


五条様が指さしたのは、丸く小さめの真珠のイヤリング。

店員さんがさっと鏡を差し出し、耳に留めてくれる。

冷たい金具が触れた瞬間、馴れない感触に身体がびくりと反応しそうになってしまう。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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