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無華の花嫁〜蔵に囚われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される〜  作者: 木風
第三章:白梅

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第十一話 はじめての庭散歩②

あまりにも自然に、五条様に右手を取られる。

この前触れられたのと同じ、大きく、確かな熱を持つ手。

その温度に引かれるように、大きなガラス戸の前に立つ。

厚いガラスに、外の景色がぼんやりと映っていた。


戸が開いた瞬間、冷たい空気が頬を刺し、肩をすくめる。


部屋の窓から庭園が少し見えていたけれど。

目の前に広がっていたのは——

想像していた『庭』とは、全くの別世界。


……広い。


どこまでが五条様のお屋敷の敷地なのか、見当もつかない。

石畳のアプローチがずっと続き、その先には、綺麗に刈り込まれた木々や背の高い木立。

冬枯れした枝のあいだから、ところどころに常緑の濃い緑が覗いている。


少し離れたところには池まである。

水面の一部には薄く氷が張り、その縁に丸く剪定された低い木が並んでいた。

石灯籠。小さな橋。

庭の中に、別の世界がいくつも折り重なっているように見える。


こんなに、空って広かったんだ……。


朝霞の家から見上げていた空は、いつも息苦しく、あんなに狭く感じていたのに。

ここから見上げる空は、どこまでも続いていて、白い雲がゆっくりと、自由に流れている。

自分の息が、白くほどけていくのが見えた。

それだけで、胸の奥がじん、と熱くなる。


足もとで枯れ葉がかさりと鳴った。

自分の歩みが、この静かな景色を少しずつ乱しているような気がして、申しわけなくなる。

それでも、五条様の手は離れず、歩幅を合わせてくれる。


「寒くないか?」

「だ、大丈夫です……」


声が上ずり、慌てて頷いた。

大丈夫かどうかなんて、わからない。

寒さより、この場所に立っていることの方が、ずっと怖い。


こんな場所に、私がいていいはずがない。

こんな広い玄関も、こんな綺麗な庭も、見てしまったら、もう二度とあの冷たい蔵には戻れない気がしてくる。


戻りたくは……ない、けれど。

自分にふさわしい場所は、あそこだとわかっている。

いつか戻らなければならない。

その恐怖と、いま指先に触れている温もりを、心の中で天秤にかける。


かじかんだ指先に、羽織の端が食い込んだ。


「そろそろ冷えてきただろう。部屋に戻ろう」


その言葉に、繋がれた手がふっと離れる。

襟もとを直されると、五条様が着ていた、まだ温かいコートが、強引に私の肩へ掛けられた。


「だ、だめです……!五条様がお風邪を引いたら……」

「気にするな」


短い言葉の裏に、譲らない意志に、私は抗えず、ただ温かさに包まれる。

手から離れていく体温が惜しくて、視線を逸らせない。


「もう少し暖かくなると、色々な花が咲き始める」

「そう、なんですね」


『無華』の私が、咲く花を愛でることすらも不遜で滑稽だと思っていたのに。

けれど、この庭園に春が来て、色と香りが満ちるなら——見てみたい。

そんなふうに素直に思ってしまった自分に、驚く。

同時に、その思いが許されないもののようで、怖い。


玄関から自室に戻ると、五条様のコートを抱きしめるようにして、ベッドに座り込む。

温かさがまだ残っていて、その温度が名残惜しい。

女中さんが温かいお茶を置き、小さく頭を下げて退出していくと、部屋の静けさが、急に濃くなった気がした。


「無理はしていないか?」

「……大丈夫です」


五条様はそばに座ると、私の額に手を当てた。

体温を確かめるその仕草が、あまりにも自然で、私の方が戸惑ってしまう。


私のためだけに。

私の体調を気遣い、散歩に誘い、手を取って歩いてくれた。


私がまた「ごめんなさい」と言おうとするのを察したのか、五条様は優しく、先に言葉を重ねる。


「約束通り、春には、この庭を二人で歩こう」

「二人で……」

「ああ」


春という言葉が、胸の奥に落ちて、温かい音を立てた。

そんな日が本当に来るのだろうか。

信じたら、壊れるのが怖いのに。

頷くことしかできない。


五条様のコートの温かさと、春の約束だけが、この部屋に残り、私を二度と蔵へ帰したくないと囁きかけているようだった。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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