第十一話 はじめての庭散歩①
「本日は、殿下がお庭をお歩きになってはどうかと」
女中さんに手を引かれて、私はベッドの上からゆっくりと立ち上がる。
膝に力が入らず、床に降ろした足裏がふわりと浮くように頼りない。
けれど、女中さんの手は確かで、転ばないよう静かに支えてくれた。
「寒うございますから、もう一枚重ねましょうね」
いつもの寝間着代わりの浴衣の上から、柔らかく肌触りのよい襦袢を羽織らされる。
紐が結ばれるたび、布が重なるたび、自分が守られているみたいで、落ち着かない。
その上に淡い灰桜色の小袖を着せてもらい、腰に帯をきゅっと締められる。
帯の締め付けさえ、不思議と苦しくはない。
こんな上等な着物、生まれて初めて着た……。
鏡の中には、見たことのない自分が立っている。
……誰……?
見ていることができず、目を逸らしたくなる。
蔵で着ていた薄汚れた木綿とは、どれも別世界の布。
袖に触れるだけで、さらり、と音もなく滑り、肌の上を撫でる。
こんなに綺麗なものを汚してしまったらどうしよう。
粗相をしてしまったら、どう謝ればいいのか。
頭の中が、同じ心配で埋め尽くされていく。
「足もとがお冷えになりませんように」
「あ、あの……自分で……」
女中さんの方は微笑むばかりで、手を止めることなく白い足袋に、新品の草履にと履かせられる。
履かされるたびに、私の貧しさが露わになる気がしてしまう。
さらに綿の入った羽織を重ね、首もとにはふわふわとした襟巻きを巻かれた。
布の重みが増すほど、外へ出る現実味が増して、心臓が速くなる。
「殿下がご一緒なので、大丈夫かと思いますが、辛くなったらすぐおっしゃってくださいね」
「……はい」
声が少し震えた。
楽しみだなんて、まだ不遜で言えない。
けれど、外の空気を吸ってみたい気持ちが、少しずつ現実味を帯びてくる。
廊下を歩いて、玄関に近づくにつれて、空気が変わっていく。
自室のあたりは人の気配も少なくて静かだったのに、玄関へ続く広い廊下は床も壁もつるりとしていて、足音がよく響いた。
……冷たい音。
どこまで続くのかわからない長い廊下を、女中さんの一歩あとを、付いていく。
息を吸うたび、檜や香の上品な匂いが遠のき、かわりに磨かれた木と石の匂いが混じってくる。
そして、玄関の間に足を踏み入れた瞬間、はっと息を呑んだ。
「……っ」
「こちらでお待ちください」
天井が、遥か遠い。
見上げれば白く磨かれた天井から、巨大な灯りが吊り下がっている。
丸いだけでも四角いだけでもない、不思議な形。
金色に輝く金具と、すりガラスのような板が幾重にも重なって、花のようで、星のようで——
それが淡い光を静かに降らせていた。
足もとの床は、黒と白の石が交互に並び、格子のような模様になっている。
その上を歩くこと自体が、申しわけない。
汚してはいけない。傷をつけてはいけない。
自分の存在が、この場所に不釣り合いすぎて、怖くなる。
壁には蔓のような模様や、扇を広げたような形の装飾が彫り込まれ、直線と曲線が絡み合って、見たこともない意匠を作っていた。
玄関の両側には、使用人たちが控えている。
けれど、誰も私をまじまじとは見ない。
それでも視線が体温のように集まる気がして、襟もとをぎゅっと握りしめ、俯いてしまう。
「在り合わせの服だが、似合っているな」
背後から、思ってもいない率直な褒め言葉が落ちて来て、反射的に身構える。
「五条様……」
「転ばないように、手を」
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