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無華の花嫁〜蔵に囚われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される〜  作者: 木風
第三章:白梅

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第十一話 はじめての庭散歩①

「本日は、殿下がお庭をお歩きになってはどうかと」


女中さんに手を引かれて、私はベッドの上からゆっくりと立ち上がる。

膝に力が入らず、床に降ろした足裏がふわりと浮くように頼りない。

けれど、女中さんの手は確かで、転ばないよう静かに支えてくれた。


「寒うございますから、もう一枚重ねましょうね」


いつもの寝間着代わりの浴衣の上から、柔らかく肌触りのよい襦袢を羽織らされる。

紐が結ばれるたび、布が重なるたび、自分が守られているみたいで、落ち着かない。


その上に淡い灰桜色の小袖を着せてもらい、腰に帯をきゅっと締められる。

帯の締め付けさえ、不思議と苦しくはない。


こんな上等な着物、生まれて初めて着た……。

鏡の中には、見たことのない自分が立っている。


……誰……?


見ていることができず、目を逸らしたくなる。

蔵で着ていた薄汚れた木綿とは、どれも別世界の布。

袖に触れるだけで、さらり、と音もなく滑り、肌の上を撫でる。

こんなに綺麗なものを汚してしまったらどうしよう。

粗相をしてしまったら、どう謝ればいいのか。

頭の中が、同じ心配で埋め尽くされていく。


「足もとがお冷えになりませんように」

「あ、あの……自分で……」


女中さんの方は微笑むばかりで、手を止めることなく白い足袋に、新品の草履にと履かせられる。

履かされるたびに、私の貧しさが露わになる気がしてしまう。


さらに綿の入った羽織を重ね、首もとにはふわふわとした襟巻きを巻かれた。

布の重みが増すほど、外へ出る現実味が増して、心臓が速くなる。


「殿下がご一緒なので、大丈夫かと思いますが、辛くなったらすぐおっしゃってくださいね」

「……はい」


声が少し震えた。

楽しみだなんて、まだ不遜で言えない。

けれど、外の空気を吸ってみたい気持ちが、少しずつ現実味を帯びてくる。


廊下を歩いて、玄関に近づくにつれて、空気が変わっていく。

自室のあたりは人の気配も少なくて静かだったのに、玄関へ続く広い廊下は床も壁もつるりとしていて、足音がよく響いた。


……冷たい音。


どこまで続くのかわからない長い廊下を、女中さんの一歩あとを、付いていく。

息を吸うたび、檜や香の上品な匂いが遠のき、かわりに磨かれた木と石の匂いが混じってくる。


そして、玄関の間に足を踏み入れた瞬間、はっと息を呑んだ。


「……っ」

「こちらでお待ちください」


天井が、遥か遠い。

見上げれば白く磨かれた天井から、巨大な灯りが吊り下がっている。

丸いだけでも四角いだけでもない、不思議な形。

金色に輝く金具と、すりガラスのような板が幾重にも重なって、花のようで、星のようで——

それが淡い光を静かに降らせていた。


足もとの床は、黒と白の石が交互に並び、格子のような模様になっている。

その上を歩くこと自体が、申しわけない。

汚してはいけない。傷をつけてはいけない。

自分の存在が、この場所に不釣り合いすぎて、怖くなる。


壁には蔓のような模様や、扇を広げたような形の装飾が彫り込まれ、直線と曲線が絡み合って、見たこともない意匠を作っていた。


玄関の両側には、使用人たちが控えている。

けれど、誰も私をまじまじとは見ない。

それでも視線が体温のように集まる気がして、襟もとをぎゅっと握りしめ、俯いてしまう。


「在り合わせの服だが、似合っているな」


背後から、思ってもいない率直な褒め言葉が落ちて来て、反射的に身構える。


「五条様……」

「転ばないように、手を」

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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― 新着の感想 ―
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