第十話 療養を経て②
「結論から申せば——条件付きで、外出をお許ししてよろしいかと」
「……条件?」
「はい。まず、長時間は避けること。最初のうちは、一刻——いえ、それより少し短いぐらいでよいでしょう。屋敷の庭や、人の少ない場所を散策される程度でしたら、差し支えありません」
「人の少ない場所、か」
五条様が小さく反復する。
その声には、何かを計るような冷静さと、抑えた熱が混じっていた気がした。
お医者様の視線が、私の緊張した顔へ、再び向けられる。
「それから、必ず、五条殿下か、信頼できる方がお側についていてください。一人きりで外に出るのは、まだ時期尚早でございます」
「そうだな。まずは屋敷の散歩から始めようか」
散歩……?
五条様と?
その言葉を聞き、布団の端をきつく握りしめる。
「……すみれ」
隣から、自分の名を呼ばれる。
逃げるように伏せていた顔を、どうしても上げざるを得なくなって、視線を上げた。
五条様と、目が合う。
黒曜石のような瞳が、まっすぐに私を捉えて離さない。
その視線には、私の意思を尊重するような、問いかける眼差しに見える。
「外に出たいと思うか」
問われて、言葉に詰まる。
出たいかどうか、と聞かれたら——本当は、出てみたい。
朝霞家の塀に囲まれていた、狭いけれど遠い青い空を、ちゃんと自分の目で見上げてみたい。
風がどんな匂いをしているのかも、知りたい。
庭の木々が、季節でどんな色に変わるのかも。
でも。
「……私、は……」
出たいと言えば、すぐにでもどこかへ連れて行かれるような気がして。
もし私の思う『外に出る』と、五条様のおっしゃる『外に出る』の目的が違ったら——。
喉の奥がひりついて、声が出なくなる。
それでも、こぼれた言葉は、自分でも意外なものだった。
「……少し、だけ……なら」
誰にも聞こえないくらいの、か細い声。
けれど、すぐ隣の五条様には届いたらしい。
ほんのわずかに、瞳が柔らかく揺れた。
「少し、なら?」
「お、お外……見てみたい、です。でも……その……ご迷惑でなければ」
最後の一言は、自分でもよくわからない言葉になってしまった。
迷惑かどうかなんて、決める権利は私にはないのに。
捨てられる前に、嫌われたくないとでも思ってしまった。
「迷惑などではない」
即座に返ってきた声は、迷いがなかった。
「風の穏やかな日に、まずは庭からだ。……俺が、一緒に行く」
……どういう意味?
身体を壊されると困るから、見張りとして付いて来るのか。
それとも——ほんの少しだけ、優しさのようなものが混じっているのか。
どちらなのか、わからない。
わからないけれど。
「……はい」
そう答えた自分の声が、少しだけ震えていたのは、怖さからなのか。
それとも、胸の奥に生まれてしまった、かすかな、抑えきれない期待のせいなのか。
今までの私の人生は、家の蔵が中心で、屋敷から出ることなんて考えたこともなかった。
人目に付かないように。誰にも迷惑をかけないように。
ひっそりと、あの蔵で人生を終えるのだと思っていた。
それが今は、五条様に連れられ、あの蔵とは比べられないほどの広さの部屋で過ごさせてもらっている。
温かい部屋。ふかふかのベッド。
お風呂に浸からせてもらい、お食事を頂き。
これだけで、身に余るほどの幸福なのに。
これ以上を望んでしまったら、天罰が下るのではないか——
そんな考えばかりが浮かんでくる。
けれど、胸のどこかで、ほんの小さな花が、音もなく揺れた気がした。
その揺れが、希望なのか、破滅への合図なのか。
まだ私は、名前をつけられないまま、また手の中の布を強く握りしめていた。
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