第十話 療養を経て①
「失礼いたします、朝霞すみれ様」
「お、お医者様……?」
「ええ、そうでございます。今日は、あなたのお身体がどこまで回復しているか、少し見せていただいてもよろしいですか」
白髪混じりの髷をきちんと結い上げた医師と、ベッドに座ったまま面と向かう。
柔らかな声音に、私は小さく頷いて、問われるままに答える。
手首に指先が添えられ、時間をかけて脈を計られる。
胸に当てられた聴診器は冷たく、金属のひやりとした感触に、肩が竦む。
瞼を軽く押し上げられ、瞳の動きを確かめられ、舌を出して色も見られる。
どれも、あの蔵で一度だって受けたことのない、なんてことのない当たり前の診察なはずなのに、触れられるたび、身体が勝手に硬くなる。
「少し深く、息を吸ってみてください」
「……は、はい」
「ええ、そのまま。——はい、結構」
お医者様は一つ一つの所作のたびに、必ず短い、優しい言葉を添えられる。
触れられるたびに、反射的に強張ってしまう私への、細やかな配慮かもしれない。
——だいぶ体調も良くなってきたと思っていたのに、またお医者様を呼ばれてしまうなんて。
これ以上のご迷惑をかけるのが、怖い。
慰み者にするにしても、壊れてしまっては困る。
そんな悲しい打算があってのことだと考えてしまう自分が、嫌だ。
「夜はよく眠れていますか」
「……はい」
「ここに来てから、誰かに叱られたり、痛いことをされたりは」
「……いいえ。皆さん、とても、優しくしてくださいます」
殴られることも、蹴られることもない。
物を投げつけられることもない。
私をそこにいないものとして扱う人もいない。
こんな世界が、あの蔵の外にあったなんて、知らなかった。
——でも、だからといって、私が大事にされているわけでは、ない。
きっと今だけに違いない。
五条様が気が済むまで遊ばれたら、私はどこかに捨てられる。
そう思っていないと、怖くて、ここに居られない。
お医者様はちらりとこちらを見たあと、ゆっくりと診察を終えた。
寝巻きの襟もとを整えながら、終わったことにほっとするように小さく息を吐く。
「さて……診立てを申し上げましょう」
ちょうどそのタイミングで、五条様が部屋に戻ってくる。
お医者様は膝の上で指を組み、静かに口を開いた。
「まず、お身体の方ですが。当初に比べれば、顔色もずいぶん良うなられました。
脈も弱くはありますが乱れてはおりませんし、内臓に明らかな異常は見受けられません。
栄養失調からの回復は順調でしょう」
「……そうか」
自分の手を改めて見つめた。
骨ばかりで、皮膚が張り付いていた、あの頃の手。
それを思い返すと、確かに今は、わずかに丸みが戻って来ている気がする。
順調という言葉が、これ以上の負担をかけずに済むのだと告げてくれて、胸の奥が少しだけ軽くなる。
「すみれを、外に出しても構わないか」
外——?
五条様から唐突に出た言葉に、驚き、見上げてしまう。
やっぱり……。
病が癒え、用が済んだら売られるのだろう。
それとも見世物みたいに、どこかへ連れ回されるのかもしれない。
『無華』の女など、珍しい玩具のようなものだ。
珍妙なものを好む人は、どこにでもいる。
あの蔵の中と、この先行く外と、どちらがましなのか——私には、わからない。
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