第九話 新しくつけられる痕①
「こちらが調査結果です」
榊原から差し出された、資料を受け取る。
紙束の厚みは、そのまま朝霞家が隠してきた年月の厚みだった。
内容は、表には出ていない朝霞家の実態と——すみれの過去。
読み進めるほど、胸の奥が冷たく沈んでいく。
よほど巧妙にすみれの存在を隠し、記録を抹消していたのだろう。
皇族である五条家が調べても、出自の輪郭を掴むまでにここまで時間がかかるとは。
「すみれ嬢が生まれてすぐ、朝霞殿は自宅には帰らなくなったようですね」
榊原の声音は淡々としているのに、一言一言が刃のようだ。
すみれが三歳の時、実母である前妻が自害。
『無華』を生んだことを深く気に病んで——そう結論づけるのが自然だろう。
だが、それは自然という名で覆うには、あまりにも残酷だった。
次女・百合の年齢と、すみれの年齢を遡る。
すみれの母親との婚姻中から伯爵が裏で別の家庭を持っていたことは、ほぼ明白だ。
前妻を亡くして間もなく、後妻を迎え入れる。
薄情という言葉では足りない。人として、欠落している。
……すみれの常に怯える様子。
あれは短い時間で身につくものではない。
日々、逃げ場のない場所で繰り返し折られ続けた者の——
身に染みついた習性だ。
精神的にも、肉体的にも、虐待が日常的にあったに違いない。
回復しきれない病状、骨のように軽い身体。
食事すら満足に与えられなかったのだろう。
幼い娘に対して、なんという惨いことを。
いかに優れた『華』と『異能』を持とうが、品性の欠片もない。
唾棄すべき男だ。
資料から視線を上げると、脳裏に蘇るのは、あの日。
意図せず素手で触れてしまった、すみれの腕と手の平。
わかってはいたつもりだった。
だが、想像以上に細く、華奢で——息が止まるほどだった。
ほんの少し力を入れただけで、手折れてしまいそうな、儚い花のように。
……それなのに。
その肌は、柔らかく、暖かかった。
冷たさしか知らないはずの少女が、確かに生きている温度を持っていた。
『黒薔薇』の『異能』は、素手で触れた相手に激しい痛みを与える。
加減を誤れば身体そのものを壊すことすら容易い。
だからこそ、俺は人に触れない。
——触れられないはずだった。
それが、すみれには効かなかった。
痛みの気配も、拒絶の反動も、何一つ。
あの様子だと、どれだけ『異能』の力を使っても、すみれには届かないだろう。
『無華』の特性なのか。
それとも、彼女だけが持つ『特異性』なのか——。
なんという僥倖。
あの日、朝霞家で感じた、胸の奥をざわつかせたあの強い違和感。
あれはきっと、これだった。
まさか、この強大な『黒薔薇』を受け入れうる娘に出会えるなど、思ってもみなかった。
永劫の孤独の中で探し続けていた唯一を、ようやく見つけた——そんな錯覚すらする。
だが、その波に呑まれれば危うい。
冷静にならなければ、すみれを本能のままどうにかしてしまいそうになる。
それが恐ろしくて、今日はまだ顔を見に行けていない。
もし、俺の考えが正しいなら——。
彼女は、俺の運命に違いない。
「榊原。もう一点、調べてもらいたいことがある」
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