表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無華の花嫁〜蔵に囚われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される〜  作者: 木風
第二章:寒椿

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/35

第八話 掴まれた腕①

「眠る前に帰宅できてよかった」

「五条様……」


三が日は宮中での行事のため、帰宅が難しいと昨夜おっしゃっていたのに。

いつも以上に豪華で格式高い衣装を身に纏い、部屋を訪れた五条様の姿に、改めて——

住む世界の違う遥か遠い方なのだと実感してしまう。


雪の気配を連れてきたような、凛とした空気。

部屋の灯りさえ、五条様の周りだけ少しだけ澄んで見える。


「雑煮は口にできたと聞いた」

「はい。御餅……生まれて初めて頂いて。あんなに柔らかいんですね」

「口に合ったなら良かった。では、これは明日食べるとよい」


そう言って渡されたのは、奇麗な漆塗りの、繊細な松竹梅の模様が描かれた大きな三段重ねのお重だった。

ずしり、と腕に重さが乗ると、手が滑りそうになり、息を呑んだ瞬間、五条様の大きな手が、迷いなく、底を支えて下さる。


触れられたわけではないのに、指先の近さだけで心臓が跳ねる。


「これは……」

「今夜の祝賀会で出されたお節を詰めてもらった」


お節……。

いつも台所の隅で、横目でしか見たことのない——遠い食べ物。

御餅以上に、どんな食べ物なのか、どんな意味があるのかすらわからない。

一生、自分には縁がないと思っていたものが、いま、この手の中にあるなんて。


「そんな……こんな恐れ多い物……いただけません」


しかも、祝賀会で出された物。

高貴な方々が口にするお節なんて、私が口にしていいはずがない。


「すみれ」


五条様は私の名を呼び、まっすぐ目を見つめられる。

逃げ癖のついた私の視線を、逃がさないように。


「お節は、今年一年の、健康を願うためのものだ」


健康を……。

その言葉が胸の奥に落ちる。

私になにかを願う一年など、誰もくれなかった。


「申しわけないと思うなら、これを食べて、早く元気になるといい」


元気に。

——そうだ。ここに置かれている私の意味を考えたら。

きっと私は、五条様のお相手をしなければならない。

そのためには、このまま病に伏した身体では——。


そう考えた途端、胃の奥が冷える。

早く使える身体になって、それが終わったら、私は一人で生きていく。

恐れ多いなど考えている場合ではないのかもしれない。


「……ごめんなさい」


口からこぼれた謝罪に、五条様の表情が、いつも少しだけ困ったように、寂しそうな顔をされる。

私が何かを酷く間違えている——そんな気がする。

何かを酷く間違えているような気がするけれど、その間違いが何なのか、私にはそれすらもわからない、察することができない。

これ以上、誰かの気を煩わ狭いと、ずっと顔を伏せ、眼を合わせないように生きてきたから、顔を上げることができない。


顔を上げられないまま、指だけが、お重の縁をぎゅっと掴む。


「気にするな。用事も済んだし、一度本宅に戻る」


そう言って、お重をテーブルに置くと、五条様はまた厚手のコートを羽織った。

その背中は温かそうで、けれど、遠い。


扉が閉まり、部屋に静けさが戻る。

暖炉の火のはぜる音だけが、やけに大きく聞こえた。


そっと、お重の縁に手を掛ける。

指先が躊躇いながら、お重の蓋を開けてみる。


ふわりと甘く、醤油のような、出汁のような。

鼻の奥をくすぐる、複雑で温かな匂いが立ちのぼった。


蓋を開けた瞬間、つややかな朱と飴色と金色が、ぎゅっと詰まって目に飛び込んできた。

真ん中には大きな海老がどん、と横たわり、殻は深い赤で濡れたように光っている。

周りには渦巻きのかまぼこや、琥珀色に煮詰められた小さな魚、黒豆の艶。


煮物もぎっしり詰められて、花に切られた人参や蓮根、ころんとした芋にまで、濃い煮汁がしっとり染みているのが見て取れた。

さらに奥からは甘い香りが立ちのぼり、栗の混ざった芋の黄金色と、厚い卵焼きのやわらかな黄が重なる。

——名前はよく分からないのに、どれも『高い匂い』だけははっきりしていて、思わず息をのんだ。


どの段も、隙間という隙間まで色とりどりの料理で埋め尽くされていて、小さな宝箱を三つ重ねたみたい。

あまりの豪華さに、手を伸ばすのが怖くなる。

私が口にしていいものではないような気がして——


しばらくお節を前に固まりながら、匂いと色だけを目に焼き付けると、音を立てないように、蓋を閉じた。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ