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無華の花嫁〜蔵に囚われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される〜  作者: 木風
第一章:山茶花

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第五話 連れ出される夜①

「殿下、どちらに……!!」


制止する伯爵の声を背に、足を止めることなく進む。

雪に覆われた木立の間に、ぽつんと小さな蔵が見える。

屋敷の『外れ』。人の気配が薄い場所。

そして、あの冷たい『空白』の気配が、ここで強く脈打っていた。


人があまり寄らないのだろう。

蔵へ続く足跡は少ない。——小さな足跡が、いくつか。

降り積もる雪が、それを懸命に隠そうとしている。

まるで、ここに誰かがいること自体が『罪』だとでもいうように。


その足跡を消さぬよう、慎重に扉へ近づく。

すると中から、わずかに、しかし激しい咳の音が漏れてきた。


間違いない。先ほどの娘だ。ここに隠れている。


「五条殿下!五条殿下にお見せできるものはここにはございません!何卒お戻りを……!」

「構わない」


伯爵の必死の制止を撥ね除け、扉の前まで進む。

中からはさらに激しい、苦しげな咳。

その音が、なぜか胸の奥を強く軋ませた。

——不快ではない。痛いのだ。


「五条殿下!」


もう理屈ではなかった。

彼女が心配なのか、ただもう一度あの瞳を見たいのか。

それすら判別できないまま、躊躇なく蔵の重い扉へ手をかける。

開けると、湿った冷気と古い埃の匂いが、顔へまとわりつく。


薄暗い中に、薄い布団の膨らみが一つ。

小さな人の気配が、震えている。


考えるより先に、駆け寄る。

布団にうずくまり、全身をガタガタ震わせ、苦しげに息をする——先ほどの娘。


見つけた。


俺の——。


「ごほっ、ごほっ……!」


喉が裂けるような咳。呼吸は浅く、細い「ヒューヒュー」という音が混じる。

手袋越しに触れた手首は、火を噴くような灼熱なのに、身体全体は凍える小鹿のように制御不能に震えていた。

熱と寒さが同居している。——危険な熱だ。


その苦しさに耐えている健気さに、理性が揺さぶられる。


「五条殿下!困ります!!手をお放しください!」

「すぐにでも医師に診せなければならない」

「わ、我が家で医師を呼びますので!どうぞお手を煩わせぬよう……!」


医師に診せる?

この雪の日に、不衛生な蔵の片隅で一人放置しておいて、いまさら何を言う。


娘の肩へ手を回す。

驚くほど華奢で、薄い。骨ばった肩甲骨の形が、布越しにわかる。

自分のコートを脱ぎ、熱を帯びたその身体へかけてやった。

抱き上げようと力を込めると、体重は子供みたいに軽い。軽すぎる。


——これだけで充分だ。

『無華』の娘が、この屋敷でどんな扱いを受けてきたか。想像は容易かった。


「おろ、して……ください……私は、ここに……いなければ……」

「娘もこう言っておりますので!殿下!」

「娘?……己の娘を、このようなところに追いやっているのか!?」


蚊の鳴くような、か細い声。

まさかこの娘が伯爵の娘だったとは。

それでも父を庇おうとする——その無垢さが、余計に胸を締め付けた。


言い合う間にも、彼女の熱が急激に上がっているのがわかる。

手袋越しの手にも、抱き寄せた胸にも、痛いほど伝わってくる。

呼吸は浅く、声にならないのか、彼女の口からは咳だけが漏れる。

咳のたびに胸を抑える仕草が入り、痛みが走っているのが見て取れた。


「どけ。五条家へ連れて行く。今すぐ医師に診せる」


なおも止めようとする伯爵の言葉には、もう耳を貸さない。

強い力で娘を抱え、蔵を出た。


遅れて追いかけてきた側近の榊原と、朝霞家の者たちが、驚愕の表情で立ち尽くしている。

雪の中で、その顔色だけが妙に浮いて見えた。


「榊原。車を急ぎ回せ。すぐに医師の手配を」

「……はっ!」


その中には、百合と名乗った伯爵令嬢の姿もあった。

整った顔は驚愕で醜く歪み、俺が『無華』の娘を抱えている光景を、呆然と見つめている。

唇が震え、声にならない息が漏れる。


「なぜ……なぜ、お姉様を……」


その言葉が落ちた瞬間、胸の奥で、何かが冷たく決まった。

——姉、だと?

ならば、なおさら許すことなどできるわけがない。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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