表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】無華の花嫁〜蔵に囚われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される〜  作者: 木風
第一章:山茶花

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/55

第三話 五条暁臣との邂逅②

「『赤薔薇』か。そこまで珍しくもないだろう」

「ですが、伯爵家で発火の『異能』が出るのは稀なことです。殿下」


側近である榊原の言葉を半ば聞き流し、手もとの資料に視線を落とした。

紙面の活字は整っているのに、そこに並ぶのは『条件』と『利得』ばかり。


強すぎる『王華』——そう囁かれるほどの『黒薔薇』の加護。

それを授かったがゆえに、宮家嫡男という立場にありながら、こうして縁談を『巡る』ことを強いられる。

人を選ぶのではない。選ばれ、選び直し、また候補を並べられる。

……不毛だ。


『黒薔薇』の『異能』は、肌越しでも他者を傷つける。

だから、常に手袋を外さない。握手一つ、袖口の触れ合い一つが、事故になり得る。

その事実が、縁談という名の場を、いつも息苦しくする。

相手が怯えるのも、期待するのも、どちらも同じくらい面倒だった。

それでも周囲は『殿下』と呼び、敬意という名の距離を置く。

距離は楽なはずなのに、孤独だけが濃くなる。


せめて自分が『青薔薇』だったなら。

あるいは、親類のどこかにでも『青薔薇』がいたなら。

その程度で妥協し、この苦労から解放される道もあったかもしれないのに。


双蕊(そうずい)となる——力の釣り合う相手を見つけられなければ、この『黒薔薇』の『異能』は、いずれ『蟲華』に堕ちる。

いつ暴走を始めるか。

まだ多少の猶予はある。そう言い聞かせてきた。

だが『明日ではない』という保証は、どこにもない。


手袋越しに、自分の指先が微かに熱を帯びる。

力が呼吸みたいに、勝手に膨らもうとするのを、静かに押し戻した。

——ここで揺らぐな。今日は、あくまで顔合わせだ。


「殿下。到着いたしました」


榊原の声に、視線を上げる。


車を降りると、雪をいただく門の向こうで、使用人が勢揃いし、一糸乱れぬように頭を下げていた。

礼は過剰で、動きは硬い。迎えの『形』だけが、妙に整えられている。


一見すれば、伯爵家らしい体裁は保たれている屋敷。

だが、研ぎ澄まされた視線は、その表層の奥をすぐに拾う。

塗りの剥げた門扉。ところどころ欠けた石畳。

手入れが行き届かず伸びすぎた庭木——

視線をほんのわずか滑らせるだけで、経済的な綻びも、内側の綻びも、いくつも見つかった。


雪に縁取られた瓦屋根は、本来なら風情のある光景のはずだ。

それなのに、この屋敷全体から漂うのは雅な静けさではない。

切羽詰まった、追い詰められた空気。

無理に人数を揃えたのだろう、並ぶ使用人の列にも、張り詰めた気配がまとわりつく。


五条家との縁談を、沈みゆく家を繋ぎ止める最後の綱と見ている。

……そんなところだろう。


それでも門をくぐった瞬間、確かに薔薇の『華』の強い気配が胸を撫でた。

赤く、勢いのある炎のような——資料にあった『赤薔薇』・発火』の性質。

間違いない。


同時に、妙な違和感が残った。


薔薇の華やいだ香りに混じって、どこかぽっかりと穴が空いたような、空白のような気配。

『華』が強く咲き誇る家には、本来満ちているはずの生命の色が、屋敷の一角だけ、すっぽり抜け落ちている——そんな冷たく、虚ろな感覚。


……気のせいか。


深く考えるのをやめ、歩を進めながら胸の奥に引っかかった感覚を振り払った。

今日は形式的な顔合わせの席。

五条家を代表する者として——いや、一人の男として、冷静さを欠くわけにはいかない。


応接間での形式ばった挨拶を終えると、そのまま食堂へ案内された。


長く磨き込まれた楕円のテーブル。

壁際には先祖の肖像画と高価な花瓶が並べられ、一見すれば由緒ある伯爵家の体裁は完璧に整っている。

整えすぎて、息が詰まるほどに。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ