表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

戦え!戦国マン

第漆話『薄濃悦楽』 織田信長 × 浅井長政

作者: 舞空エコル

挿絵(By みてみん)


【今回の戦国マンは、この二人!】


織田信長

 日本の軍事・政治・文化に革新を齎した戦国時代の

 革命児にして英雄。桶狭間で今川義元を撃破すると、

 破竹の勢いで美濃斎藤家を滅ぼし、本拠を尾張から

 岐阜へ移す。朝倉・浅井・六角ら近江勢を立て続け

 に平らげ、さらに勢力を拡大、ついには十五代将軍

 足利義昭を京から追放して室町幕府を滅ぼす。十年

 に及ぶ石山本願寺との戦いをも制し、甲斐の武田も

 滅ぼして、いよいよ天下に手が届きかけた天正十年

 六月、織田軍団 筆頭の明智光秀に謀反を起こされ、

 本能寺にて自刃。享年 49。


浅井長政

 北近江・小谷城主。父は浅井久政。信長の妹・お市

 の方を娶り織田家との友好を深めるが、信長の朝倉

 攻めでは旧来の誼で朝倉方に加担し信長を背後から

 攻める。金ヶ崎/姉川の合戦では奮戦するも、同盟

 していた朝倉が滅ぼされ浅井も窮地に陥り、信長に

 小谷城を攻められ、お市と娘を城外へと逃がした後、

 自刃。このとき逃れた娘の一人が後に秀吉の側室と

 なる淀の方である。長政の髑髏は信長によって薄濃

 を施され、勝利を祝う酒席で披露された。(薄濃は

 死者への敬意で侮辱の意図はなかったとの説もあり)


金ケ崎~姉川の戦い

 元亀元年(1570年)4月、織田・徳川連合軍は越前の

 朝倉義景を討伐すべく、進軍を開始するが、途中の

 金ケ崎で、同盟者である筈の北近江・浅井長政から

 背後を突かれる。浅井は織田との同盟以前から越前

 朝倉と誼を通じており浅井にとって信長の越前侵攻

 は許しがたい裏切り行為だった。しかし、信長には

 長政の出撃こそ、妹まで娶らせた自分への裏切りで

 しかなかった。浅井と朝倉の挟撃から、かろうじて

 免れた信長は長政に激怒して再び近江に出陣、姉川

 で死闘の末、浅井朝倉の連合軍を打ち破る。長政は

 守りの堅い小谷城に逃れ、両者の抗争はいつ果てる

 ともなく続くが、三年後、武田信玄の死と将軍義昭

 の追放により、後顧の憂いがなくなった信長は遂に

 浅井朝倉両家への最終的な侵攻を開始する。小谷城

 に籠城する長政は、朝倉に援軍を要請するも、衰亡

 著しい朝倉家にはそれに応える力もなく、かえって

 浅井よりも先に滅ぼされる。味方を失った長政には

 もはや為す術とてなく、難攻不落を誇った小谷城も

 信長の猛攻の前に遭えなく落城してしまう。


 美濃(みの)は岐阜城の地下牢。

 人払いされた牢獄に、白装束の浅井長政(あざいながまさ)が、牢内で

 居住まいを正し、信長の訪問を待っている。

 足音が近づいてくる。顔を上げる長政。

 信長が格子の前に立つ。

 牢内で平伏する長政。


「長政…… 久しいな」

「兄上。まさかにお目通りが叶うとは、恐悦至極(きょうえつしごく)

(さる)※に、何としても備前守(びぜんのかみ)は生かして美濃まで連れて

 参れと重々申し付けたのだ。おまえと違うて、猿は、

 わしの言うことを、殊更(ことさら)によう聞き分けるでな」

「ふん、これはまた手厳しい…… して、敗軍の将に、

 今更いかなる御用がおありで?」

「なぜだ?」

「なぜ、とは?」

「なぜ、信長を裏切った?」

「何を仰せかと思えば…… 裏切られたのは、兄上の方

 ではございませぬか」

「わしは、裏切った覚えなど、ない」

「織田・浅井両家で交わされた盟約を、いとも容易(たやす)

 破り捨て、大軍を率いて越前朝倉に攻め込まれたは、

 どこのどなたでございましたでしょうか?」

「あれは、二度に(わた)上洛(じょうらく)※の命に背いた不埒者(ふらちもの)の成敗

 に将軍家名代(みょうだい)として赴いただけのこと。責めを負う

 べきは朝倉義景。此方に後ろ暗きことなど何もない」

「されど、この長政は岐阜殿(ぎふどの)※の妹婿。せめてご一報を

 (たまわ)りとうございました」

「声を掛けなんだは越前と近江の長年の(よしみ)を思うての

 信長なりの配慮。織田の姻戚とは申せ、朝倉攻めに

 加担いたすは、さぞ心苦しかろうと思うてのこと」

「それはそれは…… お心遣い、痛み入りまする」

「わしのことはよい。おまえだ、長政」

「はて? (それがし)には、今さら申し上げる仕儀など、何も

 ございませぬが…… 」

「とぼけるな。浅井家中の反対を押し切って我が妹の

 市を(めと)り、当家との同盟を何よりも重く捉えていた

 筈のおまえが、今更に旧弊の道義や建前に縛られ、

 凋落(ちょうらく)著しき越前の老いぼれ如きに肩入れしたとは、

 この信長、(にわか)には信じられぬ。存念(ぞんねん)を申せ」

「浅井家は代々、越前朝倉家に大恩があり、古くから

 盟約もございますれば…… 」

「昔話など要らぬ。長政、おまえが近江浅井の当主と

 なってから、朝倉が何をしてくれた? 六角(ろっかく)※との

 (いくさ)に、越前から助勢が馳せ参じたことがあったか?」

「長政には長政なりの武略がございますれば、朝倉殿

 のお手を(わずら)わせるまでもございませなんだ」

「おまえの武略にはわしも一目を措いておる。では、

 その武略の目で語れ。金ヶ崎(かながさき)でおまえが義景を助け、

 我が後背(こうはい)を突いたとき、肝腎の義景は何をしていた?」

「それは…… 」

「あのとき、朝倉が機に乗じ、追撃に転じていれば、

 わが天命も尽きていたであろう。されど、義景は、

 いっかな動かず、おかげで我が軍は殿(しんがり)※の猿に

 至るまで、無事に京へと逃げ(おお)せた」

「義景殿には義景殿の、お考えがあってのことかと」

「では、姉川はどうだ? 義景は大将でありながら、

 戦場(いくさば)に姿を見せなかったではないか。それどころか

 朝倉勢は、徳川殿の猛攻に耐え兼ね、浅井を見捨て、

 逸早(いちはや)く戦場から退散した。我が陣の十三段構え※を、

 十一段まで突破していた浅井の軍勢が敗走したのは、

 一体誰のせいだ?」

(ひとえ)に、此方(こなた)の武運が(つたな)かっただけにございまする」

「違うな。朝倉義景が、おまえを裏切ったのよ」

「兄上…… 今、何と申されました?」

「義景は、慮外(りょがい)※なまでの暗愚(あんぐ)(ゆえ)(ひる)んで加勢せず、

 我知らずおまえを裏切ったと申しておるのだ」

「それはまた…… ご自分のなさったことは棚にあげ、

 随分な申されようではございませぬか」

「聞け。義景が裏切ったのは、おまえだけではないぞ。

 かの信玄公もだ。上洛のため美濃を行軍中、武田と

 朝倉で合力して、この信長挟撃の取り決めがあった

 にも関わらず、怖気づいた義景が、疲れたと申して

 約定(やくじょう)(たが)え、早々に越前に引き揚げた(ため)、さすがの

 天台座主(てんだいざす)※も悲憤落胆(ひふんらくたん)※の(あま)り、陣中にて病死された」

「左様な、根も葉もなき噂を、どこで…… ?」

「噂なものか! されど、たいしたものよ。この信長

 にもいっかな果たせなかった甲斐の虎退治を、あの

 義景めは、怯懦(きょうだ)※と懈怠(けたい)※という朝倉のお家芸で、

 見事にやり(おお)せたのだからな!」

「皮肉が過ぎましょう。敵将とは申せ、一角(ひとかど)の武将を、

 さまで悪し様に…… 」

「何の…… わしはおまえの腹の底の本音を、代わりに

 申し述べてやっておるに過ぎぬ。さ、長政、正直に

 存念を申せ。実はおまえも、越前朝倉など、とうに

 見限っておったであろう?」

「はて、左様に思し召しになる所以(ゆえん)は?」

「おまえ程の器量がある者が、彼我(ひが)の利害も(わきま)えず、

 (かび)の生えた旧来の誼に拘泥(こうでい)※するとは到底(とうてい)思えぬ。

 このわしを攻めたも、おまえの一存ではあるまい?」

「…… 兄上…… 」

「おまえに隠居に追い込まれた、あの凡庸な親父殿の

 入れ知恵か? それとも、常々わしとの同盟に反対

 していた、無能な家臣どもの進言か? あるいは ……」

「あるいは?」

「あるいは、先の将軍足利義昭が、お得意の御内書(ごないしょ)※で、

 信長討伐を命ぜられたか?」


 苦笑を禁じ得ない長政。


「…… さてこそは…… 」

「申してみよ…… 誰か?」

「申すも何も、その全てにございまする」

「全てとは?」

「我が父、浅井久政(ひさまさ)。旧臣の者共…… それに公方(くぼう)※様。

 誰もが、機を見て()く、信長を討て、と」

「やはり、な。さすがの長政も、老練な(いたち)(ども)の執拗な

 催促と古来の(しがらみ)※には、(あらが)いきれなんだか」

見縊(みくび)られては困りまする。浅井備前守長政、たとえ

 父や家来や公方様に掻き口説かれようと、己が得心

 に至らねば、一兵たりとも動かしたりは致しませぬ」

「では、どこまでも、おまえの一存であったと?」

「いかさま、相違ございませぬ」

「ほお。では、改めて問う。なぜだ? おまえに無断

 で越前に攻め込んだわしが、さまでに許せなんだか? 

 この兄よりも、形骸化した室町の法度(はっと)を重く見たか?」

「兄上…… しばらく」

「何だ」

「むしろ、逆にございますれば」

「ぬ。逆、とは?」

「長政は、兄上越前討伐との(しらせ)に、我が意を得たりと

 有頂天(うちょうてん)※になりましてございます」

「有頂天…… 喜んだと?」

「はっ」

「なぜか?」

「これで思う存分、あの織田信長と、戦える、と……! 」

「何と…… 長政、おまえは…… 兄であるこのわしと、

 戦いたかったと申すか?」

「御意!」

「わしを恨んでおったか?」

「さにあらず、さにあらず。逆と申したではござい

 ませぬか。ゆめ恨んでなどおりませぬ」

「分からぬ…… 恨んでもおらぬ相手と戦いたいとは、

 そはいかなる料簡(りょうけん)※ぞ?」

「桶狭間の華々しき戦勝譚を伺うて以来、この長政は

 織田信長なる武将に、常に畏怖と憧憬の想いを抱き

 続けておりました…… 名乗りも、賢政(かたまさ)から長政へと

 改めたほどにございます。縁あって妹君を娶る仕儀

 となったときには、天にも昇る心地でございました」

「ふん。そのせいで、市に懸想(けそう)していた権六(ごんろく)※も猿も、

 ひどくおまえを恨んでおるがな」

「さもありなん…… 織田家と同盟を結んで、某の想い

 は、さらに深く強うなり申した。美濃稲葉山城攻略、

 公方様を奉じて堂々の上洛、わが仇敵・六角の撃破……

 稀代の大英傑から、弟とも片腕とも呼ばれる喜びに、

 長政は打ち震えました。されど……」

「されど…… 何だ?」

「されど不思議なものにございます…… やがて、日が

 経つ程に長政は、これ以上は望むべくもないはずの、

 かような境遇に、満足できなくなってまいりました」

「ほお」

「兄上への敬慕は徐々に姿を変え、いつしか、兄上を

 超えたい、兄上に打ち勝ちたいとの、煩悶(はんもん)にも似た、

 狂おしき情念に変容し、(くすぶ)り始めたのでございます」

「で、あるか」

「何故、さまでに心変わりを来たしたものか、もはや

 某にも判然とはいたしませぬ。ただひたすら兄上に、

 織田信長に真っ向からの勝負を挑み、はたして己が

 器量、どこまで通用するものか存分に試してみたい……

 渇仰(かつごう)は、日ごとにいや増すばかりにございました」

「なるほど…… そこに、わしの越前討伐か」

「まさに、まさに! 我が願いが天に通じ、叶わんと

 している! 欣喜雀躍(きんきじゃくやく)※、戦評定(いくさひょうじょう)※もそこそこに

 出撃を即断致しました。列座していた父も、家臣も、

 意外の面持にございましたが、否やはございませぬ。

 ただちに馬首を揃え、貝を吹かせました」

「結果を見よ」

「いかさま、完敗にございます。されど、兄上と三年

 もの間、干戈を交える栄に浴し、長政、武将として

 このうえもなく満足! もはや、思い残すこととて

 ございませぬ。今は、潔く自刃(じじん)の沙汰を賜りたく……」

「長政」

「はっ」

「わしに屈服しておきながら、今さら名を惜しむな。

 生きて、恥を晒せ。わしの家来となれ」

「畏れながら、その儀は固く…… 久政も、義景殿も、

 すでに首と胴が離れております。長政の首のみが

 繋がったままでは、道理が通りますまい」

「情けを掛けておるわけではない…… ただ、おまえの

 器量と才覚を惜しんでおるだけだ。近江国(おうみのくに)恙無(つつがな)く※

 治めて参ったように、わしが一統した後の、天下の

 仕置きを宰領(さいりょう)※せよ」

「兄上…… 過ぎたお言葉を賜りて、長政は真に果報者。

 されど敵将長政お構いなしとなれば、この三年の間、

 戦場で槍を合わせた御家中(ごかちゅう)の不興を買いましょう」

「おまえの懸念することではない」

「いずれにせよ長政、その儀は、拝辞(はいじ)※いたしたき所存。

 何とぞ重きご成敗の上、この首を晒されますように」

「この狷介者(けんかいもの)※めが…… おまえの存念はよう分かった。

 されど、市と娘たちは、どうする?」

「我が妻は言うに及ばず、娘たちも母に似て器量よし。

 しかも敗れたりとはいえ浅井は名家、嫁の貰い手を

 探すのに、ゆめゆめ苦労は致しますまい」

「相分かった。されば、もはや慰留は無用か…… 死ね」

「しばらく! 今ひとつ…… ひとつだけ長政、お願い

 申し上げたき仕儀が、ございますれば」

「何だ、この期に及んで…… まあよい、申してみよ」

「長政が自刃せし後の、この首にございまするが…… 」

「見せしめに、城門に晒す。戦国の(なら)い、是非もなし」

「いかさま、それは心得ております。更にその後の、

 首の始末のことにございます」

「安心いたせ。作法に則り、(ねんご)ろに弔うてやるわ」

「そのことにございます。願わくば我が髑髏(どくろ)、兄上に

 お預かりいただけませぬか?」

奇態(きたい)なことを申すものよ。何のつもりだ。この信長

 に、呪いでも掛けるつもりか?」

「滅相もございませぬ。只、薄濃(はくだみ)※を施した髑髏の供養

 は、七年掛かりと聞き及び…… 」

「なるほど。その間は成仏せず、この世に留まること

 が叶うというわけか」

「御意。物言わぬ骨と成り果てては、もはや御家中を

 不穏にすることもございますまい。 何とぞ…… !」

「ふん……面白い。その願い、叶えて遣わす!」

「あ、兄上…… (まこと)にございまするか?」

「長政、薄濃を施したおまえの髑髏は、いついかなる

 ときも、必ず、常に、このわしの(かたわ)らに措いてやる。

 髑髏の虚ろな眼窩(がんか)で見届けるがよい。この信長が、

 全てを切り従え、天下に()()く姿をな!」

「嗚呼、嗚呼…… それでこそ我が兄上! 第六天魔王※、

 織田信長!ありがたき、ありがたき幸せ…… 兄上!」


  長政が、滂沱(ぼうだ)の涙を流して喜びに打ち震える。






※脚注




 木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)に信長が付けた仇名



上洛


 地方から上京すること。京都を中国の洛陽に見立て

「洛」と呼んだことから。



岐阜殿ぎふどの


 信長が斎藤家の居城であった旧稲葉山城を奪取して

 岐阜城、さらに周囲の地名を岐阜と改め天下統一の

 拠点としたことから、岐阜城城主である信長の呼称。



六角ろっかく


 鎌倉~戦国時代にかけて南近江を支配した守護大名。

 北近江の浅井家と対立抗争を続けるも衰退していく。



殿しんがり


 退却するとき最後尾で敵の追撃から本体を守る部隊。



十三段構え


 姉川の戦いで浅井朝倉連合軍敵の猛攻に備え織田軍

 が敷いたといわれる何重にも構えた縦深な陣形。



慮外りょがい


 思いがけない。意外。不躾で無礼。不当。



暗愚あんぐ

 

 道理に暗く愚かなこと。または愚か者。



天台座主てんだいざす


 天台宗信仰の象徴的存在。武田信玄は信長に送った

 書状で、信長が天台宗総本山である比叡山延暦寺を

 焼き討ちしたことを非難、自ら日本仏教の最高権威

 である天台座主と署名した。信長は信玄への返書に

 最大の仏敵である第六天魔王を自称してやり返した。



悲憤落胆ひふんらくたん


 悲しみ憤り、失望すること。 



怯懦きょうだ


 臆病で気が弱いこと。



懈怠けたい


 怠けること。



彼我ひが


 相手と自分。あちらとこちら。



拘泥こうでい


 一つの事柄にこだわり柔軟な対応ができないこと。



御内書ごないしょ


 室町幕府で将軍が用いた私的な書状。公的な文書は

「御教書」だったが次第に御内書が公的な意味合いを

 帯びるようになっていった。



公方くぼう


 天皇や朝廷、鎌倉~室町幕府の将軍などの権力者。

 特に室町時代の後半では足利将軍家一族の肩書き。



しがらみ


 人間関係で自由な行動を妨げる義理や面倒な繋がり。



有頂天うちょうてん

 うまくいった喜びで夢中になっていること。

 本来は仏教用語で、三界(さんがい)のうちの最上位の天。



料簡りょうけん


 思いを巡らすこと。考え。思案。



権六


 柴田勝家の幼名 (通称)。



欣喜雀躍きんきじゃくやく


 喜びで小躍りして、飛び上がって喜ぶ様子。

「欣喜」は大変喜ぶこと「雀躍」は雀が飛び跳ねる姿。



恙無つつがな


 何事もなく、平穏無事に。



宰領さいりょう


 物事の取締りや処理をすること。監督すること。



拝辞はいじ

 

 辞退や暇乞(いとまご)いの謙譲語。



狷介者けんかいもの

 

 意志を枉げず、人と和合しない者。頑固者。



奇態きたい


 風変りな様子。不思議な状態。



薄濃はくだみ


 信長が討ち取った敵将:浅井長政・久政・朝倉義景

 の頭蓋骨に漆を塗り金粉をまぶして酒杯にしたもの。



第六天魔王


 信長の通称のひとつ ⇒ ※天台座主 参照



挿絵(By みてみん)

岐阜城地下牢のエコルン信長(後ろの囚人は誰だよ)


         【作者贅言】

信長が長政・久政・義景の首を薄濃にした経緯は諸説

言われており、例えば以下のようなものがあります。


・祝勝の酒宴で見せしめにして酒を注いで飲み回した

・酒席に飾って、余興として眺めながら勝利を祝った

・薄濃にして好敵手への敬意を示し、丁重に供養した


あまりの残酷趣味にあの佐々成政が苦言を呈したとも

言われておりますが、真偽の程は定かではありま温泉。

「信長公記」「浅井三代記」等にも記述はありますが、

いずれも後世の作であり、史料的な信憑性には議論の

余地がありまくりまクリスティ。信長はこんなに非情

で残酷でサイコな第六天魔王だったのだと強調したい

余りの創作というかデフォルメというか、でっちあげ

だったのやも知れませぬ。いずれにせよ現代の我々が

この件で信長のことを批判したり非難したりするのは

ちょっと的外れ。 400年以上も前のましてや創作かも

知れないお話を、現代の倫理道徳ポリコレコンプラで

云々するなんて、欺瞞だし勘違いだし頭おかしいのら。

いいよ信長やってやれよ長政なんかハクダミっちゃえ!

くらいでちょうどよい(よいのか?)ここではむしろ、

憧れの推しと戦えて超絶ハッピー♪という長政の視点

で描いてみました。気に入っていただけたら幸いです。

 

挿絵(By みてみん)

薄濃が黄金バットみたくなっててニコニコの長政エコルン





          ☆予告☆ 

次回の戦国マンは…… 信長はあと一話あるけど、一旦

お休みして、時を進めよう…… なんと、関ケ原前夜!

いよいよ登場する戦国マンは、戦国の覇者:徳川家康!

そしてもう一人の戦国マンは家康股肱の臣:鳥居元忠!

会津討伐を前に伏見城で語り明かす漢二人の熱き真情!


第捌話『伏見の月』 徳川家康 × 鳥居元忠


読んでくんないと、暴れちゃうぞ !!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ