勇者もどき・ワン
聞くところによると、ロロとマーチの事情は単純なものだ。
端的に言うなら、金。
金が必要らしい。
「マーチがな、以前大きなクランにいて、やらかしたって言っただろ。クランででかいダンジョンを探索していたときに、簡単に言うならマーチの判断で無理に進んで、その結果、クランマスターが大怪我したんだ。冒険者復帰はほぼ無理だろうっていうほどの怪我で、教会の高位の聖女とかじゃないと治せない。で、治療費って莫大な金がかかるだろ? マーチは、クランからその治療費を請求されている」
「ありゃ。それって本当に全部マーチの責任なの?」
全員で決めて進んだんじゃないのだろうか。だとしたら、マーチ一人の責任になるのはおかしいと思う。
もしマーチが強引に推し進めたのだとしても、結局進むことを決めたのはメンバーのそれぞれ全員だろう。マーチに責任が押し付けられるのは理不尽だと思うのだが。
僕の疑問に、しかしロロは力強く首を振った。
「いや、詳しくは省くが、これに関してはほぼ十割マーチが悪い」
「ロロが言うならそうなのか」
「納得早くない?」
マーチが不服そうな声をあげるが、無視だ。
ロロとマーチのどちらかしか正しいことを言っていないとしたら、正しいことを言っているのは8割以上の確率でロロだろう。2人との付き合いはまだ短いが、それは分かる。
それに何事も結構公平に見ようとするロロにそこまでハッキリ言わせるなんて、マーチは相当なやらかしをしたのではないだろうか? それこそ庇う余地もないほどに。
「そんなわけで、私たちは金を稼ぐためにダンジョンに潜っている。このダンジョンは最難関と有名だし、まだ探索され尽くしていないんだ。ということは、アーティファクトが出る可能性がある」
「アーティファクトってそんなにお金になるの?」
「そりゃあもう! 魔物狩りなんかとは比べ物にならない。一攫千金だ」
「ふぅん」
今更だがアーティファクトとは、神代の頃、つまり僕たちプレイヤーが冒険していた頃の遺品のことらしい。効果は千差万別、けれど全てが人智を超えた力を持つそうだ。
性能とかの話を聞くに、おそらくプレイヤーが制作したとか、そういうプレイヤー由来の強力なアイテムのことだろう。ダンジョンなどに今でも意外と残っているんだとか。
僕のインベントリには人形をはじめとしてプレイヤーが手がけたアイテムなんて腐るほどあるけど、僕は黙っておいた。
「というわけで、取引しないか。あの勇者もどきの件について、全面的に協力する。安心しろ。おそらくあんたたちだけで行っても、そこまで情報が確実ならギルドがいい感じに勇者もどきを処理してくれるだろうけど、私たちが行って確実に処理してやる。だから、頼む。自律人形のアーティファクトも、私たちの力になってくれ」
「んー……」
とりあえず、まず僕はアーティファクトじゃなくてプレイヤーなんだけどな。
この誤解はどうしたものか。
ただ、彼らが協力を求める相手として、僕という人選はこれ以上なく的確だ。
僕はこれでもまあまあの廃人プレイヤーとして、ある程度のダンジョンやイベントの情報は暗記している。当然、このコリネウスの迷宮のアイテムの位置も罠の位置も出現モンスターの情報も完璧である。金儲けもレベリングもお手の物だ。
最悪、僕の倉庫アイテムをひとつ譲るだけで彼らの事情は解決することだろう。
別にいらないアイテムを譲るだけなら僕にとっては痛手でもなんでもない。
ただし、僕がプレイヤーとか人間とか名乗った上でそれを行うのは、僕にとってもアンディにとっても非常に危険な行為な気がする。
僕の特異性が一気に露呈するからだ。
僕はアンディをちらりと見た。
アンディはいまだにショックみたいで、ダリアともどもずーんと落ち込んでいる。ダリアも悲しそうにしょんぼりしているので、本気で悲しいのだろう。
うーん、アンディって騙されやすそうで心配だなぁ。
僕の特異性が明らかになった場合、確実に僕にはさまざまなトラブルが舞い込むだろう。
当然、一緒にいればアンディだって巻き込まれる。
アンディがそれらをうまく捌けるかと考えると、ちょっと首を傾げざるを得ない。
それに、僕だってコミュ障な部類の人間である。世捨て人になる以外の方法で、うまく対処できる自信がない。
それらを総合して考えた結果、僕の中に一つの結論が出た。
──もう、いいかな。勘違いされたままでも。
あまり不都合さも感じないしね。むしろ、わりと動きやすくなった気もする。
僕が変な動きをしても変な知識を披露しても、ダンジョンにいた自律人形のアーティファクトって言えば怪しまれることもないだろう。ぽいぽいインベントリ使っても言い訳できるし。
何故なら、自律人形のアーティファクトなんてそれだけで特異だからだ。
人が特異なのとアイテムが特異なのは、同じようで意外と違う。
人は制御が難しいし勝手に動くものだが、アイテムは人が制御しないと動かないのだ。驚異度が違うのである。
特異なアイテムとして動いた方が、周囲の対応は緩いと考えられる。
デメリットといえば、アンディと離れて行動がしづらいことか。まあでも、これからみっちりと修行という名のレベリング地獄をするわけだし。
あと、アンディにはある程度トラブルが降りかかってくると思う。
けれどこれについてはロロとマーチに協力を仰いでなんとかしよう。
アンディを鍛え上げる頃には、アンディだって強くて特異な存在になっている。そうなったらある程度のトラブルは自分で解決可能だろう。
僕はそれを見届けて、それからさよならすれば万事問題なし。
うん、結構アリだな。乗っかろう。
僕はロロとマーチににこりと微笑んだ。
「いいよ。条件次第で協力してあげる」
「条件、か」
「ダム……?」
ロロが少し緊張したような面持ちで返し、アンディがのろのろと顔を上げた。
ちなみに、マーチは微妙に他人事みたいな顔をしている。
ロロが今交渉しているのはマーチのためなんだから、マーチはもっと必死になった方がいいと思う。本当に。
さておき、交渉だ。
「安く見てもらっちゃ困るな。僕はこう見えて結構すごいアーティファクトだよ? 勇者くんの件は、最悪僕たちだけでギルドに行っても解決する可能性が高いんだろう? だとすると、それをやってもらうだけで僕が協力するのは、ちょっと交換条件として釣り合ってないんじゃないかなぁ」
「う」
ロロは少し自覚があったのか、気まずげに目を逸らした。
そう、ロロ自身が言っていたのだ。
おそらく僕たちだけで行っても、情報が確実ならギルドがいい感じに勇者もどきを処理してくれるだろう、と。
もともと勇者くんの情報をギルドは知っていて、でも今に至るまで処理ができていないのは証拠がないからだと推測できる。アンディが被害者として主張して、それが無闇に却下されるとは考えにくい。
もちろんロロたちが味方につけばより確実になり、それは価値のあることだろう。
ただ、僕の力を借りる対価としては、少々安い。
ここで、それまで我関せずだったマーチが、笑いながら口を挟んできた。
「あは、先に勇者もどきの話をしたのは失敗だったかもね、ロロ」
「うう」
「でも、それはロロが誠実だからだよ。俺たちは先に情報提供してあげているんだ。その辺も加味してくれないと、運のいい人形遣いくんが最近見つけたアーティファクトについて、ちょっと不穏な噂とか出てきちゃうかもね?」
「おい」
「ふぅん」
「あと、君ってまず何ができるの? ここまでのお喋りで性能がいいのはもちろん分かったけど、どんなふうに協力してくれるのか分からないと、フェアじゃないんじゃない?」
マーチは実にのらりくらりとそんなことを言う。
不穏な噂の部分でロロがマーチを咎めるように眉を顰めたけれど、それも含めてうまいなぁと僕は思った。
交渉自体は、おそらくマーチの方が上手いのだろう。
しかし、交渉とはお互いに一定の信用があって成り立つものだ。誰も信用できない人と取引はしたくないし、逆に信用できる人なら長い付き合いをしたい。
そこを、ロロが前面に出ることで担保しているのだ。
そしてマーチがロロのフォローを入れることで、不利な話にならないようにしている。マーチが多少脅すようなことを言ったとしても、しっかり者のロロが隣にいるならご愛嬌だ。
僕は感心した。
やはりこの2人はいいコンビだ。うーん、是非とも味方につけておきたい。
あと普通に、僕についてどんな噂を流されるのかは分からないが、不穏な噂を積極的に流されるのは歓迎できない。
僕はこほんと咳払いをした。
「まあ、そうだね。じゃあまず僕ができることをプレゼンしようか。僕は色々できるけど、そうだな、君たちにはダンジョンを案内してあげられるよ」
「ダンジョンを案内、だと?」
ロロがピクリと反応する。マーチも今ばかりは真剣な目で僕を見ている。
それは、彼らからしたら喉から手が出るほど欲しいもののはずだ。
そう、より大きな対価を引き出したいなら、こちらもより価値のあるものを差し出せばいい。それが僕にとって難しいことか簡単なことかはさして重要なことでもない。
なにせ、交渉とはお互いに欲しいものを手に入れるためのものなのだから。
「僕は神代の自律人形だよ? 大抵のダンジョンの情報を持っている。マップ、出現モンスター、罠やアイテムの位置、ぜーんぶ完璧さ。僕が案内すれば、アーティファクトくらいじゃらじゃら見つかるだろうね」
「そ、それは……」
「もちろんロロの親切心からの情報提供は感謝しているし、君たちとはお互いに納得できる取引をしたいと思うよ。でも、ね? もうちょっとだけ色々差し出したくなってきただろ?」
「ふ、あはは、これは完敗」
マーチが、気の抜けた声でハンズアップした。
「確かに、それだけ確実なものをくれるなら、勇者もどきの件だけじゃ割りに合わないな」
「……珍しいな、マーチがあっさり引くなんて」
「ロロ、俺だって流石に状況は分かってるさ。これは俺たちにとって、多少吹っかけられても絶対に掴みたいチャンスだよ。というわけで、自律人形ちゃんは何がしてほしいの?」
軽く驚いているロロに、ウインクなんてして見せるマーチ。
普段のマーチが一体どれくらい引き下がらない交渉をするのか気にならなくもないが、まあ話がまとまるに越したことはない。
僕は上機嫌に微笑んだ。
「アンディを気にかけてほしいだけだよ。勇者もどきの件以外にも、アンディは僕を手に入れたことで大変な目に遭いそうだから。頼れる先輩冒険者として、気にかけて手助けしてよ」
主に、何かトラブルがあったときに突撃しに行くつもりなので、是非見捨てず事態の収集に力を貸してほしい。
あと、僕はまだこの世界の常識がいまいち分かっていない。今までのやりとりを見ていると、アンディもやや世間知らずなところがあるっぽいので、色々と教えてほしいところだ。
僕のお願いに対する二人の反応は、対照的だった。
ロロは意外なことを言われたみたいにパチパチと瞬きし、マーチは露骨に「うえ」と顔を顰める。
「なんだ、そんなことか」
「いやいやロロ、世話焼きなロロなら大したことないと思うかもしれないけど、俺にとっては予想する中でも一番面倒くさいお願いだよこれ。なんかあるたびに巻き込まれるやつだよこれ」
「私にとっては簡単なんだから私がやればいいだろ」
「あのね、巻き込まれた事件が俺たちの手に負えないものの可能性だってあるんだ。ダンジョンから産出されたアーティファクト、しかも自分で動いて話す、どれだけ厄介なことが起こるか想像もつかないよ。下手したら戦争とか起こるくらい、厄介なものだと思うよ」
「そうならないように気にかけてほしいってことだろ。どうせもう顔見知りになったし後輩なんだ、言われなくとも顔を見たら気にかけるさ。それに、もともとマーチにそんなものは期待されてないと思うぞ」
「ひどッ!」
「ロロはマーチを甘やかしすぎだと思うよ。確かに期待はしてないけど」
「ひどい……」
マーチがよよよ…と泣き真似をした。
けど多分内心なんとも思っていなさそうだ。僕の中で彼のイメージが人の心失っていそうな奴になってきたな。
「でも、そんなことでいいのか? さっきも言ったが、交換条件にしなくてもそれくらいならやるぞ」
「これからもずっと仲良くしてほしいのさ」
「だから、そんなこと交換条件じゃなくとも仲良くするのに。むしろ、それだけ優秀でかわいいアーティファクトとその主人だろ? 仲良くしてくれとこっちからお願いしたいくらいだ。ダムって呼んでいいかい?」
「ロロ、君は女の子にもモテるタイプだね? 嬉しいな、是非呼んで」
ガシッとロロと握手する。
味方兼防波堤兼お友達ゲットである。
ロロは本当に良い人だな。ちょっと心配になるくらい良い人だ。マーチは気が気じゃないだろう。むしろ、マーチくらい人の心を持っていない人が一緒にいた方が安心なのかもしれない。
兎にも角にも、これにて話はまとまった。
僕はアンディを振り返る。
「アンディ、そろそろ復活しなよ。話がついたよ」
「……一応、聞いてたよ。ダムはいいのか?」
僕が自律人形の誤解を受け入れた件のことだろう。
アンディは色々未熟だが、頭は悪くないように見える。僕がアンディの所有物扱いになることを理解し、そのメリットデメリットをある程度分かった上で僕に「いいのか」と聞いているのだと思う。
僕を自律人形ということにすればアンディも結構なトラブルを引っ被ることになるだろうに、お人好しなことだ。
僕は笑って頷いた。
「もちろんだとも。うまく立ち回ってくれたまえよ、ご主人様」
「ご主人様はやめてくれ」
間髪入れずにそう言うアンディ。
切実な響きだった。「ご主人様」呼びってそんなに嫌かな?




