迷宮脱出・ツー
吹き飛ばされたダリアがアンディに回収されて戻ってきた。
特に大きな故障などはないようで、ぷんぷんと怒ったような仕草で悔しがっている。
表情豊かだな。人形は基本的に主人の命令がないと動かないはずだが、絆が強いと緊急時に動いたり、主人の感情に同調して動いたりする。
今のダリアの場合はおそらくアンディに同調しているんだろう。
ぶすっと不貞腐れているアンディに比べて随分可愛らしい怒り方である。
「ダムは意地悪だと思う」
「ーー!」
「そんなことないよ」
文句を言う二人に僕はツーンと返した。
むしろ優しい方だと思う。
ゲームしてると意地悪どころじゃ済まない奴たくさんいるしね。それにやってることの酷さで言ったらあの勇者の方が酷いしね。
ほら、僕超優しい。
「ま、悔しかったら強くなるんだね。強くなれば誰にも意地悪されないよ」
「……分かってるよ」
アンディがふんとそっぽを向く。
アンディって歳のわりに態度や言葉が結構ガキだなぁ。
モチベーションが高いから言うこと聞かなくなるとかはないだろうけど、反抗されるのは面倒くさそう。
僕はこっそりため息をついた。
「そういえば、ダムはどこから人形を出してるんだ?」
「ん?」
少し考えていると、ふとアンディが質問してくる。
アールやナイト、プリーストを出し入れしている話かな?
「インベントリだよ」
「インベントリ……?」
インベントリとは、ゲーム上のアイテムをしまっておける倉庫のようなものだ。
流石に容量に上限はあるが、僕は拡張に拡張を重ねてアイテムの他、人形全てをインベントリにしまっている。
人形の便利なところだよね。
インベントリには生き物は入れられない。
よって、モンスターを使役するテイマーは常にモンスターを連れ歩くことになる。召喚士は連れ歩くことこそないものの、召喚時にMPが必要だ。
けれど、人形はどちらも必要ない。
生き物じゃないからインベントリに入るし、起動時にMPは必要ない。
ただ、稼働に継続的にMPを必要とするから、長く出していればその分MP食うんだけどね。その辺は一長一短だ。
「……ダムって、相当お金持ち? インベントリって、アイテムボックスのことだろ? アイテムボックスは一般人には手が届かない額だし、そんなに大きな人形が10体も入るほどの容量となると国宝級だぞ」
「……マジ?」
「マジマジ」
こくこくと頷きながら、「人形は連れ歩くのが普通だ」とアンディが続けた。
だからアンディは使わない人形をわざわざギルドに預けるなんていう面倒くさいことをしているのか。インベントリに入れればいいものを、何故ギルドに預けているのかは地味に疑問だったのだ。
しかし、アイテムボックスってなんだろう。いや、インベントリの代替品だということは分かる。
インベントリは課金で容量が増やせるくらいで、プレイヤーは誰でも持っているものだ。
でもここでは一般的ではないものらしい。
うーん、人前では迂闊に人形を出し入れするのは危険かもしれない。気をつけよう。
なお、僕は一般家庭で育ったのでお金持ちとかちゃんちゃらおかしいが、まあ乗っかっておくことにした。
「そもそも人形遣いやってる時点でお金持ちなのは分かるだろ。アンディだって、ダリア一体にいくらかかってるんだよ」
「んー……それ言われると弱いな」
アンディはケラケラと笑った。
さっきまで怒っていたのに、切り替えが早い。
◆◆◆
それ以降は特に何事もなく、順調にダンジョンを進んだ。
相手がモンスターだけなら僕の敵ではない。
サクサク進む。
しかし、第4階層を抜けるかどうかという最中に、人がモンスターと戦っている音が聞こえてきた。モンスターの咆哮、そして金属の武器が交わる音だ。
ピタリと、デュークの足を止めさせる。
「……そっか、人がいるんだ」
「ここにいるってことは、Aランクの冒険者だな」
「Aランクかぁ」
アンディの解説に唸った。
繰り返すけれど、このダンジョンの第4階層なら、モンスターのレベル帯的には50レベルってところ。この世界じゃ50レベルあればAランクなのだ。
……うーん、そろそろ人目を気にしてデュークとアールはしまった方がいいかもしれない。どっちも実力はレベル100超えだから確実に浮く。
ただなぁ、僕、自分で歩くのヤなんだよなぁ。
そもそも人形に運んでもらうの前提で、筋力0のくせに、装備がやたらと重量ペナルティが付くやつばっかりなのだ。すぐバテるだろうし、移動速度はお察しである。
かといってデュークを動かし続けるのはこの世界の情勢が分からない以上危険だし、アールより下の人形に乗るのはフォルムや大きさの関係で安定性に欠ける。
……うーん、移動用の人形を作ってもらっておけば良かったな。馬車を引く専用の人形ならいるけど、肝心の馬車がないし、そもそもダンジョンには馬車が入ってこれない。
「ダム?」
「んー。そろそろデュークとアールを目立たない人形と交代させようかと思って」
「ああ、自分が異常な自覚とそれを隠す気は一応あるんだな……」
「そりゃね、僕が強いのバレたら、あちこちからスカウトが来てアンディの師匠なんかやってる暇なくなるだろうし?」
「なにか協力できることあるか!?」
アンディがやる気満々に身を乗り出してきた。変わり身が早い。
僕は口を開いた。
「詳しいことは省くけど、僕って自力で歩くのに慣れてないんだよね。実力的にデュークはしまった方がいいけど、人形に乗らないと移動ができない」
「……歩けないのか?」
「歩けるよ。ただほら、見て分かる通り体が大分幼いだろ。見た目相応の力と体力しかないんだよ」
デュークに降ろしてもらって、「ほら」と両手を広げて見せる。
アンディと比べなくとも分かる華奢さの腕、小鹿みたいな足は身長が低いゆえにコンパスが短く、一歩の距離も小さかった。体もふにふにと柔らかいだろう。筋力がないのだ。
ダンジョンの道は険しい。また、ここまで数時間は歩き通している。幼女にそれができると思うか? 答えは否である。
アンディは僕をしばらく眺めた後、呟いた。
「うーん、俺が抱っこしてやろうか?」
「は?」
「俺がすぐ魔物に反応できなくなるリスクはあるけど、現状魔物と戦ってるのはダムの人形だし」
「ちょ」
言うや否や、アンディが僕を抱え上げた。
ひょいっとまではいかないが、意外と安定している。すごいな、僕、重量ペナルティのある装備のせいで結構重いはずなんだけど。
アンディはゆっくりと僕を持ち上げ、最終的に片腕抱っこと俵担ぎの中間くらいの抱え方をされた。前を見るのに首を捻る必要があるのはやや辛いけど、体勢としてはまあ楽である。
それに、人形の硬くて冷たい無機質な体と比べると、アンディに抱えられるのは温かいしいくらかクッション性があった。
普通いきなり男に触られれば嫌悪感を抱く場合も多いものだけど、それも意外とない。ちょっとアンディの服汚いなって思う程度だ。それもダンジョンに潜っていれば汚いのは当然だろうなって思うし。
……まあ、これなら悪くないかも。
「……意外と重いな」
「なにさ、失礼だな。僕は別に重くないよ。見た目通りお菓子のような軽さだよ」
強いて言うなら装備が重いだけだ。
しかし、一端の女性として思わずムッとしたが、総合的に重いのは事実である。
「まあしんどいなら降ろしてくれて構わないよ」
「いや、いける。トレーニングにもなるしな」
「なら良いけど。落としたり乱暴にしたりしないでよね」
「頑張るわ」
アンディは神妙に頷く。
まあ、最悪落とされても僕は耐久値が高いので早々ダメージにはならないだろう。
僕はこのまま運んでもらうことに決めると、デュークとアールをしまうことにした。
そして、新しい人形を出す。
「バロン・ワン」
現れたのは足が針のような形の人形だった。軽そうな体は出てきて早々くるりくるりと回っている。
バロンは強さとしては下から3番目のレベル70だ。つまり実質レベル50。この階層ならバロンで十分だろう。
スピードがとても速い人形で、足の形状が特殊ゆえに悪路でもスイスイ進める。
「この人形は?」
「バロンだよ。君たちで言うところのランクAの強さの人形だ」
「……デュークとアールをしまう意味ってあったか?」
アンディが半目で僕を見た。
バロンも人形としてはあり得ない強さだから、僕の異常性が隠せてないと言いたいのだろう。
まあ確かにその通りではある。
でもさ、ある程度は仕方なくない? そもそもアンディが第4階層から無事に生還したら異常だからね?
僕も半目で首を竦めてみせた。
「ある程度は仕方ないよ。ダンジョンから出られる強さで一番目立たないのがバロンなんだ。一応言っておくけど、デュークとアールはバロンより桁違いに強いんだよ?」
「……ダムってさ、どっかの国の王城に仕えた筆頭宮廷人形遣いだったり、伝説の勇者の一行に同行した最強の人形遣いだったりする?」
「なにそれ」
くすっと笑うと、アンディはむぅと口を尖らせた。
全然そんなのじゃないよ。
◆◆◆
さて、人形をバロンに変えたあとで、しばらく進むと道の先に冒険者の姿が見えた。
先程聞こえたモンスターと戦う音の主だろう。
彼らは二人組のようだった。
一人が大柄な女性で、鎧を着込んで大きな剣を背負っている。戦士だろう。
もう一人は細身の男性だ。小綺麗なローブに長めの杖、こちらは黒魔法使いだと思われる。
彼らは僕たちに気づくと、少し怪訝そうな顔をした。
アンディがコソッと僕に耳打ちしてくる。
「ダム、少し喋らないでいてくれないか?」
いきなり不躾な頼みである。
構わないけれど、何故?
「ダンジョン内では、冒険者同士は基本的に不干渉なんだ。ダンジョンはギルドの取り締まりが入らないから、色々とトラブルが多い。昔は冒険者を狙った殺人事件が横行したって話もあって、そういう事情から助けを求める以外で他の冒険者に干渉する奴は基本的に怪しまれる」
「ふぅん」
まあ事情は大体把握した。
要するに何も話さずにすれ違いたいわけだ。
僕は頷いて了承した。
アンディはそれを確認すると、僕を抱えてダリアとバロンを引き連れて彼らの歩いてくる方向に歩いていく。
彼らも彼らで、怪訝な顔をしつつも特に立ち止まることなく歩いてくる。
このままいけば何事もなくすれ違うことになるだろう。
しかし、ちょうどすれ違うところで、声が掛けられた。
「お前ら、誰だ?」
「ちょっと、ダンジョン内では不干渉でしょ!」
見ると、声を掛けたのは戦士の女性のようだ。傍らの黒魔法使いの男性がハスキーな声で女性にツッコミを入れた。
女性はあっけらかんと言う。
「見ない顔だと思って」
「ダンジョンに新顔が増えるのは良いことじゃん」
「見たことがあったから」
「見ない顔なんじゃなかったの??」
なんだか少しコメディみたいなやり取りだ。
さておき、女性はまじまじと僕たちを見る。正確には、アンディの顔を見ていた。しばしの間観察したのち、思い当たるものが見つかったように彼女はパチンと指を鳴らす。
「──やっぱり、人形遣い」
「人形遣い? 知り合い? というか、それ以前に人形遣いでこんなとこにいんの?」
「知り合いじゃない。コイツ有名なんだよ」
「Aランクの、方ですよね」
女性と男性がやいのやいのと話す中、ようやっとアンディが口を開いた。
女性は実にサバサバした様子で頷く。
「私はロロ。こっちはマーチ。Aランクだよ。あんたはアンドレアだね。人形遣いの」
「はい、そうです」
「え? 人形遣いがなんでここに? というか、よく無事だね」
アンディが頷いたあとに、男性──マーチがひょっと突っ込んできた。
ここは高ランクじゃないと潜れない場所らしいから、そこに弱い人形遣いがいるのが不思議なのだろう。
アンディは彼らの勢いに戸惑いつつも、おずおずと事情を話す。
「その、最初はパーティで第3階層に潜ってたんですけど、色々あって下層に来ちゃってしかもボス部屋に入って……パーティメンバーに見捨てられました」
「うわ、泥沼の人間模様だね」
「パーティメンバー……ああ、確か勇者ケビンのパーティか。あいつ頭おかしいもんな」
ちょっとこの人たちも殺人未遂の話を聞いたにしてはノリが軽すぎやしないかな。
アンディもやや引き気味だ。
「相手は勇者ですよ……」
「国公認じゃないし、実力も大したことないし、そう気を使うこともないだろう。そもそもあのパーティは地雷だってAランク以上じゃ有名だよ」
「ええ……」
アンディの咎めるような声に、ロロはどうでもいいと言わんばかりである。
というか、僕も個人的に勇者の扱いは気になっていたんだよね。
ミリオンヒーローオンラインでは、そもそも勇者は職業の一種だ。ちょっと特殊な、所謂レア職業というやつ。特殊なスキルも多いし強いけど、それだけだ。
国公認とかって、どういうことなんだろう。
僕の疑問はさておき、話は進む。
「まあ私はお前もどうかと思うけど」
「し、心外なんですが……!?」
「あはは、見るからに道楽息子だよね」
「連れている人形からしていいとこの坊ちゃんだろう。まあ人形遣いでDランクに上り詰めた努力は認めてるよ」
「人形遣いでDランク? 変人だね」
あははと笑いながらマーチがアンディを悪意なく言葉で串刺しにした。
この人たち本当に態度がフラットだな。
そしてアンディはやっぱり金持ちなんだ?
「で、どうやってここまで? 実家からアーティファクトでももらってた?」
「しかし見ない人形だな。その子は見たことあるけど、君が抱えている小さな子は見たことないし」
おっと? 話の雲行きが怪しくなってきた。
僕の強さを吹聴したくない以上、この話を掘り下げられるのはよろしくない。
彼らに悪意はなさそうだが、それでも踏み込んでほしくないことはやはりある。そこは早めに線引きをしておくべきだ。
アンディもそれは考えたのか、口を開こうとする。
しかし、すかさずそれをロロが止めた。
「ああすまん、答えなくていいよ。冒険者は奥の手の一つや二つ持ってるもんだ。ペラペラ喋ってたら死ぬよ」
ロロはきっぱりとそう言った。
おお、カッコいい。
最初はダンジョン内で話しかけてきて変な人と思ったけど、なんだか頼りになりそうな気配を感じる。そもそも話しかけてきたのもおそらく親切心なんじゃないだろうか?
案の定彼女は手を差し伸べてくれた。
「さて、話し込んじまったな。よかったら上まで送ってこうか?」
「いえ、自分で戻れます」
「ご一緒しといたら?」
アンディは断ろうとしていたが、ここは頼っておくべきではなかろうか。
そう思って初めて口を出すと、場の空気が固まった。
「に、人形がしゃべったああああああ!!」
マーチが叫ぶ。
何やら僕が人形だと勘違いされているようだが、それよりも先に僕は別の場所に訂正を入れた。
「人形だって喋るよ」
「へっ?」
全員がキョトンと僕を見下ろした。




