プロローグ・スリー
突然であるが、そもそも人形遣いの真骨頂は、そのフェチ性にあると僕は思う。
フェチ性というか、ファッション性というか、見た目の自由度がとにかく高いのだ。
例えば召喚士やテイマーの場合、従えるモンスターは必ず既存のモンスターである必要がある。
当然だ。ミリオンヒーローオンラインに出てくるモンスターを召喚なりテイムなりするわけだから。
モフモフなモンスターと旅したいとか竜に乗りたいとか、そんな漠然とした理想ならある程度実現可能だ。だが、「ピンク色の夢可愛いユニコーンに乗りたい」と思っても、該当するモンスターが存在しなければそれは叶わぬ夢である。
しかし、人形は見た目も機能も人形職人の思うままだ。
可愛い女の子を侍らせたい!
好みの男性と連れ添って旅をしたい!
チェスのコマ型人形でリアル戦闘させたら面白そう!
──そんな欲望が全て思いのまま!
だからこそ、ゲーム内で「人形遣いは変態だ」と呼び声高かったし、実際に人形遣いになるプレイヤーは大体キャラが濃かった。
かく言う僕だって、「ちっちゃな女の子がでかい人形を大量に従えて王様気取ってるのマジ可愛い」が大体の動機である。
ミリオンヒーローオンラインには、職業が約1100種類もある。
それだけあれば、完全に使われていない職業だってチラホラとはあるものだ。
そんな中で、人形遣いはマイナー職とはいえ、常に一定の人口がいた。
人間、フェチからは逃れられないのだ。
閑話休題。
「……可愛い人形が好きな男って、キモいかな?」
青年は情けない顔でこちらを見ていた。
生意気そうな目元がへにゃりと下がって、青い瞳が弱々しくなり、手も緊張したようにギュッと握り込んでいる。
なんだか墓まで持っていくつもりだった悩みでも告白したみたいな雰囲気だ。
まあ青年からしたら、実際にそれくらいの気持ちなのかもしれない。
僕は軽く嘆息する。
……僕に言わせてみれば、そんなの可愛い欲望だ。
僕はまっすぐに青年の目を覗き込んだ。
僕のキャラメルマキアートとジンジャーエールの瞳が、青年の、燃えるような青い瞳とカチ合う。
「例えばさ、戦うメイドさんを侍らせたいのは、キモい?」
「は?」
青年が素っ頓狂な声を上げた。
僕は構わず続ける。
「自分は戦う神父という設定で聖歌隊の服を着せた神官や僧侶のロリっ子ショタっ子を連れ歩くのは?」
「え? え?」
「馬鹿でかい怪獣型人形を作らせて悪の頭領気取るのは?」
「えっと……」
「ちっちゃな女の子がでかい人形を大量に従えて王様ごっこしてるのはどう?」
「こ、個人の自由では?」
青年がやや気圧されたようにそう言った。
そう、そうなのだ。
全くその通りである。
「そう、個人の自由なんだよ。可愛い人形が好きなのもそれをキモいと思うのも個人の自由。そもそも好きで人形遣い選んだんだろ。今更そんなこと気にするなんて全くナンセンス! おわかり?」
身を乗り出して力説する。
青年はこくこくと頷いた。
心なしか青年の隣にいるダリアもちょっと怯えているような。
おっと、柄にもなく熱くなってしまった。
僕はこほんと咳払いする。
「とにかくあれだね、何も恥じることではないんだよ!」
人形遣いとはそういう職業なのである。
◆◆◆
さて、大分話が逸れてしまった。
「まあ聞きたいことは大体聞けたかな。情報提供感謝するよ」
「お、おう。今更だけど君はなんなんだ」
青年の言葉に、そういえば僕たちはお互いに自己紹介すらしていなかったことを思い出した。
お互いの人形の名前は知っているのに。
人形遣いあるあるだ。
僕は胸を張って笑みを浮かべた。
「これは失礼。僕はキングダムだよ」
「変な名前……ダムでいいか?」
いきなり距離縮めてくるじゃん。
「許す。君は?」
「俺はアンドレアだ」
「長いな。アンディ」
「いきなりあだ名? ……まあいいけど」
青年──アンディはなんだか照れ臭そうに微笑んだ。
ちょっと可愛い。
アンディはしかしすぐに顔を引き締める。
パッパッと周囲を見回しながら、僕の肩を掴んだ。
肩を掴む手は意外と優しい。
きちんと力加減を考えてくれているっぽい。
「えっと、ダム、今更だけどここは危ないんだ。Aランク、えっと、すごく強い魔物がいる。ダムは人形遣いのようだけど、早く脱出しないと──」
僕に分かるように言葉を選びつつ、アンディが説明してくれる。
僕の先程の質問内容を加味して、分かりやすく噛み砕こうとしてくれているようだ。
律儀な青年である。
僕は肩を竦めた。
「心配いらないよ。そもそも何故僕がここにいたと思うの?」
「え、なんで……?」
アンディがぽかんと僕を見る。
間抜けな顔だった。
彼は変なところが抜けているというか、天然か?
普通こんな場所に僕みたいな可愛らしい幼女がいたら変だと思わないのかな。
しかも僕はデュークとアールを分かりやすく従えているのに。
「自力でここまで潜ってきたんだよ。僕は強いんだ」
「え、だって、人形遣いだろ?」
「そうだよ、何かおかしいかい?」
ジッと見やる。
アンディは咄嗟に「いや」と否定したが、しかしまだ腑に落ちないような顔をしていた。
きっと、それだけこの世界では人形遣いは雑魚扱いなのだろう。マジか。
「……ふん、まあいいけどね。僕の強さなんて一緒にいれば分かることだ。ほら、ちょうどモンスターもやってきたことだし」
「え?」
アンディの背後を指差す。
アンディがおそるおそると後ろを向くと、そこにはズン…ズン…と重そうな足音を立てて歩いてくるオーガがいた。
巨大な体とそれに見合うパワー。
重鈍な動きではあるが、とにかくパワーが圧倒的なのがオーガというモンスターだ。
レベルはこの階層なら50くらいだろう。
オーガはAランクらしいので、どうやらDランク冒険者らしいアンディからしたら格上のモンスターである。
アンディは悲鳴を上げた。
「うわあああああああ! ダリア!!」
「なっさけないなぁ」
まあリアルで見るとかなりデカくて迫力があるので叫ぶ気持ちも分からなくはないが、僕はひとまず余裕の態度で笑っておく。
アンディはそんな僕に構う余裕もないようだ。
必死に逃げる道を探すようにキョロキョロしている。
ただ、少し意外に思ったのは、彼はダリアを呼んで盾にするのかと思いきや、ダリアをその背に庇っていたことだ。
人形は戦闘要員なのだから、普通矢面に出して戦わせるものだ。危機的状況で背に庇うとか本末転倒もいいところである。
まあ、ダリアと同時に僕も当然のように背に庇ってくれたので、悪い気はしない。
庇う必要なんかないのにね。
「アール」
「──」
手をひらりと振って、アールに指示を出す。
レベル50のオーガだったら、アール一体で十分だ。
細身の人形はタッと軽やかに駆けていった。
アンディが酷く狼狽して僕を振り返る。
「ちょ、ダム! アールが壊れたら──」
「平気だよ。まだアールと同じ人形はたくさんいる」
「そんなこと!」
「それに」
そもそもアールがあの程度のモンスターに遅れを取るわけがないじゃないか。
僕は自信満々にそう言い放って、顎をしゃくった。
アンディがつられてアールの方を見る。
アールはオーガ相手に圧倒的な戦いを繰り広げていた。
アールは細身な見た目をしているが、パワーもスピードも備えた人形である。全体的にバランスがいい。
重鈍なオーガの攻撃はアールに擦りもせず、アールはヒット&アウェイで戦闘を進めている。
そしてアールは攻撃も一回一回が重く鋭いので、オーガは最早防戦一方だ。
しばらくして、ズゥン…! とオーガが地面に倒れ伏した。
アールは戦闘に使っていた剣をしゃんと振り、鞘に収める。
うむうむ、よろしい。
傷一つ負うことない完璧な勝利だ。
まあね、僕の人形なんだから当然だよね。
ダンジョン内では、倒したモンスターの死体は消えてアイテムだけが残る仕様になっている。
ここでも例外ではないようで、オーガの死体はすぐに消えてころんと魔石が地面に落ちた。
アールはそれを拾って僕に差し出してくれる。
「ご苦労様」
「──」
魔石を受け取る。
魔石は、ゲームと同じ魔石だった。
どんなモンスターでも倒せば落とすドロップ品だ。
ミリオンヒーローオンラインでの魔石の使い道はかなり多い。
武器の作成やアイテム強化、効果の付与、他にも人形遣いであれば使役する人形の強化にも使えるし、冒険者ギルドで常に買い取りもしている。
魔石はとにかく使いどころが多いのだ。
鑑定してみると、この魔石はレベル52だ。
あのオーガはレベル52だったらしい。
「ふぅん。バロン以下の強化用かな。この調子で魔石掘りしてってもいいけど……アンディは早くダンジョンから出たいんだよね?」
アンディを振り返る。
しかし彼は僕のことそっちのけで、アールを見つめて目をキラキラさせていた。
心なしか隣にいるダリアも羨望の眼差しをしているような。
アンディとダリアがどちらともなく手を取り合う。
「カッコいい……!」
「──!」
そして一人と一体は、頷き合ってアールを称賛し始めた。
「つ、強かったな!」
「──!」
「すごく鮮やかで!」
「──!」
「オーガがすぐに倒れて! 勇者みたいだ!」
「──!」
僕は一瞬ぽかんとしてしまった。
アンディとダリアはまるで友人同士みたいにキャッキャとはしゃいでいる。人形は基本喋らないけど、言葉分かるのかな。
けれど、褒められることに悪い気はしない。
僕はすぐににまっと笑って踏ん反り返った。
「まあね、僕のアールだからね!」
◆◆◆
突然だが、僕の手持ちの人形は1000体を超える。
まあ大量の人形を操ることが売りな傀儡師だからね。数が武器なのである。
デュークだけで50体いるし、戦闘用人形の中で一番弱いナイトは500体もいる。
最早一人で小さな国を持っているようなものだとゲーム内では評判だった。
そして、実は戦闘用以外にも人形を持っている。
「プリースト・ワン」
「──」
ぱちりと手を鳴らし、人形を呼ぶ。
プリーストは司祭の役割を持つ人形で、非戦闘用人形だ。
簡単な回復魔法を使うことができるが、レベルは低い。人形遣いに回復役はぶっちゃけ必要ないからな。
のっぺりした顔の重々しい司祭服を着た人形が現れた。
「ほら、アンディ。細かい怪我を治してあげるよ」
「あ、ありがとう」
アンディはボス戦で負ったのだろう細かい怪我をたくさんしている。
僕の指示で、プリーストがアンディの怪我を治していった。
「……ダムは、なんでもできるんだな」
「まあね。一通りの人形が揃ってるからね。これでも有名だったんだ」
アンディの言葉になんてことないように頷く。
過去のことみたいに話しているが、ここはミリオンヒーローオンラインの未来の世界みたいだし、過去の話で間違いないだろう。
と言っても、ミリオンヒーローオンラインには有名なプレイヤーなんてそれこそたくさんいた。
特に人形遣いはマイナー職ではあったものの、みんなキャラが濃かったから、人形遣いで有名なプレイヤーは僕以外にも何人もいた。
僕も実力派だから有名だったわけじゃないしな。
辛うじてトッププレイヤーランキング入りは何度もしてたけど、実力的にはランカーの中でも弱い方だ。
ミリオンヒーローオンラインは質が数を上回れる世界なのである。
もっと言うと、すっごく強い一人がたくさんの雑魚兵隊を蹂躙できる世界なのだ。むう。
「すごい……俺とダリアたちも、それくらい強くなれるかな……? ……人形遣いでも、最強に……」
アンディは純粋に憧れているという態度を隠しもしない。
キラキラとした目で僕を見た。
僕は微笑む。
この世界で人形遣いが不遇職なのは、きっと使い物になるまでの育成コストが馬鹿みたいに高いからだろう。
人形自体の値段が高いし、それを育てる手間も他の職業よりものすごくかかる。
その結果、レベルキャップが実質ほぼ60くらいのこの世界では、人形遣いを使い物になるまで育てられる人がいなかったのだ。
──しかしアンディはマジで惜しいなぁ。
育てれば絶対強くなるのに。
召喚士やテイマー、そして人形遣いなどの使役系の職業は、強くなるには絆の強さが重要だ。
単純な戦力で考えれば、人形はどれだけ育ててもレベルキャップがマイナス20レベルになる。
20レベル分弱いんだよね。それは仕様だからな、仕方ない。
そしてそれを突破できる方法が一応いくつかあるのだが、一番確実で手っ取り早いのが絆なのだ。
おそらく絆を深める系の才能が高いアンディなら、確実に強くなれる。
下手したら僕よりも強くなるかもしれない。
それがこんなところで埋もれてしまうのは、なんだかすごく惜しい。
僕はむんと考え込む。
「うーん、じゃあ、僕が師匠になってあげよっか?」
「え?」
ぽつりと何気なく呟いた言葉は、わりと僕をその気にさせた。
うん、案外名案かもしれない。
「うん、気分が向いた。アンディがどうしても強くなりたくて僕に頭を下げると言うのなら、この僕が育ててあげてもいいよ」
「ダムが……?」
アンディが燃えるような青い瞳をキラキラさせる。
彼もその気みたいだ。
アンディは真っ直ぐに立って、僕と向かい合った。
感極まったように息を吸って、ゆっくりと喋り出す。
「……お、俺な、可愛い女の子の人形が好きで、人形遣いの職を与えられたことを後悔はしていないんだ。ダリアもバイモもペンタスも、みんな大事な仲間だ」
どうでもいいけど、3体も人形持ってるんだな。
そして全部ダリアのような一点ものの人形と見た。
マジで何者だアンディ。ボンボンか?
「……でも、勇者みたいに強くなりたいっていうのも、本当に本気で思ってて。人形遣いの職を与えられた人は大体冒険者を諦めるんだけど、俺は諦められなくて、冒険者になった」
そういえば、『職を与えられる』というのもなんなんだろう。
教会で洗礼を受ける的な話をしていたけれど、さてはて。
「──だから、ダム。お願いします。俺は強くなりたい」
アンディが勢いよく頭を下げる。
それがあまりに必死なものだから、僕はいつも通りに不遜な態度で笑ってやった。
「ふふん。いいよ。僕が君を英雄にしてあげる」
ここはミリオンヒーローオンライン。
百万も英雄がいる世界。
人形遣いの英雄の一人や二人、いないわけがないのである。




