プロローグ・ツー
さて、あのボス部屋から移動して、僕たちは洞窟の袋小路に来ていた。
ここに至るまで数回モンスターとの戦闘を行い、どうやらここは「コリネウスの迷宮」っぽいことが判明した。
コリネウスの迷宮とは、ゲームの「王と騎士の古都エリア」にあるダンジョンの一つだ。
巨人系のモンスターが多く出現するダンジョンで、難易度的にはまあ中堅って感じ。
そして、僕が寝落ちする直前に潜っていたダンジョンであった。
「ここは、第4階層ってとこかな」
途中に出てきたオーガをデュークに倒させながら、僕は呟く。
デュークは僕を肩に乗せたまま軽々とオーガを吹き飛ばした。
様子を見るに、オーガのレベルは50前後だろう。
ミリオンヒーローオンラインはレベル制だ。
レベルキャップ(レベル上限)は現在300まで開放されており、僕も当然レベルは300である。
人形の方は上限がものによるし、強化しないといけないからレベルはまちまちで、デュークシリーズは200、アールシリーズは130ってところ。
まあ人形はプレイヤーに比べて、同じレベルでも戦力的に20レベルくらい見劣りするから、実質デュークは180、アールは110くらいかな。
どちらにしてもレベル50のオーガには過剰戦力だ。
まあ当然である。
ここは僕の手持ちの中でもまだレベルの低い人形の強化のために潜っていたダンジョンなのだから。
「ちなみに、ダリアは何レベルくらい?」
「──」
尋ねると、ダリアはこてりとこちらを見た。
何か伝えたいのかもしれないが僕には分からなかったので、とりあえず鑑定をする。
36レベルだった。
「……?」
妙にレベルが低いな。
あんなに絆が強ければ、もっと強化もされていそうなものなのに。
というか、人形は20レベル見劣りするんだからダリアは実質16レベルだ。なんで実質レベル16の強さでレベル50の階層へ挑んだ?
まあよく考えてみれば、彼らはパーティでボス部屋に挑んでいた。察するに他のメンバーは適正レベルだったのだろう。
そう考えるとまあ危ないとはいえ納得できないことも……いや適正レベルじゃないメンバーを連れてくるならちゃんとケアしなさいよ。
「うう、ここは……」
そうこうしている間に、青年が目を覚ましたらしい。
青年はうつらと目を開くと、次の瞬間ハッと跳ね起きた。強い青色の瞳があらわになる。
彼はキョロキョロと辺りを見回し、そしてダリアを視界に収めるとバッとアールの腕から飛び降りる。
「ダリア!」
「──!」
心なしかダリアも嬉しそうに青年の方を向いた。
青年は一通りダリアを見て故障がないか確認したあと、ホッと息をつく。
余程ダリアを大切にしているらしい。
まあ一点ものなら当然か。
青年は安心したようにダリアの頭を一撫でし、遅れてデュークとアールを従える僕に気づいたようだ。
「君は──」
青年が、怪訝な顔でデュークの肩に座る僕を見上げた。
しばらく言葉を探して、やがておずおずと口を開く。
「君が、助けてくれたのか?」
「そうだよ。感謝してよね」
「あ、ありがとう……」
不遜な態度で答えてやると、青年はまたおずおずとお礼を言った。
うむうむ、よきに計らえ。
「で、何があったんだい? 揉めてたようだけど」
「それは──、くそ、アイツ……!」
ボス部屋でのことを思い出したのか、青年が顔を歪める。
僕はそれを冷めた目で見下ろした。
◆◆◆
青年曰く、彼らとは数週間前にパーティを組んだらしい。
勇者のケビンと、戦士と魔法使いと神官。
そして人形遣いの彼。
お試し期間という感じだったみたいだ。
青年自身が最近この国にやってきたばかりで、ちょうどメンバーを探していた彼らととりあえず組んでみたって感じ。
人形遣いだとあんまり拾ってくれるパーティがいないから、彼は正式に組んでもらえるように気合を入れていたらしい。ふぅん?
で、彼らは今回、ギルドの依頼をこなすためにこのダンジョンに潜ったのだとか。
彼らのパーティランクはB。このダンジョンだと、第3階層まで潜ることができる。
途中までは順調だったそうだ。
けれど、勇者が「俺は本当ならAランクの実力がある。第4階層のボスも倒せる」などと言い出したそうで。
「俺たちはなし崩しで第4階層に行ったんだ。俺は実力的に、一人では第3階層も行動できない。一人で戻れないからついていくしかなかった。確かに道中は問題なく進めて、だからボス戦に挑んだんだけど、そこで……」
「なるほどね」
あとは、見た通りというわけだ。
彼はパーティメンバーから見捨てられてしまった。
「なんか、災難だったね」
「うう、くそ! なんでだよぉ! 一緒に頑張れてると思ってたのに……!」
「おやおや。まあ、ドンマイ。たまにあることだよ」
傷心らしい青年を、適当に慰める。
実際、ゲームであればたまにあることだ。
ああいう風に、プレイヤーを貶めたいような趣味の悪い奴はどこにでもいる。
だからPKとかモンスタートレインとか、そういうのがあるんだ。
ただ、逆に言うならそれはゲームの中での話だ。
だって、ゲームなら本当に死ぬことはない。
デスペナルティを払って、ああ悔しい! で終わる。
それで終わるのだ。
「こんなことそうそうあってたまるかよ! くそ! 人形遣いだからって馬鹿にしやがって!」
青年は半端なく怒っている。
僕はいくつか気になることがあって、青年に話しかけた。
「質問いい?」
「……なんだよ」
「ランクってなに?」
そう、ミリオンヒーローオンラインにランクなんて概念はない。
あるのはレベルだけだ。
青年は怪訝な顔で僕を見た。
「ランクを知らないのか? 強さの基準だよ。冒険者も魔物もランクがあるだろ?」
「レベルじゃなく?」
「レベル? それは神代の頃の概念だろ?」
おっと。
当然のような顔で言われて、僕は瞬きをする。
青年はなんてことないように、「神代の頃のアイテムを使えば分かるらしいけど、早々使えるものじゃないからレベルはずっと昔に廃止されたよ」と言った。マジか。
「じゃあ、ここってどこ?」
「コリネウスの迷宮だろ? グレーブセンド王国の最難関ダンジョン」
「さ、最難関……」
くらりと目眩がした。
ダンジョンの名前は合っているが、グレーブセンド王国なんて知らない。
そしてコリネウスの迷宮はただの中堅ダンジョンだ。「いやビギナー向けだろ」とか言う廃人もいる。
確かなことは、決して最難関ではないこと。
幅広いレベルのモンスターが階層ごとに出現するため、ゲームに慣れてきた冒険者がレベル上げをするのにちょうどいい、その程度のダンジョンなのに。
青年がふと口を開く。
「ちなみにここ、何階層だ?」
「……第4階層じゃない? モンスターの強さ的に」
「な……! Aランクの魔物が闊歩する階層じゃないか! 君、ランクは? ああえっと、ランクを知らないんだっけ……?」
青年がオタオタと慌て始めた。
Aランクだってさ。
僕は内心で反芻する。
Aランクって普通に考えたら大分強いよな?
AからBとかCとかアルファベット順にランクがあって、Aが一番強い。つまりとても強い。
この階層にいるモンスターはレベル50前後だ。
その程度のやつをAランクに分類してて大丈夫なのか?
Aランクの上にまだたくさんランクがあるのだろうか?
レベル300は一体どんなランクになるんだ。
僕はとうとう眉間を押さえながら低く唸った。
低く唸ってもこの体は可愛らしい声を出してくるんだから得だ。
「えっと、ちなみにさ、ここって別のゲームってオチとか……」
「ゲーム?」
ダメだこりゃ。
本気で首を傾げた青年に、僕はもう何も言えない。
少なくとも青年のこの反応は冗談とかではなさそうだ。彼は本気でゲームという言葉に心当たりが無いんだ。
であれば、やはりここはゲームの世界ではないのだろう。
そして、青年の言葉と僕の推測が正しければ、きっとここはミリオンヒーローオンラインの、未来の世界だ。
きっと青年の言う神代とやらが、僕らプレイヤーが冒険者として世界を旅していた時代なのだ。
僕は、何が原因なのかは分からないが、その世界にトリップしてしまった。
「……」
念のため頰をつねってみる。
痛い。
ついでにこの幼女の体はほっぺたがマシュマロのようにモチモチだということを発見してしまった。どうでもいいな。
「だ、大丈夫か? さっきから変な質問ばかり……」
「んー。最後に一つ、いい?」
「ああ、構わないが……」
青年が気遣うように僕を見た。
彼は基本的に人の好い青年なのだろう。
さっきまで怒っていたのに、今は僕のことばかり気にしている。
僕は神妙な顔をして口を開いた。
「……人形遣いだから、馬鹿にされたの?」
「……へ?」
◆◆◆
「人形遣いだからって馬鹿にしやがって!」
青年は確かにさっきこう言った。
さて、この世界で過ごしていくにあたって、人形遣いの立場は早急に把握しておくべき事柄の一つだ。
なにせ僕は一目で分かる人形遣いである。
むしろ僕から人形遣いという要素を取ったら、謎に魔力と耐久力が高いだけの雑魚幼女の出来上がりだ。
ただでさえゲーム時代からマイナー職だった人形遣いである。
もしもこの世界で人形遣いが特殊な扱いだったら、僕がこの世界で生活していくにあたっての難易度は跳ね上がることだろう。
果たして、その懸念は的を射ていた。
「君も人形遣いなのか……。その、かなり珍しい、な」
青年が目を丸くして僕を見下ろした。
デュークから降りて青年と向き合ってみると、青年はかなり背が高い。僕の背が低すぎるとも言う。
燃えるようなとても強い青色の瞳をしていた。顔つきは好みじゃないけれど、宝石のような瞳は綺麗かも。
そして、青年は先程から僕を見ては珍しい珍しいと言っている。
それだけ珍しいのだそうだ。
幼くて、女の子で、冒険者で、その上人形遣いというのは。
──青年曰く、人形遣いは不遇職らしい。
理由はいろいろあるが、まず、専用の人形を作るのが大変手間だ。
人形職人という人形を作る専門の職業があるが、人形職人は数が少なく、人形自体もとても値段が張る。
現在は貴族などが見栄えのために人形を買う程度で、人形を実戦に持っていくような酔狂な人はそうそういないらしい。整備もお金かかるしな。
また、そんな人形を高値で買っても、大して強くならない。
どんなに強化しても、囮にしてモンスターの気を引くのがせいぜいだ。
人形はモンスターと正面から戦えるような戦力にはならないのである。
だから人形遣いの冒険者は滅多にいない。
いても、この青年のように教会の洗礼で人形遣いの職を与えられて、その上で冒険者になるような向こう見ずな奴しかいないのだそうだ。
向こう見ずって自分で言うんだ。
「なるほどねえ」
僕は噛み締めるように呟いた。
まあ、納得である。
前者はゲーム時代から「人形遣いはコストが高い」とネタにされるくらいだった。入手コストと育成コストは桁いくつか違わない? ってくらい高いし、初心者人形遣いは借金するのが当たり前である。そうこのゲーム、借金ができるのだ!
後者についても、レベルを考えれば自明だ。
人形は、戦力的に同レベルのプレイヤーと比べると20レベルくらい見劣りする。
その上、当然だが主人である人形遣いよりもレベルの高い人形は言うことを聞かない。
つまりどういうことかと言うと、30レベルのモンスターと戦う場合、例えば剣士であれば30レベルまで鍛えればモンスターと戦うことができる。
けれど人形遣いの場合、人形を50レベルまで鍛えなければ勝負にならないのだ。
人形を50レベルにするということは、主人である人形遣い自身も50レベルまでレベルを上げなければならない。
まあそりゃ不遇職と言われるのも当然だよな。
ゲームだったら黙って鍛えれば良いだけだしお金も稼げば良いだけだけど、リアルならそこには生活があるんだから。
ロマンのためだけにレベル上げなんてやっていられないし、お金を全部人形に注ぎ込んだら餓死してしまう。
当たり前の話である。
……むう、人形遣いだって強いんだけどな。
人形には恐怖心がないのでタンクに向くし、人形には状態異常がないので毒攻撃や麻痺攻撃をものともしない。
そして真価を発揮するのがレイド戦だ。
パーティとかであれば人数制限があるけれど、レイド戦に人数制限はない。
人形を10でも50でも操って戦わせれば、それはもう脅威である。戦争は数がモノを言うのだ!
閑話休題。
「そっかぁ。君が弱いから馬鹿にされてたわけじゃないのか……」
「ダリアは弱くなんかない」
僕の言葉に青年はムッとしたように噛み付いた。
おやおや、吠えるじゃないか。
僕はにまりと笑って青年を見上げる。
グッと目を覗き込むと、青年は一瞬たじろいだもののすぐに睨み返してきた。
気の強いことだ。
「足手纏いって言われてたけど?」
「ちゃんとパーティの中でできる最大限のことはやっていた! 索敵能力の高いバイモに魔物や罠の発見をさせて、囮としてもダリアがちゃんと後衛に攻撃がいかないようにしていた! そりゃ、攻撃にはあまり貢献できなかったけど……あの時だってオーガを足止めしていたし……」
ふぅん。
きちんと自分の仕事に誇りは持っているらしい。
確かに、囮も立派な役割だ。
きちんとモンスターの気が引ける囮がいれば、戦闘の効率はグッと良くなる。
攻撃力の高い人が攻撃に専念できるからね。
索敵までできていたのなら、パーティで果たす役割としては文句なしだろう。
やっていることがやや盗賊や盾職と被っていて器用貧乏感はあるけれど。
というか、ダリア以外にも人形いるんだ。
この青年、見かけによらず結構金持ちなのか?
僕は続けた。
「人形に名前付けるとかキモいってさ」
「う……で、でもそれなら君だって、そこのでかいのはデュークとか、そっちはアールとか!」
「人形の規格の名前だよ。デュークは公爵型の人形、その一体目だからデューク・ワン。アールは伯爵型だからアール・ワン」
名前はわりとそのまんまだ。
僕の人形は専属の人形職人が練習がてらに量産してくれたのだが、強さによって爵位の名前を付けたんだとか。
僕は爵位にはあまり詳しくないが、公爵が偉くて準男爵が偉くないのは知っている。
公爵──デュークは僕の手持ちの中では上から3番目に強い規格の人形だし、伯爵──アールは戦闘用人形の中では上から5番目の強さだ。
ちなみに、人形のレベルキャップは人形職人の腕による。
僕の人形は公爵から順に爵位が下がるにつれて、レベルキャップが低い仕様になっている。
全く凝っていることだ。
僕の人形の名前の説明に、青年はやがてしおしおと落ち込む様子を見せた。
落ち込むというか、悩んでいるようだ。
何か悩むようなことがあるか?
人形に名前を付けるとかキモいって言ったことかな?
揶揄うためにああ言ったものの、僕自身は人形に名前を付けることを特にキモいとは思っていない。
そもそも人形に名前を付けるかどうかなんて個人の自由である。それをキモいだの何だのと馬鹿にされる謂れはない。
僕はフォローを入れようと口を開く。
しかし、青年が顔を上げて僕を見る方が早かった。
彼の強い青色の瞳が僕を映しているのが見える。
「なあ、……可愛い人形が好きな男って、キモいかな?」
彼はなんだか情けない顔をしていた。




