侍女の定義と我儘と
ゴーディ家の馬車は大きく、座りやすい。中で待っていたマリアベル付きの侍女ジェシカさんが「両殿下とお話しはできたのですね」と安心したように微笑んだ。
「このまま神殿に行き、リュミエール様を下ろしてから、クロヌロア港でよろしいでしょうか」
「ええ。馬車の中は暑かったでしょう。待たせてごめんなさいね。ジェシカ」
王城の控室にいても良かったのだが、ジェシカさんはこちらで待っていた。厄災のことは、もう存じている様だったけど、立ち入るつもりはなかったらしい。
「そのような些事をお気になされなくて大丈夫です。リュミエール様、今日はメイヤさんは?」
「メイヤなら、邸の方で待たせております」
エアルがゴーディ家の馬車で行くなら、ジェシカさんがいるのだし、メイヤは置いていった方が良いと言っていたのでそうしたのだけれど、それが正解だったようだった。正面にジェシカさんと座ったマリアが、伺うように私を見ているから、ん?って顔をして見返す。
「リュミからの手紙にあったのは本当だったのね」
「マイク様のこと?」
マイク様の告白を受けたことは、マリアに手紙で報告をしたから聞かれても納得をする。
「ええ、お付き合いを始めたとあったから」
「どうかしたの?」
言いづらそうに、でもマリアは決心をしたように言った。
「植物園に行ったのよね。迎えに来てくれて、花を贈って下さったとあったわ。メイヤさんの分も…それから、ベンチのことも…」
「ええ。メイヤに怖い思いをさせてしまったから、お詫びにと…ベンチも女性には歩き疲れるでしょうからと、マリア?」
ジェシカさんが、口ごもるマリアの代わりに口を開く。
「メイヤは侍女ではありません」
「え?メイヤは幼い頃から…」
かしこまった姿勢を崩さず、ジェシカさんは淡々と話し始めた。
「友人同士である…のは素敵な関係性であると思いますが、彼女には侍女…いいえメイドとしての行動が備わっておりません。本来、メイドは主と共にあっても、同じ場にいないように見せるものです。影のように付き従い、主に不便をかけない。主に気を使わせるなどもっての他です。リュミエール様に横柄な態度をしろと言うのではありません。線引きをきちんと行わない彼女は、侍女として認められません」
メイヤが認められない…?
「ビンチョス伯爵令息がご親切で言って下さったとしても、甘えてはいけないのです」
「それは…わたくしが許可をしました。マイク様のお気持ちを無下にはしたくありませんでしたので」
困ったように、マリアは私の手をそっと握る。
「リュミはマイク様をお優しく良い方だと言うけれど、良い方と思うイコール好きな方なのかしら?」
「それは…でも、わたくしはマイク様をお慕いしているわ」
「リュミ。わたくしだったら好きな方が、他の女性にお詫びでも花を贈るのはいやだし、ベンチには二人で座りたいわ」
考えなかったわけではなかった…それでも呑み込めてしまった自分がいたのだ。
「……」
「ごめんなさい。リュミを不安にさせたいわけではなかったの…マイク様のお気持ちがリュミにあるのはわかっているわ。リュミの性格もあるから…でも、少し気になってしまって」
「いいえ。わたくしもいけなかったわ」
「リュミエール様、そのお考えも些事にすぎません。マリアベル様のようにお可愛らしく、我儘であって下さいませ」
ジェシカさんが、眦を少し和らげる。
「もージェシカ、我儘は余計だわ」
「可愛いとお付けしましたが?」
二人共、心配をしてくれたのだろう。ゲーム内でメイヤはわたくしの策略によって冤罪をかけられ自死を選ぶキャラであった。それもあってか、私は後ろめたい気持ちをずっと感じていたのかもしれない。
今の私がリュミエールで、現実は変わっている。メイヤに冤罪をかけるわけはないし、災厄のことも一緒に考えてくれる人がいるのだ。
「これからは気をつけるわ」
しっかりと頷いてそう言うと、マリアはほっとしたような表情を浮かべる。
「エアリル様もご安心なさると思うわ」
エアリルside
「マリアベル様には、厄介なことをお願いした」
神殿で本葉の出ている魔力草をスケッチしながら、つい口に出てしまう。
「申し訳ありません、姉の…」
頭を下げようとする、バルを止める。
「バルが謝ることはないよ。僕も少し甘かった」
メイヤとバルルーサは没落したとはいえ、もとは子爵家の息女、息男であった。領地が近かったこともあり、子供の頃はよく遊んだ。メイヤは勤勉でよくできたメイドであると言える。王立学園に受かったのもその一端だ。しかし、姉がメイヤに甘いせいか、たまに取り巻きのように振舞うことが最近多い。それが先日のことに繋がってしまったのは良くなかった。彼女は未だ侍女でもないのだから。
「バルルーサは弁えているのだけどね」
「私は物心ついた時にはすでにレイクツリー前公爵に拾っていただいていましたから…」
「拾ったのではないよ。僕が君を選んだんだ、五人も息男が居た中でも君は特に優秀だった」
「…恐縮です」
困ったようにバルは小さく笑う。
「メイヤを選んだのは…ああ、母上だったね」
「そうですね。母はルシエラ様の侍女でしたから、幼いながらも、よく懐いておりました」
それじゃ仕方ないかと思う。あの人は自分を敬い、慕う者へは特別寛大な人だから。じゃあ、なぜ僕と姉上は遠ざけられたのだろう。答えは簡単だ、父上といるのに邪魔だったから。姉上は優しく、思慮深い。少しでも母上のそうした性質が似れば良かったのに。
「姉上には女性の護衛も付けるよ。元々考えていたんだ」
「姉をリュミエール様付きから、外していただいても構いません」
そう言ったバルの顔は、悲痛さと姉をへの思慕をないまぜにした表情をしていた。
「そこまでの事は考えていないよ。ただ、このまま姉上の侍女になりたいのなら、考えるきっかけになるといいね」
これでこの話は終わりだとばかりに、再びノートに目を落とし、僕はスケッチを続けた。
「エアリル!お客様だよ」
ジュリアス様の声に顔を上げれば、隣に姉上も見えた。
姉上がとても軽やかに、僕に駆け寄ってくる。ぎゅっと抱き込まれて、吃驚する。
「ありがとうエアル、あなたの言った通りだったわ」
どうやら殿下方、しいては王家からの援護を受ける話を聞いたらしい。声に安堵の色もみえた。
「僕の言った通りだった?」
「ええ。ヴィンセント殿下からもお言葉を頂いたわ」
おやおや、どうやら両殿下の株も上がっている。マイクも大変だ。姉上を好きなら、ハンカチの色や刺繍の柄だって、姉上の色や紋を強請るべきだった。姉上が作ってくれるだけで十分なんて思わず、いや、思ったとしたら口にするべきだと思う。あの後の姉上が、少し寂しそうにしていたのも気が付かなかったのかな。
だから、そのことは伝えない。
「それは良かったです」
「でもね、一番嬉しかったのはあなたの言葉よ。エアルはわたくしのどんな話にでも、耳を傾けてくれるのでしょう?」
「当然です。僕は姉上の良き弟ですからね」
姉上が僕を抱きしめる力が少し強まった。くすくすと互いに笑い合う。
「あなたの姉で良かった」
姉上に抱きしめられるのは久しぶりだ。子供の頃は僕が寂しそうにしていると、よくこうしてくれた。
擽ったい気もちになりながら、やっぱり、姉上が母上に似なくて良かったなと考えて、また笑ってしまった。
お疲れ様です。
いつも読んで下さってありがとうございます!
遅くなりました。前回のデートに関する補完エピです。
好きだー!私もー!で終わらないのが、恋愛の醍醐味
なのではないでしょうか。
間違えちゃったりするのも。('◇')ゞエヘヘ




