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希う


「あーもう、指一本動かない。兄上、カフェと甘いものを所望する!」


 シルヴァはソファーに、どさりと横たわると、瞼を閉じたまま身動きをしなかった。


「マルカ、カフェの用意と温めの白湯、プディングはあるか?」

「あります、大丈夫ですか?シルヴァン殿下」


 続き部屋で執務室があると言うのに、必ずシルヴァはこちらの部屋に出向く。


「クッションを背に入れてくれ、おい、口を開けろ、プディングだ甘いぞ」


 面倒そうにシルヴァは口を開けると、私が支えてマルカがプディングを頬りこむ。 


「クリーム…もっと」


 クリームだけを攫いもう一度頬る。


「白湯だ、飲め。水分」


 少し垂らしながらゆっくりと嚥下した。


「魔力酔いって、こんなにひどいんですね…」


 匙で大きめの一口を、再びマルカがシルヴァの口に入れる。文官加護は常時加護だからあまり減っている感覚がない。ただ、たゆたゆと流れていく。大商人加護を私は持っているが、ここぞと言う時には勘が動く。その時に少し眩暈を伴う。それが来るとやった!と思うのだが、それは黙っている。


「シルヴァの加護はあまり、修練ができない。だから使うとなると調整が効かず大きくなる」

「そうですね」


 マルカには全て話してある。ここで私の従者となるなら必要なことだから。シルヴァはマルカに「嫌じゃないか?」と小さく聞いていたが、合わない数字の見直しの方がよっぽど嫌ですねーと変わらず、飄々とした顔をしていた。

 甘いものが魔力酔いを治すわけではない。減った加護力は十分に静養し戻るまではそのままだ。ただ、体から力が抜け、体温が落ちていく。動かなくなる感覚が怖いから、味覚、触覚、聴覚を動かし体に生きている感覚を入れる。

 自分で匙を持つと、無言のままシルヴァはプディングを食べ始めた。隣でマルカはカフェに蜂蜜を多量に垂らす。


「ちょっと生き返った」

「そのまま休んでいろ、もっと口に何かいれるか?」

「いい。寒い」


 マルカがブランケットを重ねる。


「早く、マイオニー嬢の薬草の発芽力が高まり製薬化がすすむといいですね…」


 本当にそうだ。間に合うかの不安もある。


「書類が増えていないか?」


 うとうとしながら、シルヴァは頭の側にある書面を除ける。


「これでも、半数はフォルダーノの伯父のところへ送ったのだが…貯蔵庫が足りなくてな、近隣領の見積を集めていた」


 頭の痛いところだ。食料を輸入するのは簡単だが、どこに入れるかが問題になる。季節も夏でキュービス家に頑張ってもらいたいが、キリアンも忙しい。

 一刻ほど経ったころ、ノックの音がする。マルカが誰何の声をかけた。ドア越しでの会話が聞こえる。


「……いかがいたしますか」

「賓客室、いいえシルヴァン殿下の執務室へ二十分ほどしたらお通し下さい」

「マルカ殿、そのようなことを勝手に…」

「私は両殿下より、訪問客の裁可を承っております。問題はありません」


 自分の名が聞こえたのか、薄っすらと赤目を開けると私と目が合った。口元が緩む、マルカが強くなっている。

 部屋に戻ってくると、隣室への扉を開ける。


「ゴーディ家ご令嬢とレイクツリーご令嬢がお見えになっております。ラデーチェの皆様、お使い立てをするようで恐縮ですが、隣室の暗器は全て、わからないようにしまって下さい。私には区別がつきませんので、こちらの部屋には令嬢は通せません。シルヴァン殿下もあまり動かせません。お二人ははもう少し身だしなみを整えて下さい」


 ラデーチェの気配が動き、シルヴァンが起き上がる。


「マリアベルが来てるのか、今日はダンスレッスンの日ではないが…」


 マルカが隣室のドレープを開けにいく「理由はわかりませんが、ヴィンセント殿下、髪を下ろすなら梳かして下さい。シルヴァン殿下は顔洗いましょう」と言いながら、清掃石を使い埃を掃う。ダストを使い、目に届く場所を拭いていく。


「有能だな」

「給料上げるか…」


 二十分きっかりで、マルカに案内をされ二人が現れた。

 侍女はおいてきたらしい。自らで持ってきた包みをマルカに渡した。


「焼き菓子ですわ。よろしければ皆様で」

「ありがとうございます。カフェ…いえ、紅茶の用意をします」

「いえ、わたくしはカフェを…マリアは?」

「カフェがあるんですか、わたくしも同じものをお願いいたしますわ」


 二人とも、夏らしく袖こそは長いが薄手のワンピースに身を包んでいた。

 アクアブルーに白の刺繍をしたアンサンブルを着たリュミエールが微笑む。


「本日はお時間を取っていただきありがとうございます」


 シルヴァの熱を孕んだ瞳に気が付いていないのか、マリアベル嬢がシルヴァの顔を、正面に座った場所から覗き込んだ。


「シルヴァン様、お顔の色が優れないようですが…もしや体調がよろしくなかったのでしょうか?」

「そんなことはない。その、午睡をしていた」

「え、お休み中だったのですか、申し訳ありません」


 ただの午睡だと怠け者に聞こえるぞ「鍛錬後の休憩だな」と付け加えた。


「その…私服も良いな。ドレスや制服も似合うが…白がいい」


 レースを重ねた白のワンピースに淡いグリーンのボレロ姿は確かに愛らしい。


「あ、ありがとうございます」


 あまりの初々しいやり取りにリュミエールも笑みが浮かぶらしい、口元に手をやりそっと隠す。


「それで、今日はどのような用向きできたのだ」

「急に先触れもせず、申し訳ありません。お時間を頂けるまで待つつもりでしたが…」

「いや、大丈夫だ!」

「シルヴァ話が進まん」


 マリアベル嬢と二人で目を合わせるとリュミエールが躊躇いがちに、それでもしっかりとした口調で告げる。


「エアルから聞きました。すでに海の災厄のことをご存じでしたのね」

「わたくしもお兄様から聞きましたわ」


 シルヴァと二人して密かに息をのむ。


「わたくしが意識を失ったさいに口にした言葉と、ヴィンセント殿下がわたくしの守護印にお気づきになったことから、王家の図書庫でしらべていただけたと…」

「二人て臨むつもりだったのか…」


 咎めるつもりはなかった。それでも膝の上で合わせていた強張った指を、リュミエールはもう一度組み直した。


「それしかないと思っていました。こんな荒唐無稽な話をどなたにできたでしょう…でもエアルに怒られました、どんな話でも僕が姉様の言葉に耳を傾けないことなどないと…」


 嬉しそうに小さく微笑む、マリアベルも困ったように頭を下げた。


「お前の兄は海獣に負けるような男に見えるのか?と…お兄様を巻き添えにしたくなかったと言えば、俺をまきこまなくて誰を巻き込む気だと…許さんぞって」


 少し頬を染め、惚気るように言うからシルヴァが実にいい笑顔になった。


「マリアベル、俺も巻き込めばいい。俺は強いぞ」

「え?」

「我々、王族もだ。シルヴァ。国の惨事にあたる案件になるのだから、ここから先は我々も参与する」


 慌てて方向転換をさせる。こんなところで自分の気持ちを吐露してどうするつもりだ。


「ああ。そうだ、皆で当たる。二人共心配しなくていい」

「よく今まで…頑張ったと思う。我々とて、できることは少ない。だが、危惧していた国民を逃がし、アイシュア達の戦う場を揃えよう。リュミエール嬢とマリアベル嬢の横に立とう」

「ありがとうございます…」


 リュミエールの瞳が涙で濡れていた。左目元にある小さな黒子にそっと持っていたハンカチをあてる。こんな行動をとる自分に呆れた。この役目は別にいるはずなのに。

 リュミエールは少しだけ目を見張った。 


「ヴィンセント殿下も…使っていただけているのですね…」


 彼女の涙で薄紫のハンカチの色が変わっていた。ひどく愛おしい。 


「マリアベル、私も持ってる。この山羊が気に入っているぞ」

「ふふ、少し大きくなってしまったのです」


 泣き笑いをする彼女に「んっ」とハンカチを差し出すシルヴァの指は震えていた。


「リュミ…良かったね。良かったね」


 リュミエールに縋るように涙するマリアベルをそっと抱きしめてリュミエールも「そうね」と繰り返す。彼女たちが落ち着くまで、我々も温くなったカフェを飲み、ただ見守るだけだった。



 小さくて儚くて、些末な我々が人知の及ばない神の作ったものに挑むのか…それでも諦めきれない気持ちが動く。求める気持ちは止まない。


「これが(こいねが)うか…」

「んー恋願う?ほんと?」


 マリアベル嬢を送れないことを残念に思っていたシルヴァが、私に寄りかかり可笑しそうに笑う。


「お前は早めに休め、座っているのもやっとだったろう」

「なんか、力湧いた。アイシュア潰す」

「潰さなくていい」



 リュミエールside



「リュミエール嬢!」


 馬車止めでマイク様に声をかけられた。酷く慌てた様子で駆け寄る。すでに馬車にいるマリアには気が付かないようだった。


「こんにちわ、マイク様。これから登城ですか?」

「お出でになるなら、お声がけをして下されば良かったのに…送ります」

「すみません。両殿下にお話しがあったものですから…マリアとまいりましたの」

「ごきげんよう。マイク様!」


 マリアが馬車の中から小さくお辞儀をする。


「こんにちわ、マリアベル嬢…お話しですか?」

「はい」

「エアルにも会いたかったのですが、神殿にいるそうなので、これから参ります」

「お兄様は海岸を警備中ですの。お兄様泳げないのに…」


 何かを察したのか、マイク様の顔色が変わる。


「殿下方を伺ったのは…災厄の話ですか」

「はい。マイク様もありがとうございます」


 優しい方だから、きっととても考えて下さったのだと思う。守ると言って下さったのも。


「リュミ、そろそろ出ましょう」


 マリアの声が変わる。芯が通った、これは何かに挑む時の合図。彼女は覚悟を決めたのだ。私も…来る時はマイク様、エアルの言葉があったとしても怖かった。マリアと馬車の中で指を繋ぎ、小さく震えた。

 今は違う。しっかりと見据えて歩ける気がした。


「ええ。マイク様、ではまた」


 私は微笑むと、御者の手も借りず馬車に戻るのだった。



お疲れ様です!

いつも読んで下さって本当にありがとうございます!


何かを決めた女の子が好きです。

そんな女の子を書きたくて、時間がかかってしまいました。

そんな女の子に右往左往する男の子も好きですw

このエピだけはタイトル決めていました。

('◇')ゞ エヘヘ


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― 新着の感想 ―
マリアベルとリュミエールの覚悟が尊いですね〜。 (*´ω`*) 最近、ご無沙汰気味のコリンヌが海のイベントをどう捉えているのかも気になるところ……。 (´・ω・`)
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