エモノと獲物
第二騎士団と第三騎士団が、港に近い海岸沿いでの演習が行われると聞き、現場を見たかった私は見学と称し伺った。晴れてはいるが、海は荒れつつある。遥かさきに白波が立ち、厚い雲も見えた。
「魔魚の群れがアスパーニャ近海で見受けられたと報告がありました。本来は深海に居るべきものが、そこまで上がってきているのは初めてです」
迎えにきてくれた従者のヘンリー殿が説明をしてくれる。足元の革靴に砂が入り歩き難い。砂浜に設置されたテントでアイシュア様と打ち合わせた。
「二十インチほどでどうですか?」
私は自分の手の親指と人差し指を広げる。
「ふむ、それはどのくらいの重責に耐えられるんだ?」
アイシュア様は顎に手をやり、その間から私を覗く。
「領地の池は冬になると子供も遊ぶので、安全のためにこのくらいは張ります。真水と海水ですので色々試すのが前提ですが…」
「表面は滑るのか?」
「海水を凍らせると表面はざらざらしていますから、そこまで滑りません」
口外ができない案件なので、今日は従者も連れていない。私は自分でメモを取りながら、質問に答えていく。
「キリアン殿、どのぐらいの面積までいけますか」
「二十メルトほどなら…ちょうどあの岩のあたりです」
広いな、あれなら五人、いや八人くらいなら…と、アイシュア様といた何人かの第二、第三騎士団の精鋭から声がとぶ。
「いや、剣で十人。槍でギリギリ五人か…槍と腕のリーチと踏み込み分もいる」
そう言って、アイシュア様が手を広げる。大きい。いや、先ほどから感じていたのだが、全員でかい。私も背は低い方ではなかったが、体の厚みが違うせいか圧迫感がすごい。そして声がでかい。私は幾分声が小さくなってしまう。
「皆さんの体重を後から教えてください…身長はいりません。上は天井がありませんので」
騎士たちは頷くと戦術を上げていく。
「波状攻撃で、疲れた者から下がり人を入れ替えるのは?」
「行きかいの際に隙ができないか?」
「ならば、それを弓で補うのは…」
意見を交わし合う騎士たちの後ろに立っていた、最近マリアベル嬢の護衛として付いているニシミルがふと顔を上げる。
「馬車、市井のものではありません。貴族ですかね…音が滑らかだ」
「最近この辺りは立ち入り禁止にしているが…」
肉眼で確認できるくらいになると、思わず声を上げる。
「我が家の馬車です。紋はついておりませんが…」
「キュービス宰相殿か…なぜ」
首を振り、父が降りてくるのを待つ。ほどなくして、降りてきた父が私を見て頷いた。
「アイシュア殿、エアリルから浄化石と守袋を預かってまいりました」
「キュービス宰相、ご足労をおかけいたしました。言って下されば我々で運びましたが…」
「いやいや、国の命運がかかっております。宰相として場を見るのも大切なこと、見学をさせて下さい」
そう言って、何か探しているように辺りを見回した。
「そうでしたか、心強いお言葉に感謝いたします」
周りの騎士たちと共に、アイシュア様が恭しく頭を下げるのを父は押しとどめる。
「キリアン、氷の厚さをどのくらいにするつもりだ?」
父が急に問うので、自領のスケートリンクのことを説明し、二十インチほどだと伝える。
「なんと、それでは全然足らん、彼らの逞しい体格を見なさい、盾も鎧も着るだろう。そして見ろ、彼らの持つ武器を!」
少し高揚したように、父がアイシュア様の刺している大剣を指さした。
「それは王都用ですかな。アイシュア殿、本番では違うものを?」
「ええ、自領で使っている戦斧を…」
「戦斧!」
気のせいではなかった、確かに父は興奮していた。
「ご覧になりますか?今日は砂浜での戦いも想定をしてもってきております」
「素晴らしい。ぜひ他の物もあれば…」
「わたくしの戦鎚があります」
ヘンリー殿が隣のテントへ向かうと、身の丈ほどの大きい金鎚を持ってきた。
「こ、これは…この面部分はミスリルですかな…両面の片方の面が少し丸いのは角を打つためですか!」
「そ、そうです」
冷静沈着な宰相と名高い父の様子がおかしい。うっとりと手袋をした手で銀色の金属部分に触った。若干どころか、アイシュア様たちも引きつつある。
しかし、父の言ったことは正しい。たぶんヘンリー殿の金鎚は、女性一人分くらいの重さは軽くありそうだ。弱な氷ではもたない。いや、この従者があれを扱っているのならば、…アイシュア殿の戦斧は…。
「アイシュア殿の戦斧も見せて下さい!氷の厚みは三十インチ以上はないと無理です」
「わ…わかった」
アイシュア殿の戦斧は不思議な色合いをしていて、刃の部分に美しい刃文がある。そして思った通り、アイシュア様の肩ぐらいまであった。
「ブレードとスパイクがアダマン…ですか、すばらしい…石突部分にも」
もう、隠せない、父は武器愛好家だ…しかも重度の。
「はい。父から譲り受けたものです。これを持てたのは十四のときでした。扱えるようになるまで…いや今も修練中です」
うんうん。と頷きながらアイシュア殿の話を聞く父。涙は拭いてほしい。人払いをして正解だった。
「私は、騎士に憧れておりましたが、剣の腕も身体強化もなかったものですから…しかしそれが無理ならば、せめて武器を愛でたかった…」
そう言って、アイシュア様に支えてもらいながら、戦斧を持つ。子供のように相好を崩す父がいた。
他の騎士たちの武器も見せてもらう。ゴーディ領の騎士たちは皆、自分の武器を持っている。私もヘンリー殿の戦鎚を持たせてもらったが、一人では持ち上げることさえ無理だった。
話しを聞き、テントで食事も振舞われる。魔獣肉を初めて食べたが、野菜と煮込まれた身は柔らかく、ホロホロと口でとろけた。
父も含めて、氷の足場をもう一度見直すことを話す。
「先ほどの浄化石は何に使うのですか?」
「魔物除けとしても使えるから身につける。後は海に撒くことを考えてる。守袋の中身に痛み止めと気つけを頼んだ。手足さえ千切れなければ戦える」
何でもないように言っているが、そこまでの覚悟がいるのか…表情にでていた私に、アイシュア様は思うさま口角を上げた。
「役割が違うだけだ。キュービス宰相の采配がなければ、この場での想定戦も行えなかったし、十分な後続支援も考えていただけなかったと思う。キリアンが足場を作ると言ってくれなければ、我々は海に入り戦わねばならなかった。それでは動きが鈍る」
背中を叩かれれば、気合が入るようだ。少し痛いが。
「はい。頑張ります」
「これは~アイシュア様の分ですね。エアリル様からっす」
守袋を配っていたニシミルが、少し大きめの守袋を持ってきた。
「ああ、少し多めに頼んだんだ」
皆、思い思いの袋を出すと中身を移し替えている。どうやら家族から贈られた袋が多いようだ。
アイシュア様も胸元から、少し不揃いなヤンマと苺の刺繍がされたピンク色の巾着を出すと、守袋の中身を入れている。アイシュア様とピンクが結びつかず、思わず熟視してしまう。
「初恋の刺繍ですかな?」
父が眦を下げ、問う。
聞いたことがある。女性から好きな人に贈る初めての刺繍だ。何度かもらったことがあるが、執事に言って送り返してもらっている。
「初恋かどうかはわかりませんが…妹が八歳のころに自分のドレスの共布を使い、ポケットチーフを作り、刺してくれたものです。お揃いだと言って」
嬉しかったのだろう。それを守袋に仕立て直させ、持ち歩くくらいに。
「災厄を倒すことが国を、牽いてはマリーを救うことに通じると思っております」
「リュミエール嬢にもマリアベル嬢にも、辛い選択をさせていると思っている」
私には幼学院に通う妹がいる。たぶん、二人の姿を妹に投影させているのだろう。
「ゴーディ領の男は妻を娶る時には、自分の力量、またはそれ以上の獲物を仕留めます。マリアベルなら、厄災クラスでないと、認められません」
「おお、そうでありましたか!ん?」
父の相槌にアイシュア様は不遜に口角を上げた。
「そう言うことです」
お疲れ様です。
いつも読んで下さってありがとうございます!
皆、準備をしています。武器などの知識が薄いもので
調べるのに時間がかかった回でしたw




