大人と子供の思い違い
「根の部分、気をつけて下さい。香草系は横に伸びていることが多いので」
コリンヌが汚れることも構わずに、小さな手で双葉までしか出ていない小さな苗を掬い上げた。
今日は、王城に借り受けた温室に苗を移す日だった。二十にも満たない苗を大切に包む。
「レイクツリー様、まだ発芽をしていないものは、神殿で様子をみて育てます。発芽をしたら、順次移す形で良いですか?」
エアリルもメモを取り、自らも掬う。薬草学を学んでいるせいもあってか、扱いは慎重であった。
「いくつか分けてもらえる?うちにも小さいが温室がある。こちらでも育ててみよう。ああ、種も分けて欲しい、野生の生葉は手に入らないのかな」
「そうなんです。葉の部分は抜いたりちぎってしまうと、すぐ茶色く変色をして枯れてしまいます」
エアリルは頷いてペンを走らす。先ほどから、私とエアリルの従者は様子を見守るだけだった。
「粉末の物が売っていたが、あれは枯れたものだから薬効がないのか…」
コリンヌがエアリルのメモをのぞき込み、思い出すように左上を見上げる。
「そうだと思います。神官様はいつも緑の葉を噛んでおりました」
「どのくらい持つんだ…乾燥は駄目だし、煮るのはどうだろう…とにかく葉が欲しい。色々試さないと、混ぜる薬剤も洗い出しが必要か」
エアリルには唖然とするばかりだ。十四になったばかりの彼は、体の線も細く、少女と見紛う容姿だが、その利発さは一線を引くものがある。お肌もピチピチだな。
「バル、先にヴィンセント殿下のところに行き、今、種を仕入れられる場所を聞いてきてくれ。もしかすると、現地なら生葉が手に入れられるかもしれない。近ければ、直接動くから」
「それでは御傍を離れることになります」
「神殿の方と一緒に移動するから構わない。王城で落ち合おう。馬車を使ってすぐに行くんだ」
上に立つ者としての命じ方も無駄がない。
「承りました」
「レイクツリー様、こちらの…」
「それからコリンヌ、私の事はエアリルと長々と呼ばれるのも無駄だからね」
小さくニコリと微笑む。コリンヌが少し見とれたように頷いた。
「やっぱ、カッケーよエアリル、さすが伸びしろナンバーワン…リュミエール様の弟なだけはある!」
後ろを向いて小さく呟いているが、中身が駄々洩れだよコリンヌ…しかも少々聞き捨てならない。その時だった、私の従者のユールが畑に駆け込んできた。
「ジュリアス様、港にて事故があったらしく、魔魚に襲われた多数の怪我人が運び込まれております!」
「今行く!」
苗は全て包み終えたようだし、私は必要ないだろう。
「怪我人の人数は?重傷の緊急性から別けたね。軽症の者は見習いでも大丈夫だから、何人かで診てあげて、気絶や頭を打ったりして気分の悪い者は別だよ」
「はい、ジュリアス様のご指導どおりに、すでにあたっております」
「ジュリアス様!」
不安そうに見ているコリンヌにひらりと手を振る。
「心配ないよ」
診察室に運びこむまでもなく、待合室で十名ほどベンチに横たわっていた。酷い咬み傷に、魔瘴当りで色が変色している。トリアージを徹底したせいか、軽症の者はすでに移されたようだ。
「患者をまとめていてくれたんだな、ユールに感謝を」
腕まくりをして、髪を一つにくくる。リュミエール嬢から譲り受けた魔石を握り込む。
これは消毒だ。私の治療だけでは、治りはするが、その後の感染症に不安があった。魔石には加護力は必要ない、魔力を注ぎこめば良い。一瞬で魔石は砕け、淡い水色の光で待合室が包まれた。そのまま祝詞を唱える。
「光る神アポローの送り子、ジュリアスが乞う。黎明指す御手に、落日の入り日に、その癒したる威光を全ての者に知らしめ賜え」
光が溢れる。重傷者の顔に赤みが戻りはじめた。魔瘴当たりをしていた部分も色が薄くなっている。後から患者の様子を診ることが前提だが、応急処置にはなる。
最近、修練を積んでいる全体回復は、祝詞を唱えても、最初の内は怠さが取れず、体調不良が続いた。今は三回ほどならいけるようになった。
……でも、まだまだ足りない。
「ユール、傷がふさがっても血は戻らない、ベットに運んで安静を」
「はい!運んでくれ」
ユールが率先して一人を担ぐと、他の神官たちがそれに続く。
「あ…あの」
見れば年若い女性が顔に擦り傷を負っていた。範囲は広いがこれくらいなら薬を塗り、適切に治療をすれば痕は残らないとは思うが…。
「今来ました。ここに居なかったものですから…治療をしていただけるんですか?」
女性にとって顔の傷は治るまで、不安だろう、そう考えた私は頷く。
「ああ、顔は洗ったね。大丈夫だよ、アポロー神に願う、この者に癒しを…」
痛みがなくなったのか、彼女は私の手を取り額にあてて感謝を述べる。
「本当に、本当にありがとうございます!ジュリアス様、私はケイトと申します」
「気にしないでいい。さ、歩けるなら早く家に戻り、安静になさい」
何度も頭を下げながら、去っていく彼女を見送り、病室に移された患者をもう一度診るために振り返ると、そこに所在なさげに立っていた二人を見つけた。
「ココ、エアリルも」
「僕も些少ながら癒しを持っていますから…何かお手伝いできることはないかと…」
「ありがとう、もう大丈夫だから王城へ行きなさい」
「はい。でも、すごいですね…あんなに広範囲に…それに軽症と重症を別けるのはとても良く考えられています。緊急であればこそ、その重要性は高い」
感心をしたように言うエアリルに私は頷く。
「他国で学んだんだ。私はそれを真似ただけだ」
異世界の他国だけどな。ありがとう軍医さん!
「ジュリアス様、お願いします!」
ユールの呼び声に病室へ向かう私に、ココから声がかかる。
「ジュリアス様!頑張って!」
うん。おじさん頑張るよ。
コリンヌside
「やはり凄いな…ジュリアス様は、癒しの加護もそうだが、現場の手際の良さも素晴らしい」
未だ興奮が冷めやらないのか、エアリルが何度も呟く。
すごいでしょ?ジュリアス様の行ったことだが、とても誇らしい。
「先日の話し合いの時にも思ったが…統率力にも長けている」
そうなんだよ!いざという時に頼りになるのは、神殿に預かってもらっていた頃からよく見ていた。
「ん?お話し合いですか?」
その話、もっと詳しく聞きたいと思ったが、エアリル様に貴族的な笑みで流された。
「ああ…ジュリアス様が温室を借りに来た日にちょっとね。皆でお茶会を」
「そうでしたか、どんなお話しをされたのでしょうか」
諦めきれずにもう一度振ってみた。
「君をココと呼ぶのは自分だけだから、他の者は呼ばないでくれと…」
何いっちゃってくれてんの?とたんに顔に熱が集まる。
「僕たちを若造呼ばわりもしてたかな…」
あれほど、俺には貴族の上下に気をつけろと言ってたくせに、何だそれ!もし高位貴族に対する不敬だと罰をくらったら…。
「だ…大丈夫なんですか、ジュリアス様は」
「ん?だって僕らはジュリアス様に比べたら、まだまだ若いし若造だよ?そう呼ばれても仕方ないよ、若いんだから」
「そ…そうっすね」
ジュリアス様が軽くディスられてる気がしないでもないけど…帰ったら叱っておこう。何かあったら大変だし。
* *
自分の言葉に赤くなったり青くなるコリンヌを見て、僕は思わず口が緩んでしまう。二人は年齢差はあるが、お似合いだ。
現場のジュリアス様を見ていると、大人になれば、あれほどの冷静さと余裕を持てるようになるのかを少し考える。早く大人になりたい。そう考える自分はまだまだ子供だ。
「手間のかかる好きな娘のために骨を折る、哀れな男です」
そうジュリアス様はそう仰っていたが、全然哀れじゃないと思う。こんなに思われているじゃないですか。
お疲れ様です!
いつも読んで下さって、ありがとうございます!
エアリルとジュリアスは十三歳差です。




