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君じゃない彼女


 マルカを帰した深夜近い執務室で、気配が揺れる。


「今日は早かったのだな」


 窓から顔をだしたシルヴァンは、港回りを最近はよく見に行く。荒れる漁場に魔魚が現れたと聞き、第三騎士団に交じり掃討する為だ。 


「うん。かなりの量で魔魚が来ている。そろそろ港も差し止めた方が良いかもしれない」

「そうか、陛下に進言をしておこう」


 ブーツを揃えて置いたシルヴァンは、そのままカフェを淹れるために、年代物のティートローリーへと足を運んだ。


「ん、」


 差し出されたカップをありがたく受け取る。


「甘味が欲しいなら、マルカが…」

「今日はいい」


 ソファーに沈み込んだシルヴァンが、ぼそりと呟く。


「あれで良かったのか?」

「……良かったじゃないか」


 リュミエールのことを言っているのだろう。あの後、ビンチョスは一切顔にも態度にも出さず、我々に仕えているが、リュミエールを遠くから見守る目が変わった。傍にはいかないが、いつでも彼女を慈しんでいる。


「兄上にだって、チャンスはあったと思う」


 ふて腐れるようにチビチビとカフェを口に運ぶ。

 このままでは、書類が頭に入らなくて決済もできない。そう切り替えた私は、ソファーへカフェを持って移動した。


「そうか?」

「そうだ。ビンチョスは良い奴だが…」

「彼女と踊った時に違うと感じたんだ。確かにリュミエールには惹かれている。今でも。でも…何かが違うとね」


 口にしたカフェは苦い。


「前の彼女を知っているわけではない。でも以前の彼女とは違う。それだけはわかった」

「俺にはわからない。それに兄上がリュミエール嬢と踊ったのは初めてだろう」


 シルヴァンが困惑をしている。私もそうだった、この違和感のきざはしさえ掴めないまま、ここにいるのだから。


「なんでそう思うのか、私にもわからない。わかっているのは、私には彼女を救えない。()ぃ」


 上に向けてかけた声に、答えがあった。

 声は老人のしわがれ声だ。今の()ぃが何代目なのかも、性別すら知らされていないのだ。ただ、王国と共に歩むものとだけ認知されている。


「…いかがされました」


「お前の弟はすごいな。泡と消えるはずだった姫御子を、抱きしめて人間に戻してしまった」

「……私にはわかりかねますが」

「ラディーチェは元は一つであったもの、それが表と裏に別れただけだ。マクシミリアンは表、アルバルト、お前は武術に長けていたから裏にまわっただけだ」


 本来は十八になって明かされることだったが、先に気が付いてしまった。師事しているシルヴァンも口には出さなかったが、薄々気が付いていたのだろう。


「シルヴァン殿下なら、早々にお判りになるかとも思いましたが…ヴィンセント殿下はいつ気づかれました?ああ、興味本位ですから…」


「いつだったか、マクシミリアンからバナナの匂いがした。聞いてみると義姉の作ったパイを朝も食べたと…このあたりではバナナは手に入りにくい。クノンスではないとしたら、お前だろう」

「ふむ、情報共有が甘かったですね。妻に以前殿下からいただいたバナナだと、説明をしておりませんでした。あれから妻が甚くバナナを気に入りましてね。よく作るんです」


 細君の話がでたせいか、少しばかり物言いに柔らかさがのった。シルヴァンも小さく笑う。


「あの匂いは独特だからなぁ」

「ビンチョス一族は我々王家、カロヌロア国によく尽くしてくれている。その事にとても感謝をしているんだ。リュミエールのことも気に病む必要はない。マクシミリアンにも言っておいてくれ」


 幾ばくかおいて、返事があった。


「承りました」

「さて、ついでだから、もう少し話をしようか。シルヴァン、お前の加護のことだが…」


 片割れはカップを置くと頷く。


「もう、隠す必要も理由もないか」


 あっさりと言うと上を見上げて可笑しそうに言う。


「もし、俺の加護で兄上や父と母に迷惑をかけることになっても、マクシミリアンがなんとかしてくれるんだろう?」


 ()ぃの返事に今度は躊躇がなかった。


「あれのことです。ご心配はないかと。醜聞を撒こうとした者が、反対にこの国にいられなくなるでしょう。それに…主を守るのが従者の務めですから」

「ふはっ、それを聞いて安心したよ。さて、兄上、作戦会議だ。()ぃもそのまま聞いて、陛下にご報告を」

「御意」



 話し合いを終え、自室に戻ったのは夜明け近くだった。

 思えば、あのダンスレッスンの一曲の間だけは、彼女は自分のものだった。

 今でも胸は痛むが、後を引くつもりはない。

 持っていた書類をライティングデスクに置こうと、窓辺に寄れば、窓の外には夜明け前の三日月が見えた。淡く透けてなくなりそうな、子猫の爪先が空に掛かっている。


 彼女ではない、彼女に告げる。


「そこにいたのか、リュミエール…私の月。いつかまた出会えるだろう?」

 

 低く呟いた言葉はほろ苦く、甘かった。



お疲れ様です。

いつも読んで下さってありがとうございます!


最後まで迷いました。

彼は繰り返す世界で彼女と踊ったのでしょう。

何度も。

ヴィンスの為人では、きっと違和感を誤魔化した

まま、リュミにいけないだろうと思いました。

(でも、それを乗り越えるifを書いてみたい気持ちもある…)


バレ厳禁ではありますが、元リュミを覚えていないけど

どこか覚えていた彼がいたとだけ、残させて下さい。


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