苦いダンスレッスン
踊り始めてすぐに、僕はパートナーを務めたことを後悔した。
「マギリア、あまり近いと踊りにくい」
「マイク、私本当に嬉しいの、あなたとこうして踊れるなんて…」
かろうじて笑顔は絶やさず、マギリアをリードする。先ほどのシルヴァン殿下にあてられたのか、周りのペアも婚約を結んでいる者同士が多い。
「次も私と踊ってくれる?」
「それは無理かな」
ターンで少し離れて、適切な距離を保つ。
「いじわるね。でも、マイクは私を選ぶと思うの」
「なんで?」
自信満々なマギリアに純粋に疑問が浮かぶ。
「だって子供の頃、私を可愛いって言ったもの。あんな年端のいかない頃に私を選んだのよ」
あ、笑顔が崩れそうだ。それは誰の話だろう?言葉を司る加護上、僕は昔から言ったことは忘れない。
「……」
黙って踊って、終わらせよう。
「納得したんでしょ、どうする?続けて二曲踊りましょうか」
「もう曲も終わった。戻ろう」
そう言って、軽く手を引くと、マギリアが胸にすり寄ってきた。衆人の前で何をする気だ?
「いやよ」
次の曲が始まる前に戻らなくては、多少の噂ぐらいは何とかなるが、彼女に誤解をされたくない。
「転びかけたのか、すまないマギリア!ちょっと強く引きすぎたね」
僕らの様子にいち早く気が付いたのは妹のエリィだった。近くまで来ると、マギリアの空いている手を握り、転びかけた女性を支えた図を作り上げた。
「ちょ、ちょっと離し…」
「お兄様ったら力が強いんだから~大丈夫?マギリア」
エリィが僕に同調をするように声をかけたせいか、見ていた周りも納得したらしい、気にすることもなくフロアを降りていく。
すっとリュミエール嬢の姿を視野に捉える。少し寂し気に微笑んで見えたのは願望か、このまま思い違いをされたくない。そう思いエアリルに手を上げ近寄る。
「手を引くタイミングが早かったね」
僕の意図を読んだのか、先に声をかけてくれた。
「ああ、早くフロアを降りなくてはと急いてしまった」
「こんにちわ、リュミエール嬢」
「こんにちわマイク様」
あれ以来話す機会がなく、会えても会釈程度だった。
会話の端緒が何かないかと思った矢先に、バルが足早に合流をする
「遅くなって申し訳ありません」
案じる様にエアリルが、バルの右腕を見た。
「バル、どうだった?大丈夫か」
「ええ、治療はしていただけたのですが…今日は安静にするようにと…」
そっと手を上げて、赤みの残る手の甲を見せた。
「申し訳ありません、リュミエール様」
「いいのよ。怪我が大したことでなくて良かった。次の機会にお願いするわ」
「ホント、ごめんなバルルーサ」
そう言って、マリアベル嬢に最近ついた護衛のニシミルは手を合わせて謝る。ゴーディ領の斥候である彼は、僕の防音障壁に真っ向から挑んできた奴だ。
「あ、じゃあ、俺で良かったら」
にっこりと笑って、リュミエール嬢に手を出した。
シルヴァン殿下と踊り終えた後、大人しかったマリアベル嬢が、はっと気が付いたようにニシミルの手を叩く。
「何を言ってるの!」
「えーだって俺のせいじゃないですか、だから代わりに…俺、ダンス得意だし」
にっこりと笑えば、八重歯に愛嬌がある。
「駄目よ、リュミエール。この男を見ないで!」
「見ないで?あの…ニシミルさん」
「ニシミル・ゴーダです。リュミエール様」
ゴーディ領のヘンリー・ゴーダの甥、調べたら血筋正しい伯爵家次男だった。
「バルルーサの怪我の責任は俺にあります。どうか挽回のチャンスを」
そう言って、再び手を差し出す。
「挽回のチャンス…ですか?」
リュミエール嬢が戸惑いながらも、右手を上げかけた。
「失礼」
リュミエール嬢の手を、金の指輪を付けたしなやかな指が掬い上げた。
「踊っていただけないか?」
「ヴィンセント殿下…?」
「レダクーゼが怪我から戻るまでに、まだ少しかかりそうだ。頼めるだろうか?」
首を少し傾げ、真摯に告げる。
「承りました」
リュミエール嬢の手を取ったヴィンセント殿下がフロアに上がると、人が引いていく。
美しいピアノ曲だ。柔らかな笑みを浮かべ、リードするヴィンセント殿下に、リュミエール嬢が優美な動きでゆるやかにステップを踏んだ。
リュミエール嬢の青みがかった銀色の髪が靡き、スローな曲を円のように二人で回るさまは、クラッシックなオルゴールの上で回る人形みたいに見えた。
「綺麗だなぁ」
ぼそりと呟けば、隣にいるニシミルがつまらなそうな顔をして「ホント、あれはずるいよな」とぼやいた。
「レダクーゼは家の寄子派閥だから、講師として戻れないのを姉上も気にしていた」
誰に言うでもなく、エアリルが告げる。どんな訳があったにしろ、彼女の手を取ったのはヴィンセント殿下だった。
手が届かなくても、目の届く場所に居て欲しい。
ジュリアス様。こんなことを言えた僕は、本当に青かったと思う。だって今は、見ているだけでこんなに苦しいのだから。
* *
リュミエールの白く、滑らかな指をとり踊る。
「すまない、無理を言った」
声が聞き取りにくかったのか、リュミエールがそっと身を寄せる。
「レダクーゼの件を引き合いにだして君を誘った…でもそれがなくても、私は君と踊りたかった」
「…ありがとうございます」
リュミエールがターンをすると甘やかなネロリの香りがする。
「リュミエール……」
彼女の耳元で告げる。
「…あの、どうして」
「どうしてだろう。でも君の笑顔が曇るのは良くない気がした。アルルは知っているか?」
「はい」
もう曲が終わる。
「最近…カフェを飲んでおります。ヴィンセント殿下の言うとおり、香りも良いのですが、苦みのなかに柔らかな甘さもあるのですね」
「ふ、そうだろう」
なんて無作法な男だと思う。こんな時に言葉も繋げない。
「ヴィンセント殿下みたいですね」
今度こそ私は何も言えなくなった。
お疲れ様です。
いつも読んで下さって、ありがとうございます!
嬉しいです!
ニシミルはリュミエールを好きになったわけでは
ありません。綺麗な娘だから、踊ってみたいなー
くらいの感覚です。あかんがなw




