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ダンスと大型犬


 今日のダンスレッスンでは、マリアがシルヴァン殿下とのダンスを披露すると聞いた。

 わたくしも今日はバルに相手を務めてもらい、課題を終わらせることにする。

 マリアたちは何度かの練習を経てとのこと、きっと素晴らしいものになると思うのだが…控え室でマリアは、学園指定のショートブーツから、赤いリボンのついた金茶のダンスシューズに履き換えた。


「…マリア、それはシルヴァン殿下から頂いた物よね」

「ええ、私が頼んだのは赤い皮で赤いリボンの物だったのだけれど、二足ともこの色で届いたの。今回のパートナーを務めるお礼とおっしゃって、シルヴァン殿下からご注文をされたから、職人が勘違いをしたらしくて…」

「……リボンだけでも変える?」


 わたくしは精一杯の妥協案を告げる。


「不敬にあたらないかしら…?」


 そう言ってマリアは首を傾げると、髪飾りの苺のチャームが揺れた。


「その髪飾りは、アイシュア様からお誕生日に頂いたものね」


 ガーネットで苺を、エメラルドで葉の部分を模ったチャームが愛らしく、マリアによく似合っている。


「ええ、最近つけていなかったら、お兄様が気になされて新しい物を贈ろうかとおっしゃるから、付けてきたの。お兄様に散財をさせるわけにはいきませんわ」

「そう…」


 本人はあまり気にしていないけれど、今日のマリアは個々の独占欲の固まりになっている気がするのだけど…。


「マリアベル様、そろそろ行きませんと」


 一緒に来ていたメイヤが時間を気にする。


「まぁ、今日が終われば、しばらくはダンスもないから頑張るわ。リュミはバルさんと?」

「ええ、三学年で三曲も課題を残すのは心配ですし」

「リュミのダンスも楽しみだわ。手足が長いと優雅に見えて羨ましい」


 マリアはそう言ってくれるが、わたくしはダンスはあまり得意ではないので、マリアより先に済ませましょう。そう思いながら、控え室を後にした。


「姉上、こちらです」


 エアルが先に来ていたようで、小さく手を振る。隣にニシミルさんの姿もあった。


「お待たせしたかしら、ごめんなさい。あら、バルは?」


 今日のパートナーの姿がなかったので聞いてみたのだけど…。


「ええっと…」


 珍しくエアルの歯切れが悪いわね。


「すんません、今日の剣の授業中につい、本気を出しまして」


 がばりとニシミルさんが頭を下げる。


「いや、かなり白熱していたし…今、医務室でジュリアス様に診ていただいているから、すぐに来ます」

「ニシミル、あなた何をしているの!」


 ニシミルさんに、マリアが詰め寄る。


「や、ホントすいません。バルルーサのヤツ、なかなか筋がよくて…つい」 

「ゴーディ領の方にそう言ってもらえれば、バルも喜ぶだろう」


 エアルは先日、ゴーディ家の手合わせを肌で感じたせいか、ゴーディ領への力の信頼がすごい。


「大丈夫なら良いです。ニシミルさん、もっとバルを鍛えて下さい。エアリル様のためにも!」


 メイヤ、それはどうかしら…。 


「お嬢…さま、あちらに殿下方がお出でになってます」


 ニシミルさんの言葉に、ダンスフロアの反対側を見れば両殿下とキュービス様、マルカさんの姿が見える。マリアと二人、小さくお辞儀をした。アイシュア様とマイク様の姿が見えないようだけど…。


「…アイシュア様とマイク様が」

「ああ、先ほどエリーチカ嬢たちとおりました。今日は従姉妹殿と妹君のパートナーを務めるとか」

「お兄様は、今日は王城勤務ですの」


 それぞれに御用があるらしい。わたくしは頷く。

 ダンス講師の方々が現れると、シルヴァン殿下がダンスフロアを横切り、マリアの前に立った。胸元に赤いチーフが覗いている。


「今日はよろしく頼む…御手をどうぞ」


 凛とした佇まいでシルヴァン殿下が手を差し出せば、周りの女生徒たちの感嘆と騒めきがした。


「よろしくお願いいたします」


 マリアがそっと手を乗せる。

 早めのワルツ曲を選んだらしい。殿下とマリアの組み合わせだったせいか、周りで踊ろうとするペアはいなかった。と言うより、皆見たいのだろう。遠巻きに囲むように様子を覗っている。

 向き合った二人はホールドの位置から完璧だった。

 微笑むマリアに、目を合わせるシルヴァン殿下は蕩けるように微笑う。軽やかに始まるステップは、最初からクイックステップで中央に躍り出ると華やかに回った。

 ナチュラルターンからのリバースターン。足元を気にすることがないのは、お互いの信頼からだわ。時折、シルヴァン殿下の呟きにマリアが頷く親密ささえある。

 制服ではなく、夜会用のドレスだったら、花が咲いたように美しかったでしょう…思わず溜息がでた。

 曲が終わり、お辞儀をした二人に万雷の拍手が鳴り響く。


「本当に素晴らしかったわ!」


 シルヴァン殿下に手を引かれ戻ったマリアに、心が落ち着かないまま感想を伝えた。


「リュミ~ありがとう!シルヴァン殿下、ありがとうございました。とても楽しかったですわ」

「俺も楽しかった。次もよろしく頼む」

「え?」


 きょとんとしたマリアに、悪戯に微笑んだシルヴァン殿下が告げる。


「そのために二足送ったのだ。次も一緒に踊りたい」

「それは…あの」

「駄目か?」


 マリアの手をとったまま、不安そうに眉が下がっていく。あら、これはずるいわ。マリアは大型犬が大好きだから、こんな表情は…。 


「頼む」


 きゅーん、きゅーんと鼻を鳴らす大型犬が…。


「……承りました」


 ああ、やっぱり!


「ありがとう!とても嬉しい」


 そう言って、シルヴァン殿下はマリアの手に触れないキスを落とした。

 周りの女生徒たちからは、感嘆ではない悲鳴が上がる。


「また、練習に付き合ってくれ。王城で待っている」

「ひゃい…」

 真っ赤になったマリアの横で「アイシュア様になんて伝えればいいんだ…」とニシミルさんが頭を抱えていた。



 興奮の冷めやらないフロアに入る、ペアの中にマイク様の姿を見つけた。

 赤茶の髪に青い瞳の女生徒の手を取り、中央へと歩む。

 あの方が従妹の方かしら…可愛らしい方。薄っすらと頬を染め、口元は喜びに満ちている。見るだけでわかる。彼女はマイク様をお慕いしているのだわ。

 マイク様も口元の笑みを絶やさない。彼女は何かを伝えたいのか、マイク様の手をきゅっと握り込む。

 緩やかなワルツで始まったダンスを、わたくしはぼんやりと見守った。 




 ヴィンセントside


「私に感謝をしてほしい」


 すんっとした表情で兄上が呟く。


「もちろん、今日第一、第二騎士団の演習をねじ込んでくれた兄上には感謝しかない」

「マルカにもだ」

「マルカにも最大の感謝を!」


 マルカの手を取って振るシルヴァを、やんわりとキリアンが止めた。


「では、今日中に生徒会の方の採決書類にサインを十枚ほどお願いします」

「わかった、キリアンにも感謝を」


 何もしていないが、言質はとったとばかりに満足そうにキリアンが頷いている。


「兄上、次は髪飾りを贈りたい」

「いらない」


 シルヴァは唇を突き出すと「兄上にではない」と言った。


「アイシュアに送られた髪飾りを、マリアベルは付けていたんだ。似合ってはいるが、癪に障る」


 何も言わず、俺はにっこりとすると首を振った。


「次に贈り物の色替えをしたら、今度は真っ先にアイシュアに伝えるからな」




お疲れ様です。

いつも読んでくださってありがとうございます。


災厄前の日常です。

李池宅には中型犬わんこがいますw




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