アイシュア・ゴーディの混乱2
「どういうことだ、聞いていないぞ!」
馬車の中でかなりの威圧をかけて、言ってみたところで、親父はそよ風を受け止めるかのように「言ったじゃないかさっき」と欠伸をした。
御者席のヘンリーから、声がかかる。
「すいません。馬が怯えるんで、威圧も声も控えてくださいアイシュア様」
それを聞いた親父が、窓から顔を出す。
「王都の馬は気が弱いな」
「ハウネ様、危ないので顔ださないで!家のじゃないです。よその馬車馬が怯えて速度落とすんで、渋滞になりそうですよ」
「お前の武器も持ってきてやったぞ、ヘンリー」
「ありがとうございます、存分に叩きのめしてやります」
ヘンリーは身の丈はある戦鎚を使っている。普通なら、重さで振り回されそうなものだが、こいつが手を離したことなど一度もない。互いの武器があるなら、頭の中でヘンリーとの手合わせも予定に入れる。
「話は帰ってからだ」
そう言って目を瞑る。こうなったら、親父は口を開かない。俺も座り直し、瞼を閉じた。
マリーを娶るなど、考えたこともなかった。尊き血を繋ぐためと、幾百年ほど前には兄妹間での婚姻もあったらしいが、今はほとんど行われていない。
血が濃すぎると、子もできづらく、生まれた子の魔力関与が高すぎて過少過多がおきやすいと聞く。加護なしと呼ばれる子が生まれることさえある。いや、俺とマリーの子ならば、どのような子でも愛する自信があるが…と考えて、はたとする。
……今何を考えた。
「うぁああ!」
「煩いぞ、アイシュア」
頭に血が上る。落ち着け、マリーは妹だ。唯一無二の。
子供の頃から俺の後を追い、傍で笑っていた。俺が怪我をすると泣き、無茶をすると怒る。魔討での戦いで友を亡くし、泣けぬ俺の横で静かに涙を流していた。
……俺の背を守りたいと言った女だ。
「ぁぁぁああ!」
「いや、ほんと、アイシュア様、轡咬ませますよ!」
ヘンリーが御者席から、威圧付きで怒鳴る。王都通りでは大渋滞がおきていた。
* *
いつもより時間をかけ、邸へ戻るとマリーが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ!お兄様、お父様!」
そういって、子供のように親父に抱き着く。親父も手を広げ嬉しそうに受け止めた。親父相手に少しイラッとして、今日は俺も手を広げてみようかと思ったが、執事の背後にリュミエールとエアルの姿を見つけ踏み留まった。
「ヴェロニカに似て、また愛らしくなったな」
「もう、お父様は子供の頃から、そればっかり。あ、お母様のご様子はいかがですか、悪阻は治まりまして?」
「うむ、順調だ。今はモリモリ食べられるようになったぞ、新年には戻ってこい。二人の顔を見たがっていた」
マリーが俺に向かって頷く。
「お兄様、冬季休暇はそうしましょう!」
「ああ…そうだな」
マリーの顔が直視しにくい。
「ハウネおじ様お久しぶりでございます」
「ハウネ様、お会いできて嬉しいです」
そう言ってリュミエールは軽くカーテシーをとり、エアルが親父と握手を交わした。
「リュミエールは相変わらず美しいな、エアルはまた背が伸びたのではないか?」
リュミエールは微笑み、嬉しそうにエアルは頷く。
「ありがとうございます。今日はお話しがあるとか」
「ああ、頼みたいことがあってな。その前にマリアベル」
「はい?」
「お前の婚約者だ。アイシュア・ガーディ、がさつだが、中々いい男に育ったと思う。どうだ?」
がさつな親父に言われたくない。いや、サラッと何言った?
「……お兄様…婚約者…」
きょとんと俺を見上げ、頬を染めるマリーが愛らしい。違う。何か言わねば。
「…親父の冗談だ」
「冗談…もー!お父様ったら、お兄様もっと怒って下さいませ!」
「はっはっ、冗談か」
「心配するな、あとで絞めておく」
手合わせでな!今度ばかりは許さん。
白々とした空気の中、執事が茶の準備をどうするか聞いてきた。親父は執務室に俺とエアルを呼んだ。
「じゃあ、リュミは私の部屋にきて」
「ええ。ハウネおじ様、また後程」
「うむ。今日は晩餐を一緒にとろう。美味い肉を持ってきたからな」
頷いたリュミエールと共に階段を上がる。ストロベリーブロンドと言われていたか、ふわふわと靡く髪は自分と同じはずなのにひどく甘く感じた。
「…アイシュア様、参りましょう」
「ああ…ありがとう」
見とれていたらしい。エアルに思わず礼を言ってしまった。
* *
親父がエアルに声をかけたのはスルト領の件だった。
「水の汚染ですか?」
「と…言うよりは、そこに生息していた小魔獣が亡くなり、そこに瘴気溜まりができた事による被害だな。普通は亡骸として土に戻るが有毒物だけが、瘴気と共に残ったのかもしれん」
魔獣は大きな物だけではない。小動物サイズの物もいる。
「なるほど…」
頷きながらエアルがメモをとった。
「でしたら、やはり姉上の作る浄化石が良いですね。姉上の物は出来が違います」
「そんなに違うのか?」
俺の質問にも丁寧に答える。
「レイクツリーで売られている物もそこそこの質は保持していますが…例えば、一般で流出している物が、一ヶ月この階を浄化できるとしたら、姉上の物ならこの邸を一ヶ月浄化できます。魔物除け効果も幾ばくかありますし…」
親父と共に胸をなでおろす。これで子供や老人などの耐性の無い者にも、浄化が進めば安心して村に戻れる。
「ついでに毒落としの薬を調合しておきましょう。スルトが発掘を始めたのが、7年前ならそんなに時間も経っていない。今、兆候がでている者でも、根気よく飲めば多少は抜けるでしょう」
「助かった、エアル。恩にきる」
「ハウネ様、過分すぎるお言葉です。ハウネ様、ヴェロニカ様が、うちの両親と懇意にして下さったおかげで、僕と姉上の今があります。ありがとうございました」
なるほど、エアルの言ったことでやっと腑におちた。
公爵家同志といっても最初から仲が良かったわけではない。父の方から胸襟を開いたことで、我々は親しい付き合いができるようになった。
「なぁに。子を守るのが大人の務めだからな」
「ハウネ様がお帰りになる際に、お持ち頂けるようにご用意しておきます。取り急ぎ二百くらい?」
「ま、待て、そんなに早く大丈夫か?リュミエールに負担があるのでは…」
焦って声をかければ、エアルが言いづらそうに告げる。
「姉上が何年もかけて、作った物が倉庫にたくさんあります…一体いつから災厄の準備をしていたのか」
「エアルよ…人には役割があり、それを果たしてから、それぞれの幸いを掴めると思う。例えば我ならゴーディ領を守ることだな。お前やリュミエール、マリアベル、そしてアイシュアはこの国を守ってからが本番だ。準備を怠っていなかったリュミエールやマリアベルは、よっぽど幸せになりたいらしい。よくできた賢い娘たちだ。だから、心配はいらんよ」
「親父…」
親父はぽんぽんと、エアルの背をたたいた。
「そうですね。僕も頑張ります…そう言えば、アイシュア様はマリアベル様とご婚約を…?」
「ぐっ、それは、親父が勝手に…」
「わしは決めとるが、どうやら倅は冗談にしたいらしい」
「そうですか。良いお話しだと思ったんですが…」
のんびりとエアルはソルトクッキーを口にした。
「マリーだって、これから好きな男くらいできるだろう」
「はぁ…アイシュア様がそれを言いますか」
普段は弟のように可愛がっているエアルだが、呆れたように言うエアルは可愛くなかった。
「我がお膳だてをしてやってもこれだ」
「ハウネ様もご苦労しますね…まぁマリアベル様はおモテになりますから…あれほど魅力的で気立ても良い方です。引く手あまたです」
「ほう、やはりそうか」
嬉しそうに親父が髭をいじった。これは親父が機嫌が良い時の仕草だ。
「そうなのか?誰かいるのか」
そこからですか…と呟くとエアルが微笑む。
「ボク、コドモナノデ、ヨクワカリマセン」
どうして片言になった!
王城side
「今、なんと言った?」
「だから、アイシュア様とマリアベル嬢が婚約…」
大股で目の前のソファーから、怖い顔でシルヴァン殿下が僕に近寄る。
「ほぅ…ハウネ殿がそう言ったのか」
紫紺の瞳を丸くして、書面から顔を上げたのはヴィンセント殿下だ。
「兄上、ちょっと出てくる」
「シルヴァ、最後まで聞きなさい」
ヴィンセント殿下の抑えた声に、シルヴァン殿下は唇を尖らせた。
「続きを…」
意に反してか、それでも俺の隣に座る…のは止めてほしい。
「本日、ゴーディ領主、ハウネ様がスルト家に王城からの書状を持って行きました。その際に今までの自分たちの生活を維持できないと知り、リーバ・スルト殿から息女エリザベス嬢との婚姻をアイシュア様に提案なさったそうです。勿論断られましたが…しかし、それを聞いていたのでしょう、帰りにエリザベス嬢とジルニス殿が現れ、婚姻をせまったそうです。あ、ジルニスはマリアベル嬢との婚約を望んでおりました」
「それは…まぁ…アイシュアも災難だったな」
ヴィンセント殿下が笑いを噛みころすように、口元を擦る。
「そこから、何で二人が婚約をすることになったんだ?」
それからは僕も、口元が緩むのを抑えきれなかった。
「ふはっ、抱き着こうとした、エリザベスは頭を押さえられ、それでも向かっていったのか」
「アイシュア様も必死だったご様子、近寄るのを阻止すべく、頭を押さえですね、こうっ…ハウネ様が剥がした時には、髪は乱れ、ひどい有様だったようです。その上、声を揃え断られていたと…ジルニス殿は爵位をもらえるなら、マリアベル嬢と結婚をしても良いと言い、アイシュア殿に一喝されておりました。その際にハウネ殿の方便かとは思いますが、二人は婚約をさせるから諦めろと…」
「ジルニス…もう一本の足も折るか」
シルヴァン殿下の声が下がる。
「止めてください。相手はもう満身創痍です」
「ビンチョス、お前は気になる相手を少しでも口説こうとする相手がいたとしたら、大人しくしていられるのか?」
シルヴァン殿下、僕に絡まれても…でも、そうだな。
「物理は無理ですが、口はだすかも」
そう言って、エアルみたいに口元に一本、指を立てれば、シルヴァン殿下はにんまり笑った。
「ふは、一番質が悪いヤツだ。兄上?」
ヴィンセント殿下は何もいわず、面倒そうに足を組み替えた。
お疲れ様です。
いつも読んで下さってありがとうございます!
次はマリアとリュミの女子トークいきまーす!




