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アイシュア・ゴーディの混乱


「領地から、お前の武器(えもの)持ってきたぞ」


 王城から帰る馬車の中で、親父はそう言って窓の外に目をやる。


「先日来た時にも思ったが、王都には店が増えた。陛下の治世が良いおかげだな。あ、あの店美味そうだ。寄らんか?」

「寄らん、それより帰ったら災厄の分析と手合わせをしたい」

「そうか、わかった。まぁマリアベルの顔も早く見たいしな。マリアベルには土産もある」


 それでも、残念そうに窓を見ている親父に溜息をつきたくなる。王城ですれ違ったレイクツリー公爵は憔悴しきっていた。奥方もだ。エアリルがリュミエールの件で話し合うと言っていたが、きっと手ひどくやられたのだろう。子供の頃から付き合いがあるとはいえ、あの夫婦は苦手だった。

 子供にさして興味のない父親と、やたらふわふわした母親。エアリルは小さな頃から公務書類を手伝い、リュミエールは執事と共に家政を担っていた。

 二人揃って居ないのだからしょうがない、と笑ってはいたが、容認できるものではなかった。


「ミンストは領地に戻ると行っていたが、奥方の具合が悪いのでは仕方ないな」

「そうだな、親父も戻るのだろう」


 両親同士、名呼びをするくらいには仲が良かったので、心配をしていると思えば、あっさりしたものだった。


「そのつもりだ。ヴェロニカが身重だし、王都に災厄が来るからと言っても、辺境の魔物は待ってくれんよ」


 …確かにそうだ。父がいれば心強いが、領地のこともある。至極当然のことだ。


「親父はマリーのことが心配ではないのか?」


「ん?心配だ。だが、決めたのだろう。本人が決めたのなら、あれこれ言わんよ。そうだ、兄上のタウンハウスに寄ってくれ」

「スルト伯父上のところにですか?」

「ああ、そろそろ兄上にも引導を渡さねばならん。ジルニスのこともあり、しばらく休みを取っているから居るだろう」

「災厄のことは…」

「言わんよ。兄上に言ったところで、騒ぎたてるだけだ」


 ジルニスは供述が取れたので、スルト家へ王室からの使者が出された。アスパーニャからの調書もあったので、ジルニスは被害者でもあるが、第三騎士団から脱走を企てた罪もある。スルト伯父上は恩赦を願いでたが、却下をされた。


「…ジルニスは第三騎士団を懲戒解雇となった。今はスルト侯爵家で療養中らしい」

「ふむ。まぁ順当だな。魔獣が恐ろしくて逃げ、きつくて逃げたと言うのであれば、逃げ癖のあるのは性格だな。団には合わんだろう。仕方あるまい。ついでに見舞うか」

「親父、それは止めたほうがいい」


 引導を渡しに行って、ついでに見舞う神経がわからない。俺はガサツだと言われるが、親父は俺以上だ。


 馬車はほどなく、スルト侯爵家へと着いた。無駄に豪奢な建物だと何度来ても思う。先触れもなしに来たのだが、すぐに賓客室へと通された。

 まぁ親戚とはいえ、格上の貴族を迎えるのだから当たり前とも言える。


「よく、おめおめと私の前に顔を出せたものだな、ハウネ!」


 入ってきて早々に、怒号がとぶ。後ろに続いた伯母上もそれに続く。


「親戚を貶めるなんて、恥ずかしくございませんの!ジルニスは被害者ですのよ」

「第三騎士団から脱走などしなければ、そんな目に合わなかったのでは?」

「アイシュア、あなたには人道的な心がないのかしら?従兄弟を尋問するなんて…」

「任務ですから」


 どうせこちらの話など聞かないのだろう。端的に答える。


「兄上、久しぶりだ。今日は話があってきた」

「今更、何を話すというのだ、アイシュアが領主を継ぐなど認めんからな。本来はジルニスが継ぐべきものだ!」

「それは無理だ。ジルニスには魔獣は討てんだろ、ゴーディ領は守れんよ」


 飄々と受け流す親父に、スルト伯父上は青筋を立てる。

 そんな様子を見て親父は溜息をつき、着ていたゴーディ領の騎士服から、王家の封蝋付きの書状をテーブルに置いた。


「これを渡しにきた。先ほど陛下から賜ったものだ。よくも今までゴーディ領の銀鉱山から、くすめ取るような事ができたものだ。あの断崖絶壁の裏から堀るなど考えもつかなかった。兄上は昔から悪知恵だけは働くな…どれほどのスルト領の鉱山夫を殺めてきたのか…」


 急に核心に触れた親父に、伯父上は言葉を失う。


「は…っ…なに…を」

「書状を確認すると良い。スルト侯爵家は掘った銀の埋蔵量分の金額をゴーディ領に払い、降爵にてその罪を償う。もちろん領地などない。兄上の一代限りの騎士爵のみである」

「…嘘だ、あれは我がスルト領の銀鉱山からでたものだ!」

「スルト領などではない。我がゴーディ領である。地図も見れなくなったかね?」


 ぐうの音もでなくなった伯父は、王家からの封蝋を乱暴に開ける。おいおい、それだけでも不敬だが…そして読み進める度に顔色を失くしていった。


「何を言ってますの?先祖代々の領地を取られるなどと世迷言を!」

「義姉上、では九億ゴルドの額をどのように支払いますか」


 親父は首を傾げる。マリーがやると可愛いが、親父がやっても可愛くはないな。


「九億…」


 小刻みに震える伯母上と、ひどく油汗を流す伯父上に親父は淡々と告げる。


「三年我慢をした。発掘銀の調査から始まり、王城への報告、王城からの調査員派遣と、被害にあった近隣への聞き取り…九億ゴルドでは足りないくらいだ。土地、家屋、爵位、義姉上の宝石類を全て取り上げても、亡くなった鉱山夫のことを考えると業腹でしかない」


 親父の威圧がもれかかっている。銀は発掘する際に、有害物質の流出に注意が必要だ。そんな事すら行わず、鉱山夫を押し立て、掘り進めていたのだろう。親父はそれが許せないのだ。取り立てた九億は、無論、被害者への慰霊金や賠償金、汚染された領地の補填ならびに見舞金に充てる。


「ま、待て、ではあの銀鉱山は我が領で買おう、いや譲ってくれ。そしてハウネから、陛下への取り成しを…頼む!」

「断る」


 にべもなく、親父は言う。


「この書状に署名を。私が来たのは陛下からの温情だ。王城の役人が来ると、噂は瞬く間に広がる。今後のジルニスとエリザベスの未来すら危うい」

「い…いや、そんなこと嫌よ、スルト侯爵家が…」


 伯父上から奪うように取った、王家からの書状を読み、内容を理解したのか伯母上が、ぶるぶると小声で呟いている。

 不意に何かを思いついたかのように、伯父上が顔を上げ俺を見た。


「エリザベス…そうだ、アイシュア、お前に嫁がせよう。エリザベスが嫁ぐならば、お前が領主を継ぐことを認めてやっても良い」


 気が振れたか?


「いらん。アイシュアにはすでに私の決めた者がいる、エリザベスは娶るまでもない。それに陛下からアイシュアへの領主後継の認めを頂いておる、兄上の許しなどいらん」


 決めた相手?そんな事を聞いたこともないが…だが、ここでは顔にだせない。後から親父を問い詰めねば。


「ハウネ…お前は…昔から全て…」

「取っていない。私が加護に剛腕を授かったことも関係ない。むしろ騎士団長を譲ってやった。私はゴーディ領を愛しているのでな」

「譲るなどと、よくも…私は第一騎士団騎士団長を務めておるのだ!弱いなどと思うな!」

「人相手であろう。私は手加減が苦手で、人相手だとやりすぎる。魔物向けなのだよ。アイシュアが大剣を使うのも仕方なくだ。あれは重さだけはある」


 その通りだ。親父譲りの剛腕の加護は強すぎて、身体強化と合わせると手にあまる。


「さて、話は終わりだが…署名をしないのであれば、王城へ戻り使者を頼むとしよう。スルト家の領内の屋敷は抵当にいれるが…離れは残すから安心してくれ」

「お願い!後生だから、私たちから取り上げないで!」


 伯母上が、叫ぶように頭をさげた。


「義姉上は、鉱山夫の妻たちが同じように、頭を下げた時に許しましたか?」

「一緒にしないでよ!」

「私にとっては同じです。埒があかんな。アイシュア、腹が空いた。そろそろ戻ろう」


 親父は立ち上がると「茶も出んかった」とぶつぶつ言っている。


「伯父上、逃げようなどと思わないで下さい。すでに第二騎士団が、邸を監視下に置いております。王家からの管財人にみっともない真似だけはされぬように」


 俺がそう言うと、伯父は何かを言い返そうと顔を上げたが、力なく項垂れていった。

 扉の側で頭をかき、親父がぼそりと呟いた。


「ここを出たら、もう兄上とは呼ばん。会うこともないだろう。息災でお過ごし下さい」


 魔物を切った後のように、瞼を閉じ黙とうを捧げる仕草をとった。

 …息災は無理かもしれん。

 玄関に向かい、静まり返った廊下を歩く。どうやら邸の者は先ほどのやり取りを聞いていたようだ。


「叔父様!アイシュア!」


 呼び止められ、振り返るとエリザベスとジルニスが立っている。いや、ジルニスは車いすに座っていた。使用人の姿を見ないと思っていたが、二人を呼びに言っていたらしい。


「エリザベスとジルニスか、お前たちもこれからは大変だと思うが…」


 親父が言いかけた時だった。


「どうぞ、私をお連れ下さい。そしてスルト侯爵家をお守りください!」


 そう言って俺に飛び込んできた。いや、寸でのところでエリザベスの頭を掴んだ。飛び掛かってきた魔物相手に使う技だ、普段ならそのまま投げる。


「な、なんだ?」

「アイシュア、私を連れていって、きっと良き妻になりますわ!」


 頭を振り、俺に縋ろうとするが、なんだこの魔物、意外と力が強い。


「エリザベス…それは無理だ。心配するな兄上が何とかしてくれる」


 親父がべりっと剥がしてくれたので、後ろに下がる。正直怖かった。


「でも、私が嫁げば…」

「「いらん!」」


 親父と声が揃う。


 呆然とする頭がぼさぼさのエリザベスの隣で、ジルニスが取り成すように言った。


「で、では、私がマリアベルを娶りましょう。多くは望みません。ゴーディ家で余っている爵位の一つでもいただければ…」

「マリーはやらん!」


 これは俺だけが叫んだ。


「聞いた通りだ。アイシュアの妻はマリアベルにしようと思っておる。悪いなジルニス、諦めてくれ」


 にんまりと笑った親父の横で、俺は親父の言っている言葉が理解できず、混乱を極めた。この親父…なんと言った?




お疲れ様です。

いつも読んでくださってありがとうございます。


アイシュア回です。ハウネ親父の大暴れ回ですw

本来はもっと落ち着いた父親像を考えていたのですが

アイシュアとの対比が面白い方がいいなと、方向転換

をしました。スルト家退場です。

次回、アイシュア様の混乱は続きます。

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