エアリル・レイクツリー
にわかには信じられなかった。自分の娘がカリプテス神の姫御子に選ばれるなど。本来であれば喜ぶべきことだろう、加護神は目に見えるものではない。いくらでも言えるのだ。良い仕事に就きたい、良い縁談を結びたい、それゆえに偽造する者も少なくはない。
もし、昔の…いや、夢の中の私なら喜んで娘を差し出し、家の繁栄を望んだに違いない。意識を失い倒れた娘を思い、泣き崩れた妻は姫御子の意味を知り、もっと泣き崩れることになった。
「父上、大丈夫ですか?」
陛下に呼ばれ、王家の図書庫にて文献を読んだ。献身と呼ばれる人身御供の対象が自分の娘であることを知った。心配のあまり、倒れそうになった妻は王城の医務室に運ばれている。
与えられた控えの間にて、私は息子と二人で陛下と宰相がお見えになるのを待っている。
「エアリル…なぜそんなに冷静でいられるのだ…おまえの姉が…」
わかっている、この子に当たっても仕方のないことを。
「冷静ですか…そう見えるなら良かった」
「良いだと!」
「姉上はすでに自分の役割を理解なさっていると思います。その上で隠しているのも…それを騒ぎ立て、もっと苦しめたくはないのです。僕が今できるのは土の乙女の育てた魔力草を使い、魔力酔いに効く薬を作ることだけですから」
「…皆でレイクツリー領へ戻ろう、そのことで陛下に罰を言い渡されても構わない。薬を作るなら領内でもできることだ。リュミエールを助けたい」
「助ける…ことになるのでしょうか」
エアリルは困ったように小さく微笑む。
「姉上のことです…自分の責を果たさず、他の者が傷つくなんて考えられないでしょうね。きっと自分のことを一生許せなくなる」
「それでも、献身などと!」
「それをしないように、皆頑張っているのです。父上が今日呼ばれたのは、状況説明と静観をしているようにと、命をだすためだと思います」
淡々と妻と同じ瞳をして、私に述べる。自分の息子が大人びた部分があるのはわかっていた。頭脳の聡明さは私より上だ。それでも姉弟揃っている時には年相応の子供だった。
違う、姉の前だからこそ、この子は自らにある冷酷さや、切り捨てる非常さを隠していたのだ。この子は幼児期に姉と領地に居れたことを宝物のようだと言っていたのを思い出す。そう言われても仕方ないと思っていた。どんな理由があったにせよ、病に苦しむ子を切り、私と妻は二人でいることを望んでしまったのだから。
「…エアリル。私は…」
「別に陛下からの罰などありません。ただ、姉上を領地に幽閉などと考えたりせず、この件が終わるまでは大人しくしていただけたらと思います」
「親子なのだから…」
きょとんとした顔をして、くつりと笑った。
「親子です。父上と母上が僕と姉上を生み出してくれた。すごく感謝をしています。だから大切にしますよ、父上は親子と言う名の仕事仲間のように思っていますから」
「仕事…」
「ええ、僕と姉上の大切な巣を守る上での仕事仲間です。父上は母上との安寧の巣をつくるために頑張ってこられた。僕も一緒です」
幼い頃、私は何度この子を抱き上げただろうか…いつもリュミエールの側で私を見上げていた。妻は…。
「許されなかったのか…」
「許す?何をです?」
本当にわからないようだ。この子の中では、私たち夫婦は切り捨てられている。私と妻はきっとこれからも二人、エアリルの許すかぎりの安寧の中で過ごせるだろう。しかし、一歩でも踏み出したら、その時には…。
この後、陛下と宰相からエアリルが言った通りの説明を受けた。私は妻を連れ、レイクツリー領へ戻るようにと。
「すまないなレイクツリー公爵、不便をかけるが」
陛下は鷹揚な方だ。両殿下を思う子煩悩な方でもある、陛下なら…私の気持ちもわかってもらえるのでは…。
「でも、奥方と二人なら大丈夫だろう?」
「は…えっ」
「エアリルは十五で代替わりを希望していると聞いたよ。レイクツリー領の公務もほぼ把握しているらしいね。頼もしいかぎりだ。ああ、前レイクツリー領主からも書簡をいただいた、孫をよろしく頼むと」
父上までも…いや、ずっとエアリルとリュミエールを見てきたのだ。父上の性格はエアリルに近い。父はエアリルを選んだのだ。
照れくさそうに、祖父は孫びいきなんです。とエアリルは笑う。
「御意…お言葉に従います」
「うん。理解が早くて助かるよ、キュービス宰相あとは頼む」
「承りました。奥方も落ち着かれたようですから、もうお引き取りいただいて大丈夫です。すぐに領地へとお立ちください。夜会は奥方が急な病を発症したために、今期は欠席としましょう。ご安心ください、妃殿下が上手く皆にはお話し下さいますから。エアリル様は殿下方がお呼びですから、お残り下さいとの伝言がありました」
「せめてリュミエールに会ってから…」
「父上、母上に忘れ薬を飲ませたいですか?」
「な…にを」
息子が何を言っているのか理解ができなかった。
「父上は黙っていられても、母上は無理でしょう?姉上が姫御子に選ばれたあたりを忘れていただけるなら、お会いしても良いですよ」
「あれは…」
「大丈夫。今は昔ほど副作用はないようです。あ、お二人で飲まれますか?でも、それだと会う意味ないか…」
「いや…いい。妻は連れて戻ろう。リュミエールが学園にいるうちに、出立する」
エアリルは頷くと、私の手を取る。まるで商談がまとまった時のように。
「父上、道中お気をつけて。またお会いしましょう」
ひんやりとした、まだ子供のような手が恐ろしかった。
ビンチョスside
「エアリルを怒らせるのだけは止めよう」
「ふは、今更ですか」
シルヴァン殿下の言った言葉に僕はふきだした。
エアリルたちのいる賓客室は、防音がされていない。それどころか、執務机の後ろにある精緻な衝立は、その場を映せるようになっていた。
一番の問題はレイクツリー家の家族であった。リュミエール嬢がどんなに隠そうとも、近い時期にその詳細を知るだろう。母は泣き、それを宥めようと父は動くにちがいない。下手をすれば家族諸共、領へ蟄居をしかねないと、だから僕が話ますね。そう言ったのはエアリル。
そして、その場に集められた面々は、その一部始終を見ることになった。先ほどまで一緒に見ていた陛下は、元々、前レイクツリー領主から二人の状況を聞いていたらしく、好きにするといいよと後押しをする始末である。
子煩悩な方だから、領地に子供たちだけを押し込め、夫婦で王都での生活を謳歌するような二人をあまり良くは思っていなかったに違いない。
「エアリルは、両親を許しはしないのだろうか…反省はあるのだろう?」
ヴィンセント殿下が、足を組みかえながらぼそりと呟く。
「反省も何も、両親はニコイチです」
そう言って、入ってきたのはエアリルだった。
「ノックをしたのですが、返事がなかったので。わぁ、意外と良く見えるんですね。あの衝立」
「エアリル」
「マイク、市井の言葉で二つで一つで合ってるよね」
「合ってるけど、公爵夫妻に使う言葉ではないなぁ」
そう言って二人で笑いあう。
「いいんです。一緒にいれれば幸せなのですから。母上しか基準にない父とそんな父に追従する母でお似合いです。もちろん、父と母との関係は変わりません。これからも」
マルカが差し出すコーヒーにミルクを入れると、少しだけ苦い顔をして呟く。
「僕が健康だったら、乳母などに任せていたでしょうね。それはある意味、上流階級らしい。そうしたら姉上と僕はどうなっていたのかな」
「リュミエールはエアリルを何よりも大切に思っている。だから、今と変わりはないだろう」
ヴィンセント殿下がそう言って、エアリルのカップに砂糖を足した。
「…そう言う肝所を突くところ、ずるいな。マイク、頑張って」
不思議そうにするヴィンセント殿下と、まだ苦いのか舌を出すエアリルに僕は苦笑するしかなかった。
お疲れ様です。
いつも読んでくださって本当にありがとうございます。
エアリルの本質は、ゲーム内でのリュミエールの
冷酷さを持っています。
李池のキャラノートには、意外と冷たいと書い
ておりました。
名もクールを反対にして、ルーク(仮)でした。
いや、その頃の自分につっこみたい。
安直すぎるっ!w




