キリアン frustrating day
今日も第二生徒会室に二人きりだった。いや、詳細に言えばコリンヌに就いているメイドのキャナリィと、私の従者のジミーがいるが、コリンヌと話し、傍で仕事をしているのは私だ。
「キュービス様、プリントを纏めて終わりました。メモを挟んでおきますね」
「ああ。それではこちらの…二年の分も頼む」
雑多に集められたアンケート用紙を渡せば、コリンヌから小さな声が上がる。
「いっつ」
「どうした?」
見れば、右手の中指を押さえている。
「紙で指を切りました。紙を扱うと乾燥しますから仕方ないですね」
細い指先がうっすらと赤くなり、血がにじんでいる。
「洗って、薬を塗りましょう」
気が付いたキャナリィと呼ばれるメイドが、コリンヌを促す。先日、第一生徒会の女生徒に絡まれて、マリアベル嬢とリュミエール嬢に助けられた彼女に、ビンチョス家はメイドを派遣させてきた。
本来なら、寄子を守るべき、キュービス家からと言ったが、養子先のマイオニー家ひいては、叔父の家の不手際だからと言われれば手を引くしかなかった。
「大袈裟ですよ、キャナリィさん」
「コリンヌ様は土に触りますから、傷があり化膿をしたら大変です」
「そっか…土にはばい菌がなぁ」
何かぶつぶつと言っているが、納得したらしい。
備え付けの給湯場で手を洗ってくると、メイドから薬を塗られ小さく包帯を巻かれた。
「その指では作業をしにくいだろう。今日はもういいぞ」
「キュービス様は終わっていませんよね?まだ大丈夫です。ペンは握れますから、集計しましょうか」
そう言って、微笑うと私の分から半分取り上げる。
「…すまない」
コリンヌに気遣われている。そう思うと励みになる。
「その、お礼にまたランチはどうだ?」
「いいんですよ。生徒会仲間じゃないですか」
「だが…」
「お気になさらず」
そう言って、集計に入ったのかコリンヌは書面から顔を上げなくなった。
「そう言えば、最近…」
名前で呼ばなくなったな。そう続けたかった。
「何ですか?」
コリンヌが数字を書き込み顔を上げる。いや、淑女科の授業が進み、貴族の名呼びのルールをしっかりと理解したのだろう。別に私は呼ばれても構わない、言ってやった方が良いのだろうか?
「その、他のメンバーが来ないな」
「そうですね、公務がお忙しいのでしょうか」
式典などはないはずだが、他国の王女の一件で確かに王城が騒がしかった。
「ああ。そうかもしれない、色々あったからな」
そうではない。他のメンバーが来て、このひと時が邪魔をされるのは、容認できない。
「名前…なんだが」
「先ほどのアンケートで無記名の物は集計には入れてませんが、駄目でしたか?」
「それでいい。それが正解だ」
そうではない。一言いってやればいいのだ。コリンヌなら私の名前を呼ぶのを許そうと。そう思い顔を上げた時だった。
静かなノックの音にキャナリィが扉に近寄り相手を確かめる。
「生徒会に出ると聞いたからね。寄ってみたよ」
明るい声に顔を上げると、黒のカソックを着た、ジュリアス殿が通されて入ってきた。
「キリアンもお疲れ様」
「ありがとうございます。どちらかに行かれていたのですか?」
ジュリアス殿は学園に居る時にはローブをきているはずだから、今日は外出したのだろう。
「ああ。ちょっと王城にね」
「あ、温室の件でですか、大丈夫でした?」
コリンヌが心配そうに聞く。
「二つ、貸してくれるそうだよ」
「ありがとうございます!発芽したものの、どうしても地熱が合わなくて…」
二人の間で交わされる会話に入れず、首を傾げる。なんの話だ?作物の話など私は聞いていないが。
「何の話だ?」
直接聞いてみると、コリンヌが嬉しそうに説明をしてくれた。
「私が今、育てている苗に温室を使いたかったので、ジュリアス様が聞いて下さったんです」
コリンヌの育てている作物なら自領のもので十分だ。王城にある温室や庭園への加護もキュービス家を通してから、だったはず。
「そんな話は聞いていない、寄子である君の処遇は、我がキュービス家の管理下にあるはずだ。勝手な振舞いは止めたまえ」
困ったように眉を下げるコリンヌを見て、そんな顔をさせたかった訳ではないと言いたかった。何かをしたいのならば、ジュリアス様より先に相談をして欲しかっただけだった。
「キリアン、彼女が今育てている苗は、今後とても大切な意味を持つだろう」
苗なんてどうでもいい、ジュリアス様の落ち着いた物言いも腹が立つ。
「あ、あのっ、勝手な事をしたのなら謝ります。でも、これだけは続けさせて下さい!」
慌てて頭を下げたコリンヌを振り返りもせず、席を立った。
「却下だ。私はこれで失礼をする」
勢いで部屋から出た私をジミーが慌ただしく追ってくる。馬車に乗っても苛立ちは収まらなかった。
ジュリアスside
「キリアン様……」
「ココ、あまり気にしなくていい。近いうちに…」
「お腹すいてたんですかね…もう、夕方ですし。お腹がすくとイライラしちゃいますよね」
「…たぶん違うと思う」
ふと見ればココの指に包帯が撒いてある。私の視線に気が付いたのか「紙で切りました」と困ったように笑った。そっと指をとると、小さく祝詞を唱える。
「光る神アポローの送り子、ジュリアスが乞う。黎明指す御手に、落日の入り日に、その癒したる威光を知らしめ賜え」
ほんのりと指が光るのを確認すると、包帯を外す。
「傷は塞がったみたいだね」
「ありがとうございます!」
「そろそろ帰ろう、今日も神殿に寄るのかい?」
ココは大きく頷く。
「マイオニー家には、加護のことでしばらく神殿に戻ると伝えてあります。苗畑も気になりますし、行きます」
「そうか。マイオニー家には私からも文を出しておこう」
ココの鞄を持つと、見送ろうとしていたメイドに声をかけた。
「ビンチョス家まで送るが」
「わたくしの事はお気になさらず、コリンヌ様、また明日、学園でお待ちしております」
「いつもありがとうございます。また明日!」
私を見上げて、にこにこするココの手を繋いだまま歩きだす。
「もう生徒もいないだろう。まぁ、見られて噂になっても私は構わない」
悪びれもせず、態と言えばココが「私は困ります」と顔を赤くして言うから笑ってしまう。キリアンの気持ちは薄々わかってはいたが、この手は離せない。
「馬車の中ならいいです」
今度は私の耳が赤くなる番だった。
ビンチョス家メイドside
生徒会室の鍵を閉めながら、本日の報告事項を考える。
キュービス侯爵家子息のことが一番だが、あの二人には気恥しくて目を覆いたくなる。あんな小さな傷ひとつも光の神官は許せないのだ。そして、コリンヌ様は仕草こそ庇護を駆り立てる印象ではあるが、意外に優秀で周りを気遣える方だった。そんなコリンヌ様が素で甘えられるのが、ジュリアス様なのだろう。
あの、女性には難あり、キュービス家子息もコリンヌ様の配慮に救われていたのだと思う。
拗らせないといいけど。
「コリンヌ様たちの仲は甘すぎる…報告どうしようかな」
ビンチョス家産、有能メイドは独りごちた。
お疲れさまです!
いつも読んでくださって本当にありがとうございます。
キリアンです。キリアンも三悪ヒーローズの一人なのです。
ただの緑髪ではないのですw




