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ジュリアスのスキーム


 マルカのとった賓客室は、男六人入っても十分すぎるほど広かった。

 ビンチョスはカフェを用意すると一人ずつに配る。薄いティーカップではなく、厚手の筒状の大ぶりなカップを使っているところは、カフェ好きの殿下たちの拘りを感じる。


「ええっとですね。私は殿下方にコリンヌが今、育てている植物のための温室を借りたくて来ただけなのですが…」


 急に連れて来られたジュリアス様が、苦笑しながらもカップに口をつけた。


「ああ、その件も含めて話をしたい」


 ヴィンセント殿下が足を組み替えると、周りを見回す。


「ここに居る者はすでに知っていると思うが、リュミエール嬢の額に文様のような守護印が表れた。三枚の逆鱗のような形状から、王室の古い文献をエアリルにも手伝ってもらい調べると、一つの文献にたどり着く」


 エアリルがヴィンセント殿下の言葉に頷きながら続きを話す。 


「レイクツリー公爵家、頭首血筋には水の軍神カリプテス神の御加護を賜ることが多いのですが、我が姉リュミエールに表れた守護文様こそ、姫御子としての証し。そして、その姫御子としての責が与えられたようです」


 俯きがちに言葉を選んでいるようだった。


「その責とは?」


 シルヴァン殿下が様子の違うエアルを気遣いながらも先を促す。

 だが、後を告いだのはヴィンセント殿下だった。


「古い文献によるとここ五百年余りは現れていない『海の災厄』と呼ばれる海獣がいる。災厄が現れる前に海は荒れ、災厄に追われた魔魚たちを狙い、大物の鳥獣たちも多数飛来する。災厄に立ち向かうには人々の力は余りにも小さく、その証拠に五百年前の王都は壊滅的状況になったようだ」


 淡々と告げてはいるが、ヴィンセント殿下の眉根は厳しいままだった。


「は、海獣の大きさは?ドラゴンほどなのですか、何が有効です?物理か、加護力(まほう)なのかお教え下さい」


 アイシュア様が、災厄の討伐のための情報を得ようと言葉を重ねるが、ヴィンセント殿下は首を振る。


「その後の文献には何も載っていない。それどころか五百年ほど前から、近年までの内容が読めなくなっていた。他の文献も捜索をしているが、内容が他言できないために難航している」


 重苦しい沈黙が続く。エアルがぽつりと呟いた。


「たぶん、姉上に与えられた責は献身です。意識を戻した姉上が『海の災厄』と口にしました。マリアベル様が慌てて止めておりましたが…姉上もマリアベル様も何かご存じのはずです」


 ああ、考えたくなかった。リュミエール嬢が意識を失った時に、マリアベル嬢との話を立ち聞いた話と繋がってしまう。


「ヴィンセント殿下と見つけた文献には、その身をカリプテス様に捧げることで、『海の災厄』を退けることができると…しかし、脅威は災厄だけではありません、飛来する鳥獣を打ち落とすのは火の姫騎士です。焔立つ矢を放ち、多数の鳥獣を落とすことで空の脅威は無くなりますが…姫騎士自身が、その身を火で焦がれることがあると…」

「やめろ!!」


 火がついたように、シルヴァン殿下が吠えた。 


「そんな事は、我が妹にはさせん!」

「僕だって、姉様には献身なんてさせたくないです!」


 立ち上がるアイシュア様にエアルが叫ぶ。


「でも、姉様たちはすでに決めているんです。そのために何年も準備をしてきたのでしょう…」


 唇を噛み、堪えるようにエアルが俯く。


「……ヒーローなしで、勝とうなんて無謀かしら」


 僕が言った言葉に皆が振り向く。


「僕が立ち聞いた、リュミエール嬢とマリアベル嬢がそう言っておりました。ヒーローが何かはわかりませんが、それがわかれば彼女たちだけで行かせることはないのでは?」


 僕の言葉に、成り行きを見守っていたジュリアス様が初めて口を開いた。


「マイクから聞いていると思うが…コリンヌが、育てている植物は魔力酔いを緩和する薬を作れるものです。もとはリュミエール嬢の魔力酔いを聞いた時に、思い出したそうですが、土の乙女としてできうることは、これだと申しておりました」


 口元に緩やかに微笑みの形をつくる。


「誰かのために…です。ヒーローは人だと思いますよ。そしてそれは、彼女たちにとって大切な人であると思います。あなた方に言えなかったのは、その責を一緒に負わせたくなかったのでは?」


「だが、それをうら若き女性に任せるものではない」

「そうだ、騎士団が出る」


 ヴィンセント殿下とアイシュア様の言葉は至極当然の事だ。だが、その言葉にジュリアス様は大仰に溜息をつき、長い金髪をかき上げる。その瞳は銀と藤色。


「この若造共は、好きな女のことで熱くなるだけで、話が進まない」

「ジュリアス様…」


 ぽかんと皆が見つめるなかで「なぁマイク、おまえにできる事はなんだ?」といじわるそうに聞く。


「立ち聞きだけではないだろう?おまえの一族の力があれば、国民を安全に避難させることができる。災厄が去った後の彼女たちへの中傷も潰せるだろう?ヴィンセント殿下、国民たちが傷ついたあとの腹を満たせるのはあなただけだ。そしてその加護で安寧を祈っていただければ、なお良い。アイシュア、お前の役目は妹を守ることだけではない、その馬鹿力で災厄の首を撥ねることにある。エアリル、コリンヌが育てた魔力草を薬にできるのは、お前しかいない。姉上を救いたくば、その方法を探れ。そして…シルヴァン殿下…そろそろ、その隠した爪を出していただけませんかねぇ?」


 冷めたカフェをぐびりと飲むと、頬杖をつきつまらなそうに、溜息をついた。


「私もその災厄とやらに、一矢報いる加護を探ります。毎日くたくたになるまで、祈るココの努力を無駄にできませんからね。あ、コリンヌのことをココと呼ぶのは私だけです。他の方はご遠慮ください」

「また、あなたですか!」

「マイク、またって何だよ、私は私だよ。若造共を導く神官だよ。大きなM&Aを釣りあげるためには、丁寧なスキームが必要なんだ」

「ちょっと何言ってるかわかんない」


 可笑しそうに笑う、ジュリアス様に僕も連られて笑ってしまう。


「あ、ヴィンセント殿下、温室を二つほど下さい。ココの植物がやっと発芽しました。ココのご両親が王都に来る前にいたのが、ゴーディ領近い村だったそうで、肥料と地熱が必要です。災厄が去ったら、利権はテアドラ商会に差し上げますから」

「わかった…」


 呆気にとられたようにヴィンセント殿下は頷く。


「では、私はこのへんで、ココが待ってます」

「まて、ジュリアス、おまえは何を知っている?」


 帽子を被り、いそいそと帰り仕度をするジュリアス様にアイシュア様が問う。


「何も知りません。手間のかかる惚れた娘のために、骨を折る哀れな男です。じゃ、後はお任せします」


 扉を開けかけて、ジュリアス様が振り返った。


「ああ、災厄のことを彼女たちに問うのは、おすすめしません。必要であれば言うでしょう?言ってもらえるように努力なさって下さい」


 ひらりと手を振って、悠々と出ていくジュリアス様を誰も止められなかった。

 ジュリアス様が去った後の、場の雰囲気が変わった。

 皆自分にできることを出し合う。その中でシルヴァン殿下だけが、何かを思い悩むように俯いたのに僕は気が付かなかった。



*  *


「うっわ、ヤバ、よく言った私!」


 馬車の中で小さく呟く。あの高位貴族に若造共なんて言える身分ではないが、見当違いなことを言いかねない空気に我慢できなかった。文献などを調べても、巻き戻る世界のことなんて、何ひとつ残ってはいないだろう。

 ひとつわかっている事は『海の災厄』は彼女たち抜きではクリアできないのだ。

 このままでは、彼女たちを大切に思うあまり、今までの彼女たちの努力を全て無駄にして、どこかに閉じ込めてしまいそうな彼らに何て言えばいい?

 いっそ、前世のことを話すかとも思ったが、それでも全員が納得するとは思えなかった。

 本当のジュリアスならどうする?いや、私がジュリアスなのだから、ちゃんと導かないと…そう思ったら前世の仕事が浮かんだ。目的の達成のためには、関係者、具体的な手法、手順、必要プロセス。そして…。


「実行可能な構想」


 ジュリアス、やったぞ…口調はおまえの真似だが…私の中にいるであろう、ジュリアスに呟く。


「…ヘタレにしては良くやったじゃないか」


 そう、言ってもらえた気がした。



お疲れ様です。

いつも読んでくださってありがとうございます。

ふわぁ、この回がきつかった!緊張感は欲しかった

けど、説明だらけになるのも…だめで。

誰にストーリーテラーを任せるかで悩みました。

賽は投げました。頑張ります。

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