シルヴァンのモヤモヤ
シュン、バンッ。
的確に放たれた矢は、どうやら的心に当たったらしい。それを確認したマリアベルはもう一度、的心を捉える。
一度目の武術選択授業で一緒だったので、選択で同じく剣を取ったのかと思えば、次からは練習場が違っていた。
「マリアベルは弓が得意だったのか?」
「妹に適うといえば、母とジェシカくらいですね」
「あの侍女殿がそんな手練れだったとは知りませんでした。ゴーディ領は皆そうなのですか?」
アイシュアはニヤリと笑うと「どうかな」と答える。
マリアベルは自分の番が終わったのか、弓を持って戻ってくるとベンチに座り、丁寧にセーム皮で拭いていく。
「…話しかけづらい程、真剣ですね。それに弓が大きくないですか?」
アイシュアは頷くと、ビンチョスの言葉を、今度ははぐらかさなかった。
「弓柄部分だけで、マリーの腰当たりまである長弓だな。最近変えたばかりだと言っていた。手袋をしているが、弦を引くのに指をいつも腫らしている。手入れに関しては、自分の命を預ける武器に、手は抜けないだろう」
「指を…なぜ止めないんだ?」
そういえば、ダンスレッスンの時も学園でも、いつも手袋をしている。それに公爵令嬢が命を預けるとは…。
「最初の頃は止めておりましたが、マリーは自分で決めたことには、引きませんから。間違ったことでなければ好きにすれば良いかと…マリー!」
「お兄様?」
顔を上げたマリアベルが、花が綻ぶように笑った。
「シルヴァン様の護衛に就いてらしたのですね。シルヴァン様、マイク様、剣の授業は終わりですか?」
弓をしまいながら、近寄ってくる。彼女はダンスレッスンをするようになってから、俺をシルヴァン様と呼ぶようになった。もっと呼んで欲しい。ビンチョスのマイク様よびは止めさせたい。
「ああ、二人勝ち抜いたら終わり。意外と早く終えた」
「僕なんか、そんなに強くないのに殿下に焦らされて、散々ですよ」
萎れた顔をするビンチョスにマリアベルは笑う。
「そうは言ってもビンチョスは中々の腕前だ」
「うわぁ、初めてアイシュア様から褒めてもらった」
「誉めていない…」
二人のやり取りを眺めるマリアベルを盗み見る。今日は髪を一つに高く結んでいる…旋毛見えないか。
俺の視線を頭に感じたのか、マリアベルが見上げる。
「?…なにか」
「いや、そういえば…なぜ、弓に変えたのだ?」
俺の言葉に、瞳を瞬き呟く。
「一番…強くなれる武器だからですわ」
「強くなる必要が?」
「乙女には負けられない戦いがあるのです」
冗談まじりに言うが、少し 無理をしている気がする。
「その戦いに俺は参戦できるか?」
先ほどよりもっとびっくりした顔をするから「なんだよ」と思う。
「淑女を一人で戦わせるほど、無粋な男ではないはずだが?」
「俺もだ。マリアベルを一人では行かせないぞ」
アイシュアが口を挟む。
「二人共、意味違うと思いますよ」
ビンチョスが呆れたような声をだすが、マリアベルは本当に嬉しそうに「ありがとうございます、でも…ご遠慮くださいませ」と微笑んだ。
「わたくし、もう着替えなければ…御前失礼いたします」
走り去るマリアベルを見送る。
「ビンチョス…」
「なんですかーシルヴァン殿下」
「ビンチョス」
「もう、アイシュア様までですか、僕の無駄遣い止めて下さいよ。乙女の戦いと言えば恋愛ごとじゃないんですか?」
「「誰に」」
ビンチョスが溜息をつく。
「リュミエール嬢は元々、浄化石を作っていたそうです。前々から邸で使う分だけだと言って、作っていたそうですが、久しぶりに倉庫を見たら尋常な量ではなかったと」
「……レイクツリー領に下ろすのではなく?我が邸にも分けてもらっているが…」
「領民の加護持ちであれば、冬のいい稼ぎとなるでしょうが、公爵家令嬢がすべき事かと言われると、それは違いますね」
「加護力を鍛えたいとかあるだろ」
俺がそう言うと、ビンチョスは静かに首をふる。
「エアリルが言うところでは、守護印が表れた最近のリュミエール嬢は、何かを想定して動いていると。止めるべきなのか、判断に困るので訳が知りたいと話しておりました」
アイシュアが先ほどのマリアベルを思い出したのか、眉を寄せる。
「二人で何をする気だ?」
「さぁ?でも、危ないことは、していただきたくはないですね…」
どこか遠い目をして、何かを考えているビンチョスに溜息をつきたくなった。
「午後の予定はどうなっている?兄上は放課後、生徒会室には寄らないと言っていたが」
「まっすぐ、王城に戻るそうです。調べ物をしたいと。マルカもですね」
「ならば、今日は俺も王城に戻る」
「いいんですか?マルカが決済を済ませてもらいたい書類があると、言っていましたけど」
どうしてもマリアベルの言った『乙女の戦い』が、気になった。恋愛事ではない気がして。
「私も、騎士団の方へ顔を出したら伺ってもよろしいでしょうか」
「構わない。ビンチョスも来い」
「承りました」
アイシュアに了承し、自らも着替えるために戻る時だった。
「潮の香がする」
すんっとアイシュアが顔を上げ、鼻を動かす。
「最近の港付近では波が高く、風も強いそうです。漁師が困っておりました」
「そうではない。海の潮の香に似ているが似て非なる物だ。空気もピリピリしている。俺は風の加護持ちでもあるし、辺境育ちだからな、魔獣の匂いには敏感だ」
「近くに来ているということか?」
俺の問いに、アイシュアは首を振る。
「いえ、そうではありません。第三騎士団からの報告もありませんので、問題はないかと。しかし王都で感じたのは初めてです」
もう一度、匂いの元を辿るようにアイシュアが空を見上げる。自分も連られて顔を上げれば、先ほどまで晴れていたはずの空は厚い雲に覆われていた。
「雨になりそうですね」
ビンチョスの何気ない一言が、気持ちにのしかかる様だった。
* *
「ヴィンセント殿下なら、エアリル様と図書庫にいらっしゃいます」
マルカはそう言って、生徒会に顔をださずに戻ってきた俺とビンチョスを呆れたように見る。
「この後、アイシュアも来ることになっている」
「それだと、この執務室では手狭になりそうですね。賓客室をひとつ借りてきましょう。防音の魔道具は入りますか?」
「エアリルも来ているのか…あ、防音で」
「でしたら、パーラーメイドは下げましょう。ビンチョス、頼みます」
「わかりました…ジュリアス様が来てます?」
ビンチョスが、ソファーの上に皮袋とカソックに合わせた、ツバ部分が広い黒の帽子が置いてあるのを見ながら言った。
「ええ。今は温室に行っています。お願いがあるとか…」
「コリンヌは?」
「来ておりませんが…何かありましたか」
「いや、ジュリアス様に直接聞くよ」
なにか思い当たることがあるのか、ビンチョスはそこで話を切った。賓客室を使うために、マルカは席を外す。
「今日は皆の話を聞けるんだろうな」
リュミエール嬢の守護印については、兄上から聞いている。そのことを兄上が調べているのも。何かが繋がりそうでモヤモヤする。
「たぶん。少なくても僕の話は聞いていただきたいです」
「俺は、従者の隠し事は許さない主義だ。いつでも聞いてやる。いや、今話せ」
ビンチョスはふっと零れるように笑う。
「暴君ですか…でもありがとうございます」
全く、暗い顔ばかりしてたってしょうがないだろ。
「それから、マリアベルにマイク様呼びをさせるな。従者に女性からの名呼びはさせない主義だ」
すん…っとした空気が流れた。
「ぼぉ…うくぅん…すぎる」
思わず、顔を見合わせて二人で笑った。
お疲れ様です。
いつも読んでくださってありがとうございます!
アイシュアの危機察知は今までの経験からですが
シルヴァンのは潜在的、もしくは師匠の教えです。
二人とも、恋愛事には察知力低いくせにw




