少しずつ動き出す運命
「こんな形で訪ねてしまいすまない。体調はどうだろうか?」
部屋に通された、ヴィンセント殿下がそう言って、少し離れた場所からお声がけをされる。精彩にかける、紫紺の瞳は心配そうに私を見つめた。
「お見舞いをありがとうございます。医師の話では大事はないと…午後からジュリアス様もいらしていただけるそうです」
控えめに後ろに立たれているマイク様にも声をかける。
「マイク様もありがとうございます」
「……心配しました」
思い詰めたようなマイク様に首を傾げる。そんなに心配をおかけしたのかしら?
「…申し訳ありません。ご心配をおかけしました」
「謝っていただきたいわけではないんです。お目覚めになられて良かったです」
「マイク?」
エアルが探るようにマイク様を伺う。
「ああ、ごめん。でも本当に良かった」
安心したように、にこりと微笑む。
「リュミエール、少し良いか?」
ヴィンセント殿下がそっと、額に触れるか触れないかくらいに左手をかざす。
「私はこの印を見たことがある」
「姉上に…痣がありましたか…?」
エアルが覗き込むから、自分と同じアメシストに似た瞳を見返す。
「…そうですか。エアル、ぶつけた覚えなどないから、以前からあったのかもしれないと、メイヤとも話していたのよ。前髪に隠れていたのかしら?」
そんなはずはない。けど、この小さな印がわたくしに力を与えてくれている気がする。
「小さいから?ほとんど目立たないので…気が付きませんでした。いつからですかね」
「ふむ…守護印のようだな。たまに先祖返りのように現れると聞く。古い教典にあった気がする…どの神だったか…」
「守護印ですか?」
「ヴィンセント殿下、その…」
整えられた爪。しなやかで、長い指がわたくしの額にそっと触れる。その手は、私の顔をすっぽり隠せそうに大きい。
「っつ…すまない。」
手を引いた殿下に、首をふる。
「ふふ、おでこに触っただけですわ」
「ヴィンセント殿下、マイク様。リュミは病み上がりでございます」
マリアの目が三角になっている。
「そろそろ、お休みいただきませんと…」
メイヤの目も三角だわ。
「マイク、ヴィンセント殿下もよろしければ、軽食をご用意しました。僕もお腹がぺこぺこです。付き合っていただけませんか?」
どうやらエアルが連れ出してくれるらしい。その意図を汲んでか、ヴィンセント殿下が頷く。
「ああ、ご馳走になろう」
「エアリルのとこ、シナモンロール美味いよな」
すっかりいつものマイク様だわ。良かった。
「もちろん、用意してあるよ。姉上には薬湯を運ばせますから、ちゃんと飲んでくださいね。マリアベル様のお茶はこちらに運ばせます」
「わかったわ、エアルありがとう」
頷き返すと、エアルたちは部屋から去っていく。
「姫さま、薬湯を取ってまいります。マリアベル様、少々席を外しますので…」
「リュミのことは任せて!ジェシカ、お兄様にお仕事がおありの様なら先に戻っていただいて良いと、伝えてもらえるかしら?」
「承りました」
人払いのように思えなくもないけど、二人きりになれた。マリアがベッドの側に置いてある椅子に腰かける。
「本当に大丈夫?」
「ええ。起きてから、わたくしの方がびっくりしたわ。三日も寝ているなんて…リュミエールの献身の夢をみたの…海の災厄…恐ろしかったわ。その後、意識を失ったようなのだけれど…覚えていなくて」
マリアは、わたくしの手に指を重ねた。
「献身なんて…そんなこと、させないわ」
「しないわ」
そう言って微笑むと、マリアの瞳にまた涙が浮かんでいる。
「ヒーローなしで、勝とうなんて無謀かしらと思っていたけど、大丈夫」
「わたくし、弓で三連弾をもう少しで打てるようになるからね、そうしたらばっちりよ」
「ふふ、マリアベルの必殺技ね」
「そうよ。だから…」
いなくならないで。
最後まで言えなくて、マリアが泣いちゃうから、わたくしまで泣けてきてしまう。
重ねたマリアの手にはいつも手袋がある。弓の練習で貴族令嬢らしからぬ指になってしまっているから。そっと握りかえして、浄化の加護をかける。
「これでいいわ。帰りにエアルに癒しを…」
ポカンとしたマリアが、私の顔を見ている。
「い、今ね、リュミの額がぼんやりと灯ったの、たぶんその文様だと思う」
「あら」
「あら?じゃないでしょう、祝詞を言わないで加護を使っていたわよね。体は?」
「無意識に…魔力酔いはないみたい」
「よかった~また具合が悪くなったら…リュミ、もしかすると加護力が強くなったのかもしれないわ」
なるほど、それならば納得ができた。
「マリア、わたくし、浄化の魔石作り以外にも、できることがあるかも!」
「も~、とにかく今日は休んで!」
ビンチョスside
リュミエール嬢の部屋の前で、メイヤは少し困惑をしていた。
「ビンチョス伯爵令息様…」
彼女がノックをしようとしたその手を押さえ、薬湯などの乗ったワゴンを後ろに押し戻す。
「…少し冷めてしまっているみたいだから、かえて頂いた方がよいと思う」
どうやら、自分とジェシカが去った後に、リュミエールたちの話を立ち聞いていたと理解した彼女は、信じられないというように僕を睨む。
「どういうことでしょうか、紳士の振舞いとしても、客人の振舞いとしても許されることではありません」
あまり声を上げられて、彼女たちに気づかれても困るから少し加護を強めた。
「ごめんね。でも、メイヤ嬢もリュミエール嬢のこと心配ではありませんか?決して悪いようにはしない、ここは見逃してほしい。あ、エアリルの許可はもらいましたよ」
いつもとは違う瞳の色に加護を使っているとわかったのだろう。加護を使うと瞳の色が変わる。僕の瞳の色は明るい茶だったはずだが、今はグリーンがかっているだろうし、声音も少し違う。
先ほどより、警戒を強めているのがわかった。でも、少し遅かった。
「……エアリル様のご許可を…本当ですね」
こんなに近くで加護を受けたことはないだろう。ジュリアス様の光のご加護などとはまるで違う、僕の加護は重く、どこかほの暗い。僕が言葉を発すれば耳を傾けたくなるし、今の僕はメイヤと話ながらも、防音の施された扉越しのリュミエール嬢たちの小さな声でさえ拾える。
「エアリルの親友だからね。嘘はない」
「マイク様、あなたを信じます。お茶を淹れ直してまいります。わたくしが戻るまでの間だけです」
顔を上げたメイヤに「ありがとう」と呟くと僕は彼女の手を離した。
リュミエールの様子が最近おかしいのは気が付いていたはずだ。それに何かできないかとエアリルが気にかけていたことも…今の彼女にできるのは、お茶を淹れ直しに行くことだけだった。
* *
「エアル、僕にリュミエール嬢の部屋に行く許可をくれないか?」
リュミエール嬢の部屋から退出したあと、応接室に着くと同時にエアルに願う。
「おい、ビンチョス何を?」
僕らと入れ替わりで、先に部屋に戻っていたアイシュア様が不快気に眉を顰めた。
「何か起きてからでは遅い。彼女たちの声を拾いたい。もちろん、それはエアルたち以外に口外はしない。望むなら忘れ薬も飲もう」
名前の通り、記憶をなくす薬である。これは合法ではないが、裏ではまことしやかに流通されている魔法薬で、都合の悪い事を忘れさせたり、反対に辛い思い出などを緩和させるために、医療用として使われたりもする。ただ、副作用として、たまに本来の記憶と消えた記憶との齟齬で、深刻な記憶障害を起こす原因になることがある。
「……エアリル、私からも頼もう。リュミエールの額に守護印が表れたことに何か関係があるのかもしれない」
ヴィンセント殿下があっさりと頭を下げる。一国の尊き頭をそんなに簡単に下げないでほしい。
…矜持などよりも、それだけ彼女が大切なのか。
「おやめください!」
慌てて、エアリルがヴィンセント殿下を押しとどめた。
「許可は出せません…が、きみが手洗いに行きたいと言うなら止めないよ。ああ、バル、悪いが姉上の護衛に最近の姉上の様子を聞きたい。全員呼んでくれないか?」
「承りました」
「エアル、ありがとう!」
「呼び方…こんな時ばかり都合がいいな。別に手洗いくらい、いくらでも貸すよ」
「しかし…」
まだ、納得がいかないアイシュア様に殿下が告げる。
「マリアベル嬢にも危険が及ぶのではないか?少なくても私の片割れは、最近の彼女は無理をしているように見えると言っていたが」
瞳をそらすアイシュア様が不承不承に頷き、立ち上がり窓辺から庭を見る。気が付きませんでした!と主張しているが、まっすぐすぎて笑えてしまう。
「行くなら早くいけ。間に合わないと困る。ジェシカ、君が気が付いていることをここで話しなさい」
「承りました」
……僕らの本気を舐めないでほしい。きっと、君たちが考えているより複雑で重いんだ。
だから、君たちを追い詰めている原因が取り払われた時には覚悟も必要だよ。
身動きがとれないくらいにしてあげる。
お疲れさまです。
いつも読んでくださってありがとうございます。
海の災厄篇を本格的に始めます。
何卒よろしくお願い申し上げます!
('◇')ゞ エヘヘ




