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リュミエールの献身


 海鳴りと人の悲鳴がゴウゴウと耳を貫く。空を見れば暗雲に赤いロック鳥が、犇めくように渡来をしようと羽を窄めるのがわかる、ここで一瞬の躊躇を見せれば、その槍のような嘴が、鋭い爪が人々を襲うのだろう。

 怖い。何度、繰り返そうと怖いのだ。引き潮は海岸に植えられた防潮林を削り、海岸に散らばるヒーローたちを呑み込むための大海嘯の準備を始める。ここで飛び込まなければいけない。決められた役割を果たすべく、蜷局を巻くその渦潮に私は抗えぬ一歩踏み出し、岬からその身を投げた。

 冷たい水温がすぐに、私の四肢を絡めとり動かなくする。肺が締め付けられ、恐怖に藻掻きながらも、海上を目指そうとすれば、自由を失った身体はむしろ沈んでいく。

 役割って何?誰か助けて。ここでわたくしがヒロインならば、バッドエンドでなければ…愛する彼が私の手をとり抱きしめて助け出してくれる。

 上手くやらなければ『海の災厄』に呑まれ死んでいくのだ。これならば、領地に幽閉される方がましなくらい。

 苦しいの。誰か…誰か…。


「いやっぁ!!」

 目覚めれば、ひどく喉が渇いていた。それなのに身体に張り付く汗が急速に冷えていくのがわかる。


「リュミエールの献身……」


鼓動がひどい。いつもこんな思いをリュミエールはしてきたの?胸の前で組んだ手を口元にあてる。


「リュミエール…大丈夫。私、頑張るからね」


 マリアも、エアリルもメイヤ、バル…アイシュア様、今世では家族とも仲が良いわ。友人だってできたわ、だから…。


「愛する人は?」


 震える口元が意図せず動いた。

 愛する人?わたくしが想う相手なんて…断罪を回避するのに精一敗で、そんなことを考える間もなかった。ううん。恋愛が怖かったのだ。助けてくれるかもわからない相手に縋るのが。自分で動くしかないと思った。

 片想いで終わるのが嫌だから、優しくしてくれた人に阿ろうとすら思った。『海の災厄』さえ終わり、穏やかに過ごせるなら、父の決めた人と婚姻を結べば良いと…。

 ノックの音がする。きっとメイヤだわ、こんな状態ではまた心配をかけてしまう、エアルに薬湯漬けにされて、ベッドから出してもらえなくなるわ。


「姫さま!どうなされました、顔色がひどく悪いです、お身体もこんなに冷えて、誰か、医師を呼んで下さい!」


 ああ、間に合わなかった。意識が遠のくの。


「大丈夫だから…」


 握ってくれるメイヤの手が暖かかった。




『可哀そうに…』


 意識下で眠るリュミエールの髪をなでる。あなたを追い詰めたいわけではなかった。いつも張り詰めて、頑張りすぎるあなたに思い出してほしかっただけなの。

 ヒーローと呼ばれる、愛する人が海から救い上げてくれた時に、一番最初に見る彼の笑顔を、心配そうに歪んだ顔が、解けて笑顔にかわる様を。抱きしめてくれる腕の逞しさと、暖かさを思い出して欲しかった。それだけで、彼が別の人を思う番だったとしても、何度でも頑張れたのよ。


『…見ないふりは駄目よ。リュミエール』


 もうすぐ、わたくしはあなたに融合するけど、今世ほど楽しい時間はなかったわ。お友達ができて、弟も家族も恨まず、愛することができた。想う人をこっそり見つめることもね。


『ふふ、糸目の癖アリだったかしら?あなたの魂で一番びっくりしたのはそれだったわ。確かに彼は癖ありね』


 幸せになってね。ううん、あなたである、わたくしが幸せになるの。


『わたくしの最後の加護力をあなたに…』


 眠るリュミエールの額に口づける。薄く浮き出る三枚の鱗の文様。カリプテス様の姫御子の証。


『水の軍神、カリプテスの送り子、リュミエールが願う。この愛しき姫御子にカリプテスの最高のご加護を…』


 わたくしのモチーフは王子を思うあまりに泡と消えた人魚だったと聞いたわ。ふふ、今ならわかるの。泡と消えた彼女は幸せだった。満たされていたのよ、幸せだったころの思い出で。


『さよなら』


 最後に彼女は柔らかく微笑むと、美しくカーテシーを取った。




 目覚めると、マリアも、エアリルもお父様、お母様、メイヤ、バル…アイシュア様まで?


「リュミ、リュミ~」


 ぽろぽろと、大きな瞳から涙を流してマリアが抱きしめてくる。


「わたくし…どうして」

「ずっと意識が戻らないって、もう、もう、どうしたら良いかわからないから、来ちゃったの、良かったわリュミ~」

「姉様!良かった、本当に…」


 わたくしの手を額にあてて、祈るようにしていたのはエアル。ずっと握っていてくれたのは、あなたね。


「その…淑女の寝室に入るのは憚られたが…マリーの方が死にそうな顔をしていて…その、今からでも隣室に戻ろう」


 困ったように、口ごもるアイシュア様に首をふる。


「お父様、お母様…」

「リュ…リュミエール…う、ぅ」


 すでに泣き崩れていた母を支える父にも、涙が浮かんでいた。


「私は妻を失うことを一番恐れていたけどね…ちがった。今は家族を失うことが一番怖い。目覚めてくれてありがとう。リュミエール」


 私の手から、顔を上げると困ったようにエアルが呟いた。


「三日ぶりに目覚めた姉様に残念なお知らせです」

「え、まさか海の災厄が!」


 血の気が引く、エアルが眉をひそめた。


「海の災厄?」

「ち、ちがうわリュミ、賓客室にしばらく前から詰めている方々がいらっしゃるの」


 慌てて、マリアが否定をする。違うのね、良かった。


「姉様が目覚めるまで、毎日通ってらしています。目覚めたと知らせましたが…たぶん、お顔を見るまで帰らないでしょう。お会いになられますか?」


 首を傾げる。わたくしの大切な方々はここに集っているわ。


「わかりました…メイヤ、居住まいを正したいのだけれど…」

「はい。承りました、姫さま!」


 髪を梳かし、体を拭い、着ていた寝具を変える。


「お目覚めになられて、本当に良かったです。姫さま…」

「あなたにもまた、心配をかけてしまったわ」


 ゆっくりとメイヤが首をふる。


「姫さまが目覚めて下さったことだけを、感謝いたします。心配できるのは姫さまが居てくださるからこそ、ですから」


 顔色の悪い、わたくしにそっと頬紅をはたこうとしていたメイヤが首を傾げた。


「姫さまの額にこのような痣はありましたかしら…いいえ、痣ではなく文様でしょうか…あまり目立ちませんが隠しますか?」


 手鏡で写されたわたくしの額には、薄く淡い銀とも水色にも見える三枚の鱗のような文様が浮かんでいる。そして、なぜか、隠さなくてもいいのだと思えた。


「いいわ。昔からあった気がするから」

「そうですわね。わたくしもそう思います!さ、背もたれのクッション位置を戻しましょう。ベッドからお出になってはいけませんよ。午後からはジュリアス様もお呼びしました。ショールをかけますね」


 世話焼きメイヤが戻ってきて、二人して目を合わせ微笑う。

 その後、再び現れたマリアやエアルの後ろにヴィンセント殿下とマイク様の姿に私はただ、慌てるばかりだった。

 


お疲れさまです。

いつも読んでくださってありがとうございます。


すいません、リュミの好きな人を明らかにできません

でした。

うん、李池的には決まっておりますが、頑張ってるん

だ、彼も。ちゃんと最後には補完する。

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