守るのは…
お疲れさまです。よろしくお願いします。
春まだ浅い、ひんやりとした朝の空気に瞼が震えた。
覚醒する意識の中で、昨日の入学式のことをゆっくりと思い出す。
三人目の悪役令嬢であるコリンヌ・マイオニーは、誰の手も取らずに現れた。
その場に推しがいなかったから?とも考えられるが、その後も同学年のエアルとも、アイシュア様にも近づくことはなかったらしい。
柔らかな掛布の中で寝返りをうてば、青みがかった銀色の髪が目についた。背を覆える程に伸ばした髪は、貴族子女としての嗜みに近い。
本当はもう少し短い方が、自分としても扱いやすくて良いのだけど。
「遠目から見ても可愛らしい方だったわ」
温かみのあるオレンジ色の髪がちらつく。
にこにこと殿下方に打ち解けた様子は、コリンヌをヒロインとして選んだ時のイベントのようだった。
「エアルか、アイシュア様がお好きなのかしら…」
もし、エアル推しなら、悪役令嬢は私である。もちろん邪魔をする気はないが、そう取られる場合も多々あるのではないかしら?
高位貴族になればなるほど、自分の派閥が良かれと思ってしてくれる行動が多い。
姉から見ても、エアルは綺麗だし、優秀でとても人気が高いから、コリンヌがゲームの通りにシナリオを進めるならば、きっと忠告という名の呼び出しも受けるだろう。
その時に、私の名前をだされたら?
エアルの事は信じている。でも、好きな人の肩を持ちたくなるかもしれない。
断罪をされた時のリュミエールは、髪を切られ、喉をつぶされてから修道院送りか、エアリルによって領地監獄での幽閉である。
喉を潰されたことによって、怨嗟も吐けず、病にかかっても人を呼べず、冷たい獄中で生涯を終える。
「ナレ死…」
ふるりと震えたのは、気温のせいだけではない。もし、ゲームの強制力があったら?
「もしもの時は、絶対に助けにいくからね!大丈夫、監獄なんて、赤髪兄妹が物理でぶち壊してやるわ!」
以前、ゲームの強制力を話した時に、親友がかけてくれた言葉が蘇った。
「エアル様にかぎって、リュミを幽閉するなんてあり得ないけどね。どちらかと言えばお嫁に行かせたくなくて、領地に二人で立てこもりそう」
「赤髪兄妹…なんて心強い。だったら、マリアがもしもの時には、銀髪姉弟が必ず駆けつけるわ。エアルに舌戦で勝てる人なんていないもの」
「わかるー!」
くすくすと二人で笑いあう思い出に後押しをされる。
「大丈夫。大丈夫だからね。リュミエール」
自分と、リュミエールであった孤独な少女に言い聞かせるように、小さく呟いた。
控えめなメイヤのノックが聞こえる。
「どうぞ、入って」
「おはようございます。リュミエール様…お顔の色が優れませんが、御気分がお悪いのでは?」
「いいえ、今日から授業が始まるでしょう、少し緊張をしてしまって眠れなかったの」
カーテンを開ける手を止めると、メイヤが私を覗き込む。
「朝食は食べられそうですか?医師を呼びましょうか」
「大丈夫よ、もう起きるわ」
悪役リュミエールの時には、メイヤは冤罪をかけられ、心を壊してしまうキャラだった。
起きてはいない事とはいえ、申し訳なさがある。彼女も守らないと。
「リュミエール様?」
じっと見ていたせいか、訝しげにメイヤがそっと、私の額に手を添えた。
「お熱はないようです…お風邪を召されたのでなければ良いのですが」
「色々とごめんなさいね。メイヤ」
「な、何がですか、何かご心配ごとでも?今後の授業でしたら、リュミエール様は優秀でいらっしゃるので、全く心配はありません!クラス替えで、マリアベル様とは離れてしまい、少しお寂しいかもしれませんが、わたくしがおります。今年からはエアル様もバルもおりますから、大丈夫ですよ」
「そうね。ありがとう、メイヤ」
「お守りいたします!」
この後、メイヤに事の次第を聞いたエアルが、殊の外心配をし、薬湯を飲まされ、制服の上からは暖かなショールを追加、馬車内ではひざ掛けまで用意をしてくれた。
教室の前まで手を引いてエスコートをすると、持っていてくれた鞄をメイヤに渡し「後は頼んだよ」と念をおす。
エアルとメイヤ、そしてエアルの従者であるバルも添えて、ぞろぞろと現われた私を、生温い目をしたマリアが、可笑しそうに見ていた。
「昼に様子を見にきますから一緒に食べましょう。胃に優しい物を届けるように言ってあります」
「本当に大丈夫なのよ、エアル。心配しないで」
「姉様を守るのは弟の特権ですから、姉様であっても取り上げられません」
……うちの子、もしかしたら、過保護すぎるのではないかしら。
コリンヌ、まだ暴れませんでした(笑)
エアルが暴れました。




