ジュリアスの若者指南
「街の往来ではしたないと思わないのですか?」
冗談交じりにそう言った、ビンチョスのニヤニヤ顔が止まらない。
王都街で倒れたコリンヌが、泣きじゃくり離れなかった一件を言っているらしい。あれには私も吃驚した。
「…慣れない養子生活で疲れていたらしい。泣き止まなかっただけですよ」
安い茶葉だが、淹れたてのお茶を出すと、ビンチョスは目礼をとってから口をつけた。
「そうですか。あ、ある程度の口止めはしてありますから、ご心配なく」
「助かります。彼女も一応は貴族子女ですからね」
にっこりと微笑むと、やれやれと言った顔で頷く。
「僕もいいなーって思っていたんですけど、コリンヌ」
無害そうな顔をして、しらっと嘘を吐く。普段は市井の者と隔たりなく見えるが、こんな時の彼はやはり貴族籍を持つ者だと思わざるを得ない。
「へぇ、私には違って見えたんですけど…で、今日はどうしました?お爺様の腰が痛みましたか?」
眉を片方だけ上げる。なにやら不服そうに見えるが、ブラフとも見える。隠しているようだが、恋愛に関してはジュリアスを舐めるなよ。私ではないジュリアスは、酸いも甘いも知り尽くした男だったから、それに関しての心情の機微には目ざとい。
この男の右腕はいつも彼女に差し出そうと、姿を見つけると少し力が入る。語り掛ける目は何かあったかと、話して欲しいと物語る。
「まぁ、光の御子と名高いジュリアス様に敵うはずありませんね。あ、爺ちゃんは大丈夫ですよ。マッサージでしたっけ?あれ、よくやってます」
褒めているようには思えない賛辞に、口元だけの微笑みを浮かべる。
「血の巡りをよくすることで、かなり楽になるはずですから…今度一度診せにきてくださいとお伝え下さい」
外からは子供の声がする。八歳でこの国の子供は、洗礼を受けて加護が明らかになる。その際に光の加護を受けた子供は神殿に預けられることが多い。市井では家族と過ごすことに、あまり重きをおかない。
会いに来たり、家に戻るのもある程度自由があるし、貴族や商いをやっている家以外では、後継ぎなども考えない。独り立ちできる術があるならばそれを生かす方が、その子の将来にとっては得策だからだ。
「コリンヌねぇちゃん、これも取っていいのー」
「いいよ。まだまだ実るからね。今日は卵もいれて、トマトスープにしよう!」
「あたし、あれ好きー」
「私も好きーたくさん作ろうね」
畑にいるのだろう、子供たちと同じくらいにはしゃぐコリンヌの声に思わず口元が緩む。
「わかりました。ところで…」
互いの出方をみるのは止めたらしい。
「コリンヌの育て始めた種のことなんですけど…あれは何ですか?」
コリン草のことか、あの後コリンヌは思いだした。昔近所に住んでいた神官が教えてくれたことを、両親に名づけを頼まれた神官は、何度も魔力酔いを救ってくれた『コリン草』から彼女の名前を付けたらしい。種は薬効成分を定着させる成分があるので、意外と早く見つかったのだが、栽培が難しく自生をした物が市場に出回ると聞いた。
「コリンヌが言うには、魔力酔いに効果があるそうです。ただ、いまだ発芽をしておりませんが」
「…それも加護の力でわかったんですかね?」
「そうかもしれませんね」
いや、ゲーム知識だろう。
「やはり彼女は有益です」
先ほどから妙に突っかかる彼に苛ついてくる。彼女に損得を当てはめないで欲しい。
「ジュリアス様!こんなに立派なトマト…あ、ビンチョス様、おいでになってたんですね」
コリンヌが賓客用の窓から顔を出した。
「…やぁ、お邪魔しているよ」
「こら、コリンヌ、お客様が見えられているんだよ。応接室に顔をだしては駄目だろう」
「すいません、どうしてもお見せしたくて」
へにょりと笑うコリンヌが、ビンチョスを見る。
「コリンヌに聞きたかったんだけど…どうして急にあの種を育て始めたのかな?今ジュリアス様にお聞きしたけど、かなり価値のある植物らしいね」
「コリン草のことですか?塩害に強い作物をたまたま、調べていた時に思い出したんです。それとリュミエール様が魔力酔いを起こしたと聞き…昔、私の名前をつけて下さった神官様が、魔力切れを起こす時に噛んでいた草があるとおっしゃっていたので…」
ときたま頷きながら聞いているが、まだまだ彼は納得をしていない。
「加護のお力でわかることもあるんだな。コリンヌ、先読みとかどうかな?」
「先読み?ですか…」
「これから起こること、何か感じたりしない?それで君はこの植物を思い出した」
なにやら、神仙化されてしまいそうだ。コリンヌに言葉を選ぶように言っておけば良かった。
「ええっと…私にわかることと言えば…」
なにやら思い付いたのか、ちらりと私を見て微笑む。
「神殿の畑が今年は豊作です!」
「ぷっ、それはありがたい」
思わずふき出した私に「ですよね~」とコリンヌはトマトを再び見せた。
「ビンチョス様、お時間あるならお昼をご一緒にいかがですか?スープとパンですけど、パンはうちの実家から届いたんです。美味しいですよ」
「ありがとう、でもこれから…エアリルのところへ寄るんだ、今度ご馳走になりたいな。ジュリアス様、こちらはご寄進になります」
麻でしつらえた、夏向きの薄青のジャケットから皮袋を出すとローテーブルにそっと置く。ビンチョス家からのお礼は毎月少なくない金額でされる。神殿でも色々な話が拾えるらしい。彼らが諜報を集めるのを黙認するかわりに、こうして神殿に寄進をしてくれる。まぁ貰えるお金に貴賤はない。
「ありがとうございます。夏に向かい新しいリネンを子供たちに揃えてあげます」
頷きながらビンチョスは席を立つ。
「さて、僕はこの辺で失礼をするよ。コリンヌ、また学園でね」
「はい。ビンチョス様、お気をつけて!」
「ああ。コリンヌ、僕のことはマイクと」
よく彼が言う台詞だ。大きな空色の目を見開くと、コリンヌは告げた。
「貴族間での名呼びは、親しい方のみ…私はそれを、きちんと理解せずにいました。親しくなりたくて許すのか、呼べることへの優越感とか…打算もありますか。でも、理解した後は間違えません」
「は?」
「殿下方は区別のためにも仕方ありませんが、あ、マリアベル様やリュミエール様は別ですよ。私を大切に思ってくれる人の名を、同じように大切に呼びたいんです」
「コリンヌ?」
思わず呼んでしまった名前にコリンヌは、とても良い笑顔で答える。
「はい。ジュリアス様」
満足そうに、嬉しそうに。私の名を呼ぶ。
「だから、今まですみませんでした」
ぺこりと頭を下げて、名を呼ぶ子供たちの場所へと戻っていく。
「ふは、何もしていないのに振られた気分です」
ビンチョスはくっくっと抑えきれずに笑う。
「ねぇ、いつものビンチョスらしくない気がするけど…私に話してみないかい?」
「おや?僕の口を割らせるつもりですか?」
「独り言も言えない君の聞き役ぐらいはできるかと、ほら私は人生経験だけは豊富だからね。エアリルにも話せないことだろう?」
すっと表情が抜け落ちるビンチョスは、諦めたようにもう一度腰掛けた。目の前にいるのは、恋愛感情で心がもつれた、ただの若者だった。
それから、しばらくビンチョスと話す。彼が帰ったのは、それから一時間ほどあとだった。
* * *
「あーコ、コ、コリンヌ…」
「なんですか?おかわりですか?」
配膳をするコリンヌの側に立ち、スープ皿を差し出す。
「これ、ジュリアス様好きですもんね」
「コ、コ」
「鶏かな?鶏だな。コケコッコーですか」
「ココ。これからそう呼ぶ。これは私だけだからっ」
もっと格好よく、呼ぶつもりだった。コリンヌの手からレードルを取り上げると、新しいスープ皿にスープをよそる。
「ココも早く食べなさい。冷めるといけない」
「押忍…」
ココも焦ったのか、何かもれでていた。
毎回、前書きにて、読んでくださる方への感謝を
することから私の執筆は始まるのですが、ちょっと
小耳にはさんだところ、前書きはお知らせ等がなけ
れば抜いても良いとか…。
世界に入りにくいと読みました。ので、今回抜いて
みたのですが、大丈夫かな(´・ω・`)
付けたい気もしますが…難しいところです。




