紫紺の殿下の波紋のあとさき
お疲れさまです。
いつも読んでくださって、ありがとうございました。
嬉しかったです!
今年最後の回です。
来年もよろしくお願いします! (^^)
アスパーニャの王女たちが去った後の王都は静かなものだった。叔父は無事に戻り、夜会にも間に合いそうだ。あの後、王女たちがオキマから、陸路を使い自国へ戻ったことを知った。処遇はまだ決まってはいないが、アスパーニャ国王からの書簡では厳しい沙汰になりそうだった。
何度目かの芸術選択授業は、王立美術館から場を移し、水の軍神、カリプテス神殿跡に来ている。
朽ち果てているとはいえ、白く残る列柱は光を反射し、美しい。波が高いので門部分にしか入れなかったが、受講者は満足そうだった。ちらりと後ろにいるリュミエールを伺えば、列柱ではなく、海を見つめ柳眉な眉を寄せている。
目立たぬように胸に手を置くと、祝詞を唱えているようだった。気が付いた彼女の侍女が習い、小さく頭を下げた。
「彼女の加護神はカリプテス神だったな」
傍に控えていたマルカが頷く。
「はい。レイクツリー領にあっても頭首の血筋にしか現れないと聞きます」
何を願っているのかはわからないが、再び倒れなければ良いと思う。祝詞を終えたのか、彼女は侍女に柔らかい微笑みを向けると、受講者の後に続き歩き始めた。
「では、本日の授業はこれで終わります。学園までは距離があるので、こちらで解散になりますが、レポートは次回の授業までに提出をして下さい」
講師の解散の言葉で生徒たちがばらける。馬車止めにて自分の馬車、または友人と乗り合わせた馬車の前で、生徒たちが楽し気に会話をしているのを聞きながら、王族用の馬車に乗り込もうとした時だった。
御者がそっと告げる。本日はアイシュアが就いていないので、根の者だった。
「レイクツリー公爵家の馬車が、偶発的に馬具の部分が擦り切れていたそうです。馬と車体を上手く繋ぐことができずに困っておりました」
公爵家の馬具でそのようなことがあるはずない。そう暗に言っている。
「案内をしてくれ」
場に着けば、瀟洒な馬車の前で佇むリュミエールと侍女の姿が見える。声をかけようと踏み出した時だった。
「レイクツリー公爵家の御息女ではありませんか?」
大仰に歩み寄る男の姿がある。
「ああ、失礼。私はマイセスイン国マイナン侯爵家嫡男トマーソと申します。カロヌロア国を商談で寄ったのですが、美しいと名高いカリプテス神殿を一目見ようと来ておりました」
リュミエールはカーテシーを取ると貴族の笑みを浮かべる。
「レイクツリー公爵家リュミエールでございます。お初にお目にかかります」
「カリプテスのニンフが現れたかと思うほどの美貌に驚きました。このような偶然もあるのですね」
リュミエールの様子がおかしい。
「…マイナン侯爵家からの書状は届いておりますか?」
「そのお話しは、父からお断りをしたと聞いております」
「お会いする前に断られるのは悲しいものです。せめて少しお話を」
にこにことリュミエールに寄ろうとする公子の間に侍女が、果敢にも体を滑り込ませる。護衛は何をしているんだ。
「公子様、マイセスインではわかりませんが、カロヌロアでは、一定の距離を持つのが習わしでございます」
チクリと侍女から言われたトマーソ公子は、一瞬目を眇めたが、口元の笑みを深くした。
「これは失礼。見れば馬車が動かないようですが、よろしければこちらの馬車でお送りいたしましょうか?」
「いえ、すでに自邸への早馬を出しましたので、お気持ちだけで結構です」
「そうおっしゃらず、夏とはいえ、夜風は冷たい。お身体をこわしたら大変だ」
リュミエールの言葉に首を振り、手を取ろうとする。
「ここにいたのか、リュミエール」
もう少し早く、声をかけてやれば良かった。私の悪い癖だ、物事をある程度見届けた後に動こうとする。片割れとは真逆だ。
「ヴィンセント殿下…」
「は、ヴィンセント殿下?こ、これはお久しぶりでございます。マイナン侯爵家嫡男トマーソです。以前、マイセスインの夜会でお会いしましたね」
「ああ、マイセスインの…」
頷くとすぐにリュミエールへと視線を移す。
「なぜすぐに、馬車が動かないと言わないんだ。報告を受けて吃驚した」
「え、あの、申し訳ございません」
状況がわからないながらも、リュミエールは合わせる。
「私の馬車に移り給え、ああ、御者と護衛は後からだ」
「お、お待ちください、彼女は私が…」
「会ったばかりの君が送るというのかね?彼女は私のクラスメイトでもあり、守るべき国民の一人なのでね。私が送ろう」
「いや…あのですね」
「ああ、でも海に落ちる夕陽を見るのもいいな。馬車で温かいお茶でも飲みながら待つかい?」
侍女の持っていたショールを受け取ると、リュミエールの華奢な肩にかける。
「どうする?」
意図して耳元で囁く。
「…夕陽を見たく思います」
「では、そうしよう。トマーソ・ド・マイナン殿も観光が済んだのならば、そろそろ戻るが良い。そういえば、夜会でご紹介をいただいた婚約者殿は息災かい?」
ぎょっとした顔で私たちを見ると歯切れ悪く、暇を告げる。
「わ、私はこれで失礼をします」
慌ただしく、馬車に乗り込むと去っていく。
「では、私の馬車へ」
「え、本当に送って下さるのですか?」
「何を言っているんだ。夕陽もみるのだろう?ちょうど、良い岬まで少し距離もある、マルカ、お茶の用意をしてくれ」
「承りました。侍女殿もどうぞ」
「ああ、うちの護衛に、公爵家の護衛を捉えておくように言っておいてくれ、かなり金貨を積まれたらしいからな」
急に御者に後ろ手を捕られた護衛が、倒れるように膝をついた。
「カシー?」
「そ、そんな、俺はただ、マイセスインの方がリュミエール様は幸せになると言われ、私も専属の護衛として連れて行っていただけると…お傍でお仕えしたかっただけなのです」
「…もし、それでリュミエールに何かあったらどうするつもりだったんだ?お前がリュミエールの幸せを決めるな」
リュミエールの手を取り、馬車に乗り込む。適正な距離ならば前の席だが、手を取ったまま隣に座ってしまった。
「すまない、ここから離れたら前の席に移ろう」
繋いでいた手が震えている、離そうとした時にそっとリュミエールから力がこもった。
「わたくしはいつもこうなのです…周りに甘えてばかりいて、最近思いあがっておりました。だから、人の悪意にも気が付けない…カシーは王都に来てからの護衛でしたが、いつも親切にしてくれ、このような…」
淡い紅の唇を噛み締めている。そんなに強く噛んだら切れてしまいそうだ。思い上がっている様には見えなかったが、彼女の中で何かあったのだろうか。私はリュミエールの手を包むように握りこんだ。
「それのどこが悪いんだ?悪意に気が付くなど、周りの者に任せて良い。王族など皆そうだ。気が付いた者に進言をもらい、その中から選び正しく歩む。すべてを見通すなんて無理があるからな、そうだろうマルカ?」
「ええ。主君と決めた方に、頼られるのは嬉しいです」
「忠臣すぎて、マルカに悪いな…」
少し給与を上げるべきか、休暇の方が喜ぶか…。
「姫さまは悪くありません、何度も断ったのに諦めの悪い公子が悪いのです」
侍女がそう言うと、リュミエールの膝に手を置く。
「あれは悪質です。エアリル様に報告をし、しかるべき報復をお願いしましょう!ええ、もう完膚なきまで!」
「エアリル様なら今回の件は容赦ないでしょうね。さ、温かいカフェです。殿下方がお好きなのでこちらしか用意をしていないのですが、大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます」
カップを受け取るために手を離す。ひどく名残惜しい。
「わぁ良い香り!姫さま、私、初めてです」
元気づけたいのだろう。侍女…メイヤと言ったか、声が殊更明るい。
「少し、苦いが…飲んでいくと甘みもあるんだ。苦手なら砂糖を…ミルクはさすがに持ってきていない」
「いえ、大丈夫です。美味しいですわ」
やっと微笑んだ。
「…好きになってもらえると嬉しい」
「はい。好きになれそうです」
言葉遊びのようなそれに、私は口元を隠すしかできなかった。
紫紺の殿下に戻ってまいりました。
良かった、全員の気持ちの先をはっきり
できました!
マリアとリュミとコリンヌも動きます。
うちの子たちを今後ともよろしくお願い申し上げます!
マイセスインの公子様ですが何度もマイナンをマン〇ンと
討ち間違えて困りました。いや、こんにゃく畑かよW




