Shall we ダンス?
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ダンスの授業に少し早めに着くと、すでに講堂は二学年生徒だけではなく、そのパートナーを務める生徒たちであふれていた。
「思ったより、人が多いですね」
「妹はいいのか?」
「僕が一年の授業に付き合います」
なるほど。この学年は我々だけではなく、高位貴族も揃っている。授業は一度だけではないが、この場所で踊るより楽そうだ。
周囲の期待に満ちた視線が絡む。そんな物語みたいに恋に落ち、熱に浮かされたように、パートナーとして選ぶことなどありはしない。
それでも、少しづつ女生徒が周りを囲んでいく。壁際に追い詰められ、じわじわと狭まる包囲網に居心地の悪さを感じていた。
「ビンチョス、もっと詰めろ」
「もう無理ですって」
高位貴族の最高位である自分に、けして声掛けはないが、ビンチョスと壁の花になりながら、無言の圧力に耐えている。
「ダンスは修学済なんですから、さっさと相手を決めて踊って戻りましょう。講堂の壁が倒れます」
「ビンチョスは決まっているから簡単に言うが…大丈夫だ。そろそろ来る。そうしたら、半分は流れるはずだ」
「は?流れる?」
扉に向かって声がさざめく、女生徒が移動していく。
「ああ…そうですね」
納得をしたようにビンチョスが頷く。やっと、Sクラスが着いたらしい。マルカの後に兄上、キリアンと続いた。
「ヴィンセント殿下の隣にアイシュア様も居ますね。道が割れていきます。アイシュア様、顔怖い」
「今日は兄上に就いてもらっていたからな」
俺を見つけると兄上は、可笑しそうに見る。
「シルヴァ、こんな隅にいたのか」
「遅い」
「前の授業が長引いてな」
キリアンが人いきれの中、周りを見回す。
「講師がまだのようですね。今日の実技試験のパートナーをレダクーゼに頼もうと思っていたのですが…」
「私たちもだ、二曲目以降は決めていないが…キリアンは派閥の者に頼むのか?」
レダクーゼは女性パート講師だ。長年勤めているが、ダンスの技巧は高い。婚約者の決まっていない高位貴族は、ほぼ一曲はレダクーゼに頼む。
「…キュービス家の庇護下に入ったのですから、一曲はコリンヌを考えております。とはいえ、ダンスは初心者の彼女と踊るのはまだ先ですが…」
少し早口になったキリアンに、兄上が微笑む。
「そうか、知り合いも少ない中で、彼女も心強いだろう」
おや、マイオニー嬢は大丈夫そうだ。困るようだったら、ビンチョスあたりに頼もうかと思ったが…兄上も同じように考えていたらしい。今後、国の農作物関係ではお世話になる。無下には扱えない。
Sクラスが揃ったことで、男性パート講師アーネスンが生徒たちを集めた。見ればマリアベルもリュミエール嬢に合流できたらしい、嬉しそうに何かを話している。
「本来なら、この授業が必要のないものもいるとは思うが、学園の必須科目である以上は取ってもらう。他国のダンス礼儀や流儀などもあるので、きちんと受けてもらいたい。パートナーのいる者は組むように、まだ決まっていない者はクラスメイトに頼むか、我々講師が相手をしよう」
すると、女性パート講師のレダクーゼ・ポーリンが前に出る。
「皆さんにお詫びがあります。わたくしは男子生徒の実技を、一助すべく勤めておりましたが、不注意にて足に怪我をしてしまいました…」
長いドレスの裾を少し上げると、白い包帯が巻かれている。顔色も良くない。
厳しい顔をしたアーネストが、レダクーゼに視線を向けているが、何かを思い切ったようにレダクーゼは顔を上げた。
「しかしながら、わたくしが治るまで、皆さんの学びを止めるわけには参りません。今から読み上げる者は前にでるように…エリザベス・スルト、マーニー・ポーリン、アンジェシカ。この三名は実技において大変優秀な者です。わたくしの代わりに、皆さんの学びに手助けをして下さるでしょう」
呼ばれた三人が、美しいカーテシーをとる。
なるほど、高位の者、下位貴族、そして市井の者か…相手によって講師を分けたわけだ。この中からパートナーを選べと。マーニー・ポーリンに至っては自分の娘である。彼女も緊張のためか小刻みに震えていた。
表情こそ変えないが、兄上が口元を指で触る。
婚約者のいない兄上と俺が、レダクーゼを選ぶとわかっている上で仕組まれているらしい。
ここで、俺か兄上、もしくは二人でエリザベスを選べば、考えの浅い者ならば、エリザベスが婚約者選びの一歩先をいくと考えられるだろう。
「レダクーゼ家はベラオーク侯爵家の寄子派閥です」
ビンチョスが正面を向いたまま呟く。
「両殿下共、今日の授業は見学にしていただき、次回までに別の講師を派遣させますので」
ダンスの授業一曲くらいで、何も変わらないが、スルト侯爵家の思惑に乗せられるのは面白くない。
マルカが講師の下に走ろうとするのを、兄上が止めた。
「何度も講堂まで、足を運ぶのは面倒だ。実習は三回で終わらせたい。シルヴァ行こう」
一曲踊ればよいのだ。
正面に歩みでた我々を、学生講師となったエリザベスが期待に頬を紅潮させ、愉悦の浮かぶ目で迎えた。
「ワン先生、我々は今日、一度目の実技試験を終えたいのだが」
「両殿下でしたら、問題はないでしょう」
「曲は少し早めのウィンナーワルツを、さて相手だが…」
「兄上、記念すべき一回目のダンス実技です。俺に兄上のパートナーを務める栄誉をお与え下さいませんか?」
微笑み、少々派手なくらいに手を差し出す。
「可愛い弟の頼みだ。叶えたいのだが、構わないかね?ああ、先生もご存じの通り、我々は女性パートも完璧だから心配しなくても良い」
男性パート講師のアーネスン・ワンは、私たちの幼児期からのダンス講師であった。私たちがダンス授業が必要なくなった時点で、かねてより希望していた王立学園での講師に推薦された男だ。
「もちろんです。久しぶりにお二人のダンスが見れるのは楽しみですな」
知っていたのだろう、レダクーゼの状況を。安堵したように微笑んだ。
恭しく兄上の手を取る。女生徒のざわめきは最高潮だ。
横目でエリザベスを伺えば、扇を握りしめ恥辱を隠しきれない姿がうつる、隣にいるマーニー・ポーリンがあからさまに、安堵で力を抜いているのもわかった。可哀そうに、母共々、かなり脅されたらしい。
兄上と踊るのは久しぶりだが、身体が覚えている。単調に三拍ではなく、二拍目で少し早めに。
優雅に女性パートのステップを踏む兄上の口元が動く。
「全く、考えがお粗末すぎる」
「兄上、昔より体が重くなりましたね」
とびきりの笑顔を添えて言えば、兄上も慈愛に満ちた瞳で俺に微笑んだ。
「いくつになったと思っている。足を踏んでほしいのか」
「勘弁してください。鉄板が入ったヒールで踏まれると足が腫れてしまう」
ルーティンに緩急をつけて、ターンをするとしっかりついてきた。鍛錬は怠ってないらしい。次のターンで女性パートに入れ替える。
「次までに何とかしなくては」
王城から派遣をするのは簡単だが、レダクーゼの立場が悪くなる。
「次は従者と踊るのはどうだろう?」
「マルカの婚約者殿に悪いな」
兄上がくくっと悪い顔で笑うが、顔が良いせいで相乗効果だ。実際何とかならなければ、そうするだろう。
「マルカには泣いてもらおう」
ちらりとビンチョスを見れば首を振っていた。唇の動きを読んでいたらしい。
「ビンチョスにはドレスを贈ろう」
踊りました。
次も踊りますよ~(笑)




