従者の腹の内
おはようございます。
いつも読んでくださって、本当にありがとうございます!
その日、生徒会室で先ぶれを受けた時は、入室を許可したものの、俺はすでに後悔をし始めていた。
「ヴィンセント殿下、先日のお茶会では大変失礼をいたしました。こちらを良かったら…」
美しいラッピングをされた小箱は白い繊手によって、俺の前に差し出された。
中身は刺繍をされたハンカチとキャンディだと、ビンチョスから聞いている。
「あの…」
小箱を凝視したまま、なかなか受け取らない俺に、リュミエール嬢は、困ったように美しい柳眉を下げた。
「ありがとう、リュミエール嬢。しかし…」
受け取れない。俺のじゃないから。
兄上は今、自分の持っている商会の会長として、他国との打ち合わせの場に出ていた。三日ほど、国を空けると聞いていたが、どうやら予定が狂ったらしい。
そして、兄上の従者であるマルカが、黒毛の鬘を持って現れたのが昨夜だ。マルカは俺と兄上は、たまに入れ替わることを知っている。いつも二人一緒に公務を行っているわけではないので、荒事のありそうな場では俺、商売ごとがありそうな場なら兄上。
確かに顔は一緒だし、入れ替わったのも一度や二度ではない。でも、間が悪すぎる。
「ほ…星回りが悪く、今日の贈り物は受けとれない」
「星回りですか…」
意味が分からないというように、リュミエール嬢は、細い首を傾げる。言った俺もわからない。
「わかりましたわ。では、後ほどエアリルに…」
「そ、それも困る」
「レイクツリー公爵令嬢、本日はレイクツリー公爵家方角が凶方だったのです。ですから、明後日は大丈夫です」
マルカが必死に言い募るが、凶方って何だ。
「すまない。その…」
リュミエール嬢の侍女が、そっと彼女の袖を引く。
「何やらお困りのご様子です。またにしませんか」
「そうね。王族のしきたりを浅学にて、存じ上げませんでした。申し訳ございません。御前を失礼いたします」
そう言って美しいカーテシーをとると、リュミエール嬢は生徒会室から退室した。
チチチっと窓から鳥の鳴き声がする。残された柔らかな柑橘系の香りだけが、彼女がいた証のような気がする。
まずは兄上が戻ったら、凶方のよくわからない王家のしきたりについて説明をしなくてはと、着けていた鬘をはずした。
「あ、誰かきたらどうするんです。外さないでくださいよ」
慣れない長髪は、わずらわしい。
「マルカ…兄上の戻りの報告は?」
「海が荒れて、帰りの船が出ていないんです。さすがに何日もヴィンセント殿下がいないとなると、周りの者も不審に思います」
「具合が悪いとか…」
「病弱な王子と思われても困ります」
「俺が休んでるんだけど…」
「一人で出席日数を稼ぐつもりですか。あ、そろそろ目薬をさして下さい、瞳が赤くなってます」
マルカは『演算』の加護持ちの子爵位次男であった。成績の良い彼なら、王城で文官として働くことは可能であったかもしれないが、側近候補、従者として働くには身分が足りない。嫡男でもなく、爵位も自分で得るしかなかった。
それでも兄上は幼年院の頃に出会った目端の利く、自分の従者としては有利な加護を持つマルカを召し上げた。そのことをマルカはとても感謝し、生涯にわたってお仕えいたします。と心に決めたらしい。
俺には、意外と当たりが強いけど、兄上に味方が多いのは賛成だし、兄上の商会で外貨を稼ぐことは、多岐にわたって国に恩恵はあるから文句はない。
「次に来たら受け取るか…でもな…う、目が痛い」
瞳の色を変える目薬は、小まめにやらなければ、魔法がとけてしまうのである。しかも沁みるのだ。
「赤いのは、魔法薬をつけすぎたからで、自前じゃない」
「そうですよ、なんで贈り物を受け取らなかったんですか?星回りとか、わけわかりませんよ」
「凶方のほうがわからない。俺は兄上が受け取る物を俺が受け取るのは、どうかって思っただけ」
「あれは方便です。星回りよりは信憑性があるかと」
リュミエール嬢が持ってきたということは、俺の分もできたのかな。マリアベルが作ってくれたのだろうか。
「それに、ヴィンセント殿下なら、気にしないと思いますが」
するよ。中を見て、直接お礼も言いたいと思う。
「とにかく、明日はヴィンセント殿下は休み、俺も休み。公務にでもしておいて」
「では、城で生徒会の方の仕事を片付けておいて下さい。両日中ですよ」
「ふは、主君が鬼なら従者も鬼だな」
「誉め言葉として受け取っておきます、サインを間違えないで下さいね。ヴィンセントですよ。いないはずのシルヴァン殿下のサインで昨日どれだけ、現場が混乱したと思っているんですか」
「それは悪かったって。んじゃ、兄上らしくしよう」
俺は鬘を被りなおす。顔の前で指を組み、微笑む。
「カフェを煎れてくれないか?」
「……私が戻って来るまでに、三枚は目を通しておいてください」
「わかったよ。マルカ」
兄上にお土産をはずんでもらわないと。俺は溜息を零しつつ、書類を手に取った。
「…ということがありましたの」
「王族の方々が、星回りや方角をきにしてるなんて知らなかったわ。やはり、やんごとなき一族だからかしら…牛車にでも乗ってそう」
「ふふ、物忌みかしら?」
学園の東屋で、楽しそうに話す仲の良い二人を遠目から見て、ビンチョスはヴィンセント殿下が、不審がられていなくてホッとする。
「マルカが気にしていたけど、大丈夫そう。でも牛車ってなんだ?」
淑女の会話に諜報の加護を使うのは考えたが、従者同士、胃が痛いのは避けてあげたい。
マルカが言っていた。
「シルヴァン殿下はやればお出来になるのに、自分を下に見せたがります。私はそれが残念で仕方がないのです。私に剣の腕はありません。盾としては役立たない私に、自分が強いから良いと言って下さいました。兄上と俺の側なら大丈夫だからと…私は生涯を賭して、あの二人にお仕えしたいんです」
熱弁を奮うマルカを思い出していた俺に、リュミエール嬢が気が付いて、声をかけられたのはその後のこと。
寒い毎日が続いております。
李池は風邪をひいてしまいました。皆様はご自愛くださいね。
章分けをしていないのですが、新しい展開始めます。
何卒宜しくお願い致します。!




