陰陽の星
お疲れさまです。
いつも読んでくれて、本当にありがとうございます‼
時計の針はすでに一時を回っていた。数字を拾う作業を一旦止めると、眼鏡を外し目頭の辺りを揉む。
「カフェでも煎れるか…」
マルカはすでに部屋に返してしまった。いくら自分付きの侍従であっても、彼は学生だ。無理はさせられない。
この部屋にメイドは置いていない。見られたら面倒なものも積んであるし、簡易ベットもある。
立ち上がり、伸びをしながらワゴンまで近寄った時に、窓の側で緩く、空気が動いた気がした。
「俺も飲む」
すでに二階の窓枠に腰掛けた、剣吞な匂いのする片割れを見る。
「終わったのか?」
「うん。下手に騎士隊を入れなくて良かったよ。店の裏には火薬が積んであったし、周りに酒場と娼館もあったから、人的被害が多くなるとこだった」
ぽい、ぽいと履いていたブーツを投げる。
「泥で書類を汚したら、今日あったこと教えんぞ」
「……」
無言でブーツを揃えるシルヴァに、カップを差し出す。
「俺も、今日は話したいことあるんだよ。あ、でもその前に、もういいよ。ラデーチェ、今日は戻って」
「良い香りですな。シルヴァ様。ヴィンス様も闇深き、良き夜をお過ごしですかな」
掠れた声なのに、耳に届く。
「ああ。シルヴァとラデーチェたちのおかげで、良心的と名高い商売敵を潰せたからね。あのままだったら、花街の一角が真っ黒になるところだった。ありがとう」
天井に向かい笑顔をみせる自分たちに、くぐもった笑いが聞こえた。
「被害額が抑えられたのも吉報だ。陛下にご報告は?」
「すでに」
「なら、用はないかな。これから私と片割れは男子トークをするが、ラデーチェたちも参加するかい?」
「ふっ、今晩は曾孫と寝てあげる約束をしてましてな。目覚めて爺ぃがいなくては泣いてしまう。ここでお暇しましょう」
幼年期から慣れ親しんだ気配が消える。ラデーチェとは王国の根。影を表す。
「さて、今晩のブライズ商会の報告書は両日以内に。今日あったことを聞かせてくれ」
「両日?軽く鬼だな。ふは、聞いてくれ、ゴーティ家のマリアベル嬢の瞳はアイシュアよりも淡い、新緑のような緑だ!」
私の片割れはさっき、表向きは良心的で安く日用品、雑貨を卸すブライズ商会。裏は武器、薬、人でも何でも卸すブライズ商会と、その根本である腐れ貴族を潰してきたばかりのはずなのに、罪悪感の欠片もない。
人的被害は少なく、人的損害はプライズ商店にだけ。実に素晴らしいと思い、明日の新聞が楽しみな私も片割れのことを悪くは言えない。
シルヴァはガーネットのような美しい瞳をキラキラさせ、茶請けのクッキーを零しつつ、学園であったことを楽し気に話し始めた。
どこかぶっ壊れている。
でも、片割れがぶっ壊れているのだったら、もう半分の私もきっと、壊れているのだろう。
片割れの加護は『アサシン』『毒耐性』。
反して私の加護は『大商人』『明瞭』。
八歳の時に受けた洗礼で明らかになったことだ。
シルヴァンの加護はなんて王向きな加護なんだろう、刺客に恐れることもなく、盛られた毒にも強く。
俺の加護は市井にもたまにいる、商人と明瞭だった。
市井の生まれならば、それなりに楽ができたかもしれない。だが、私は王族だ。王族だったから、大商人なのかな。
残念な気持ちで隣を見ると、シルヴァンは小さく震えていた。唇をかみしめる。俺たちは人前で泣くことは許されない。
「シルヴァ?」
「いいな。兄上の加護は民を笑顔にできるね」
それだけ言うと、私と手を繋ぎ、父と母のところへ報告に向かった。
その夜のこと。俺は天井に向けて独り言を呟く。
「爺ぃ。居る?」
「…居ります。眠れませんか」
「シルヴァのところへ行くよ」
八歳になって洗礼を受け、加護が明らかにされることから、私たちの部屋はすでに離されていた。
「夜歩きは感心しませんな」
「部屋の鍵、開けておいて。護衛も離して」
「……影の使い方を実によく、理解なされている」
部屋から出て、周りを見回しても誰もいなかった。
すでに静まり返った廊下をシルヴァンの部屋まで歩く、そっと扉を開け、天蓋のかかったベットへ近寄った。
薄掛けが小さな山のように丸まって、ふくらんでいる。
「シルヴァ、寝てる?」
「……寝てる」
「泣いてる気がしてきたんだけど、泣いてるね」
「…って、ない」
「よっと、ちょっと詰めてよ」
ちょっと前まで、一緒に寝ていたのだ。
「私は右だとベットから落ちるから、ちゃんと詰めろ」
諦めたようにシルヴァが移動する。鼻はすすっているけど、泣いてはいないようだ。
「私は羨ましかったよ。シルヴァの加護。刺客を返り討ちにできるし、毒を盛られても平気。強い王向きだ」
「人殺しの加護だよ…王になんてなれない。兄さまこそ、国を豊かにできる凄い加護だ」
「殺さなきゃいいんだ。寸止めにしておきなよ。爺ぃが得意だから教わるといいよ」
「教えてくれるかな…」
「父上に頼んで王命にしてもらおう。お給料も上げて」
「兄上は頭が良いなぁ…兄上こそ、この城を白金貨で建てられそうだ」
「それは面白そうだな。母上の趣味に合うかはわからないけど、警備も大変そうだし」
二人して、くくっと笑いかけた時だった。
バーンっと両扉が派手に開いた。
「爺ぃにわたくしの可愛い子たちが、夜更かしをしていると聞いてきたのだけど、本当だったようね」
「母上!」
「さぁ、さぁ、もっとベットを詰めてちょうだい。母上は真ん中よ。後から父上も来ます。温かいミルクを運ぶように言ってありますからね」
「ルドヴィカ…もし、子供たちが寝ていたら…」
そろそろとワゴンを押して、父上まで入ってくる。
「こんばんは、私の可愛い双子星。良い夜だね」
おっとりと父上が微笑む。父上は甘いミルクを皆に配ると、ベットの側に椅子を置いて座った。
「爺ぃに頼んで人払いもしてあるからね。これからの話は私たちと爺ぃだけしか聞いてないよ。まずは君たちの加護の話だ。二人とも素晴らしい加護を授かったね」
「僕は…人を殺める加護です」
「私は、市井にもいるありふれた加護です」
母上が、私たちを両腕で抱きしめる。
「シルヴァの加護はね、自分だけではなく、人も守れる加護だよ。それも影からだ。格好いいねぇ…ヴィンスの加護はありふれてなんていないよ。民にお腹を空かせない、これも素晴らしい加護だね。父上は一度、白金の玉座に座ってみたかったんだ。いつか頼めるかい?」
「いいですよ。少しお時間をいただくと思いますが、待っていて下さい。うんと豪華にしますから」
「お尻が冷えそうね…母上のはふかふかクッションを敷いてちょうだいね」
「父上、僕はじぃに師事し、寸止めの王族になります。王命でじぃに頼んで下さい。お給料を上げて」
「ははっ、いいよ。爺ぃ、王命である。シルヴァを鍛えてくれ。給与は…えーと…」
天井からかしこまった声がする。
「…久しぶりに給与の桁が上がりますな。承りました」
「二人には私の加護も教えておこう。私の加護こそ、ありふれた『文官』だよ。お城でたくさん働いてくれているだろう?でもね、私にはルドヴィカが居て、爺ぃたちが助けてくれたから、やってこれた。君たちはすでに二人揃っている。素晴らしいね。あとは君たちが選ぶ奥方に任すとしよう」
「父上が…母上は何の加護なのですか?」
「ふふ、私はね。『良妻』『賢母』です。良き妻、良き母なの。今は良き国母になるべく頑張っていますよ」
「母上は良きははです」
ありがとう~と言いながら、母上はシルヴァの髪にキスを落とす。
子供の頃の一番素晴らしい思い出だ。今から考えると父上が加護一つのはずがないから、何かを隠してそうだ。
爺ぃの師事をうけ、十七になったシルヴァは、ラディーチェたちと、民を脅かしたり、悪意ある貴族を寸止めする公務を請け負っている。表騎士団、裏ラディーチェ。父上の考えそうなことである。
俺は名を隠し、いくつかの商会を立ち上げ、王子としては外交貿易を担う。大商人からの派生か、鑑定が使えるようになったのは助かった。
白金での城は無理だが、父上の執務室くらいなら何とかなりそうな気がしたので、言ってみたが、この歳で体が冷えるのは厳しいと辞退された。
私たちは、妻だけは自分で選びたいと思っている。
父上と母上のように。
「兄上、俺はマリアベル嬢と呼べる権利をあの、アイシュアから受けた」
「それは凄いな。あ、先ほどシルヴァの食べた平たいパイは、リュミエール嬢も味わったことだろう」
「え、味覚えてない。そう言えば、兄上、今回のお茶会は…上手くやったな」
「…なんのことだろう」
「コリンヌの行動は理解ができないけど、あの二人とは一度しっかり話してみたいと思っていたから、ちょうど良い機会だと思う。楽しみ」
「マルカに聞いたが、コリンヌのような女性のことを、市井ではオモシレー女と言うらしいぞ」
「…確かに色々やらかして、オモシレー女」
二杯目のカフェはシルヴァが煎れた。
「薄いな」
「眠れなくなるぞ」
もう少し、話していたかった。
20話目です。
陰陽双子の話は、李池的にも好きな話です。
自分にとってですが、記念すべき20話目にきたのも嬉しいです。
これから、活動報告を書くのが楽しみです!




