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マリアベルの邂逅

マリアベルいきまーす!

 横に居るリュミの扇が少し震えていた。

 流れるように美しい水色がかった銀髪は、彼女の表情に影をおとしている。けぶる様な睫に少し垂れ目ぎみの紫水晶のような瞳、左目下にある小さなほくろも色っぽい。

 本人は公式通りの背の高さを気にしているけど、手足の長さと腰のくびれ位置を考えると、素晴らしいモデル体型で羨ましい。

『三人の悪役令嬢』水の軍神、カリプテス様の加護から派生する、浄化の魔法を得意としたアイスドールと名高いリュミエール・レイクツリー。

 私の大切な同胞。同郷の親友。

 同じ世界の記憶を持つ彼女とは、今日を迎えるにあたりたくさんの準備をしてきた。

 

「まじか…」

 

 五歳になったばかりの、ある麗らかな昼下がりに私は涙まじりに呟いた。

 私付のメイドに散々我が儘を言い、乳母がそれを母に言いつけ、反省を促すためと自分の部屋に閉じ込められて、今ココ。

 泣くのにも飽きて、暇を持てあましていた私は机に上り、窓から外をぼんやりと眺めていた。

 

 眼下には公爵家の広く整えられた庭。

 四歳年上のアイシュア兄様が素振りをしているのが見える。 

 自分より少し濃いストロベリーブロンドの髪が風になびき、九歳になったばかりとは言え、父親ゆずりの端正な面立ちに、木剣を真剣に振るうその姿はさすが…。


「推しよね…」


 ん…待った推しってなんだ?私の推しは、初めて三人の悪役令嬢をゲームをした時から決まっている。アイシュア・ガーディその人である。

 アイシュア・ガーディとは誰だ。私の兄である。兄であるはずはない。推しは推しで…私は誰だ。マリアベル・ガーディである…が、何かが違うと告げている。

 その時、休憩に入ったのか、侍従からタオルを受け取るアイシュア・ガーディと目が合った。

 深い翠の瞳は私に気がつくと、ふいっと顔を背ける。

 推しに嫌がられている。マリアベルの中の私が、ひどくショックを受けた。


「なんでぇ…」


 呟いた声は幼い。アラサー間近だった私より小さな体をかき抱けば、紅い髪も揺れる。

 私はマリアベル・ガーディ。

 アイシュア・ガーディは私の兄。ガーディ公爵家の嫡男でヒロイン次第では、いつか私を断罪する人。

 倍以上はなれた年上貴族への後妻送りか、最悪の場合は推しに足の腱を切られ、修道院送り…何よりも尊かった推しに断罪されるなんて…。


「まじか…」 


 瞬間、私が私であった頃の記憶がよみがえる。幼かったマリアベルには、膨大すぎる記憶に耐えきれなかったらしい、次に目が覚めた時には豪奢なベットに横たわっていた。


「転生…してるぅぅ」


 枕に突っ伏し、声にならない声を上げると、その気配に気がついたらしいメイドのジェシカが駆けつけてきた。


「お嬢様、お目覚めですか!」 

 

 すでに記憶の整理は済んでいた。彼女は私付のメイドのジェシカ。


「ええ…えっと、わたくち…」

「お嬢様は窓側のチェストボードの上で、倒れてらしたのです。ひどいお熱で…二日ほどお目覚めになりませんでした。」

「そう…ふちゅかも…めいわくをかけてちまったわね」

「お嬢様?ご気分はいかがですか?今先生をお呼びしてまいります」


 いつもと違う態度に、ジェシカが戸惑っているのがわかる、ごめんね。ひどい癇癪ばかり起こしていたわよね。


「ありがとう。きぶんはわるくないわ…その…おにいさまはどうしてましゅの…」


 気になるのは推しである。


「アイシュア様ですか?今ですと地学のお勉強中かと」

「なにかいって…」

「マリアベルが目覚めたのですって!」


 護衛が開けた扉から、豪奢の金髪に美人だけど、小柄な翠の瞳の女性が駆け寄ってくる。ゲーム上で断罪される時に見たお母様より数段若い。


「お母様…ごちんぱいをおかけしました」


 思ったより舌がまわらん。幼少時のさしすせそは四歳から六歳の間に解消されるから、マリアベル頑張れ。


「マリアベル?どうしたの」


 どうしたも何も、中身変わりました。五年間を生きてきたマリアベルも確かに私だけど、二十九年生きていた私も確かに私で、意識はこちらに近い。

 残念ながら、前世の名前や家族は思い出せなかった。

 亡くなった時のことも、職業とかもぼんやりとしか…どうやら、魂に刻まれるくらいに、思い出すきっかけとなったアイシュア様が好きだったらしい。


「お熱をだちている時に、いろいろかんがえたのです。わたくち、わがままでした。これからはお母しゃまや皆のいうことも聞いて良い子にしましゅ」


 妙に大人びた、変な子に思われないように気をつけないと…推しとの関係は修復したい。これ絶対。断罪もいやだ。


「マリアベル…」


 お母様がぎゅっと掛布ごしに抱きしめてくれる。

 その柔らかい香りに、確かに彼女が母親なのだとじんわりとわかった。

 ごめんね。本当に良い子になるわ。家を衰退させたりしないからね。


「お腹も空いているでしょう?先生に診て頂いたら、食べてもう少し休みなさい。お父様にも伝令を出しましたからね。きっと安心なさるわ」

「はい」


 お兄様は心配してくれないの?思い出すかぎり、五歳のマリアベルは、体が大きく、がさつな物言いが多かった兄を好んではいなかった。

 兄なりに話かけたりはしてくれていたようであるが、我が儘のすぎる妹が苦手でもあったようだ。


「ぜっだい……良い子になりましゅ…」


 それから、本当に苦労して兄妹仲を修正していった。 

 リュミと会ったのはその三年後の王家のお茶会。

 殿下方のご学友と婚約者の見定めによって集められた高位貴族の子供達の中に、弟のエアリル様と手を繋いだリュミを見つけたのだ。

 やらかし系のヒロイン枠だったらどうしよう、そう考えて中々話しかけられなかった私だけど、友達になりたいとお兄様に伝えたところ、手を引いて連れていってくれた。


「ガーディ公爵家ハウネルが息女マリアベル・ガーディです。ごきげんよう」


「レイクツリー公爵家ミンストが息女リュミエール・レイクツリーですわ。丁寧なご挨拶をありがとうございます。こちらは弟のエアリル・レイクツリーです。エアリルにとっては、今日が初めてのお茶会参加となります…とても可愛らしいドレスですのね」


 今日は黒のシフォンとレースを使い、ピンク色のリボンをあしらったベビーピンクのディドレスにした。ケーム上では真っ赤なドレスだったはず。

 お兄様には、少し地味じゃないか?と言われたが、お兄様が黒のジュストコールを着用すると聞いたので、リボンの共布をポケットチーフにし、自らで刺繍をしてお兄様へプレゼントをした。お揃いですわ。

 照れくさそうにしながらも、身につけてくれている。


「ありがとうございます。リュミエール様の水色のドレスもお似合いです」


 ファンディスクにあった悪役令嬢同士との初めての出会い、邂逅シーンでは目の覚めるようなブルーのオフショルダーだったドレスが、淡いペールブルーの首もとまでレースで覆われた上品なものになっていた。エアリル様のリュミに合わせた同色系のセーラーコートも可愛らしい。

 目を合わせて、お互いに頷く。


『中身…違いますね』

『違います。あなたもね』


 目は口ほどに物を言う。


「宜しかったらあちらで少しお話をしませんか?」


 リュミが、バラ園の中にある四阿を指さす。


「喜んで…あ、でもお兄様はご学友の皆様とご挨拶がありますわね。エアリル様もよろしいのかしら?」


 リュミのドレスの裾に隠れようとするエアリル様は可愛いが、これからの話は聞かせたくないな…。


「ならば、エアリルには俺の友人を紹介しよう。小さいとは言え、姉君を守る騎士だろう?社交は大切だぞ」

「しゃこう…たいせつですか?」

「ああ、妹や姉君に碌でもない男を近づけさせないためにも、情報は大切だ」


 私の努力の甲斐あってか、お兄様は少しシスコンぎみだ。幸せすぎる。


「しゃこう、します!」


 ふんすっとばかりに、エアリル様がお兄様に手を差し出した。あ、お手々は繋ぐんだ。

 お兄様がクスッともらした笑いを、手を繋ぐことでごまかす。


「リュミねぇさま、しゃこうしてきます!ねぇさまはぼくがまもりますから」


 うん。エアリル様も立派なシスコンらしい。

 いいぞ、もっとやれ。


「ありがとう、エアル。アイシュア様、どうぞよろしくお願いいたします。」


 リュミが柔らかく微笑むと小さくカーテシーをする。

 アイシュア兄様の頬が赤らんだのは、不問としよう。



あと一本、今日中に行けるかな…

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― 新着の感想 ―
おお、他にも転生仲間が! ヾ(・ω・*)ノ エアリルは小さいけど騎士なんですね。 ほっこりしました。 (*´ω`*)
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