マクシミリアン・ビンチョス 2
お疲れさまです。
いつも読んでくださって、本当にありがとうございます!
マイオニー家に馬車が着いたのは、夕食が終わる頃だった。
男爵家とはいえ、朝と夜はできるだけ家族と食事を一緒にする。この辺は実家(市井)と一緒であった。実家なら母さんが店で余ったパンや、温め直したスープを出しくれるだろう。
「ご飯なんて、取って置いてくれないだろうな…パンドゥさんになんか強請ろ」
小太りのおだてに弱いコック見習いを思い浮かべる。御者に手を借りて馬車を降りた。
「ありがとうございました」
玄関ポーチのところで、副執事のセバスチャンさんが待っていてくれた。
「お帰りなさいませ。コリンヌ様、旦那様がお呼びです。そのままで宜しいので書斎まで」
ぐー…返事の代わりにお腹が鳴った。
「後ほどお部屋に何か届けさせましょう」
「す、すいません、学園の帰りにそのまま神殿に寄ったもので」
「お急ぎ下さい、旦那様もマギリア様もお待ちになっております」
副執事のセバスチャンさんは、口数は少ないが気遣いができる人なのはもうわかっている。この家に来てからは色々と助けられていたから。すぐに向かった方が良さそうだ。
「はい。ありがとうございます」
「旦那様、コリンヌ様がお戻りになりました」
「入りなさい」
執事さんに続いて書斎に入る。執務机には家長の養父モスト・マイオニーが、机の前に置かれた、四人ほどが座れる小さなソファーセットにはこの家の長女、マギリアが腕組みをして座っていた。
「説明をしてもらいましょうか」
座ることさえ許されず、立たされたまま問い質される。
「と、申しますと…」
十中八九、お茶会のことだと思う。
養父の執務机の上に、赤と黒の封蝋のされた招待状が置いてあるし…学校で手渡しすりゃいいのに。
なぜ送る…。
「あんた宛にどうして、王城からお茶会の招待状が来てるのよ、私でさえ行ったことがないのに」
中見たの?俺宛ですが、封蝋ぺりっとしちゃったの?
「説明をしなさい、コリンヌ」
あんたって、仮にも貴族のお嬢様が使う言葉じゃねーだろ、マギリアは赤茶の髪に青い瞳で、顔はほどほど可愛いが、この世界では普通だ。
嫁と妻と俺が可愛いがすぎるだけで。
「私が、マリアベル・ゴーディ公爵令嬢とぶつかってお怪我をさせてしまいました。気にしなくても良いとお言葉はいただけたのですが、お詫びだけでもとお願いをした結果このご機会をいただけました」
「なんてことを…」
養父が苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「それが、なんでお茶会になるのよ」
「学園でのお詫びも考えたのですが、あまり人目につく形で醜聞に繋がってはいけないので、生徒会の皆様がお考え下さいまして、和やかな雰囲気なら良いのではないかと」
嘘だ、嫁と妻に会いたいがために、ごりごりのごり押しをした。
「生徒会…私も連れていきなさいよ。姉なんだから」
いやいや、詫びだって言ってる。マギリアはどう見ても生徒会メンバー狙いだろうが。
「そうだな、マギーも一緒にお詫びをしてきなさい」
「はい、お父様。ねぇ、後は誰が来るのよ」
養父も賛成するな。その招待状は俺宛で本当は開けちゃいけないヤツだろ。
「あの、お詫びに行くだけですし、マギリア様のお名前はありませんから…」
「はぁ?あんた、家に世話になってるのに、そんな口がきけるわけ?」
好きで世話になってねーし、文句はキュービス家に言え、俺だってマイクんちの子の方が良かった。
「…そう申されましても」
それまで扉の横で控えていたセバスチャンさんが口を開いた。
「僭越ですが旦那様、ビンチョス伯爵家のフィリップ様よりコリンヌ様だけを行かせるようにと、先ほど伝令が来ておりましたが」
「黙ってれば分からないでしょ、セバス!」
行けばわかるって、いや、それよりもありがとうビンチョス家!
「フィリップ…入り婿の分際で偉そうに…」
なんだよ、姉が伯爵家を継いだから、気に入らない?婿に入って位が上がるなんて貴族あるあるだろ。
「茶会にはマクシミリアン様もいらっしゃいますから、無視はできないかと」
「マイクが行くなら、なおの事行きたいわ、お父様」
「しかし…」
控えめなノックの音がして、メイドの声が告げる。
「マクシミリアン・ビンチョス様がお見えです」
「マイクが!通してちょうだい」
喜色満面でマギリアの顔がぎらついた。なんだ、マイク狙いか?セバスチャンさんは、どうした。
「夜分遅くに失礼いたします。叔父上、コリンヌもちょうど良かったよ。あれマギリアまで?」
「こんばんわ、マイク!どうしたの?」
マギリアの声が裏返るほど、上がった。
「ええ、母から届けものが…そう、その件で」
マイクが招待状を指さす。
「姉上から…なんだ?」
「コリンヌがこちらにお世話になっていることを、気にしていましてね。家で引き取る話もありましたけど、うちって家族多いでしょ。七人家族に長男夫婦、次男は家をでましたが、甥も姪もいて、屋敷も狭いし…あ、叔父さんの実家でもありましたね。すみません」
人懐こい笑顔で頭を掻くマイクを、マギリアがうっとりと見ている。
「お古で申し訳ないのですがディドレスです。仕立てる時間もないですし、王城に行くなら既製品もそれなりでなければと、妹の物ですが、お渡しするようにと申し付かりました」
「マイク~大切な妹であるコリンヌの粗相ですもの、姉の私もお詫びしたいの、お茶会に私も参加できないかしら?」
さっきまでのあんた呼びどこいった。
「優しいね、マギリアは。でも駄目なんだ。ジュリアス様から聞いたよ、教典一幕を諳んじる罰があるんだって、これはコリンヌに課せられた罰だから。それともマギリアも覚える?意外と厚いよね教典って」
「え、それは…」
暗記を半々にしてもらえるなら、お願いしたい!
「うんうん、気持ちだけお伝えしておくよ。叔父上、当日は僕が迎えにきますから馬車もいりません」
「そ…うかわかった。姉上に」
「礼なんて不要です。では僕はこの辺で失礼します」
「マイク、折角ですものお茶くらい」
何か言いたげな養父に、二の句をつがせない。すげえなマイク。そしてくねくねしているマギリアがキモイ。
「ありがとう、でも家族で食事をする約束だから。今晩は好物のビーフストロガノフなんだよ」
ビーフストロガノフ…控えめに言って最高だ。
いや、ちゃんとお礼を言わねば。
「マイク様、ありがとうございました」
「どういたしまして。コリンヌもマギリアもまた明日」
見送りをしようとした、俺とマギリアをマイクが止める。
「もう遅いんだから、ここまでで良いよ。ああ、セバスだっけ?ドレスを降ろすから着いてきて」
「承りました、どうぞ」
さすが攻略対象者、マイク、いい奴。
夢見心地だったマギリアが、ハッと気が付いた顔をすると、養父にマイクとの婚約を必死に強請る。
友達に言っていた話とはだいぶ違うじゃないか。
「マイクはまだ婚約者もいないの…もちろん私たち仲も良いのよ、子供の頃には可愛いって言われたわ。三男だから爵位はないけど、マイオニーを継いでもらえば良いし。殿下たちの側近候補として優秀だから問題もないわ」
「側近候補…しかしだな、一度断られただろう」
ほぉん、断られたんだ。そりゃ、攻略対象は後のヒーロー候補だからな。
「あれは子供だったから、マイクも今なら考えてくれると思うの、お父様お願い!」
退席を言われなかったために、立たされたままだった俺に気が付いたらしいマギリアが睨む。
「あんたもマイクが優しいからって勘違いしないでよ」
「はい。承知しております」
お腹減ったなぁ。
「コリンヌは部屋に戻りなさい、婚約の件は姉さんに再度打診をしてみよう」
「ありがとう、お父様!大好き!」
やっと部屋に戻れる。ご飯食べれる。教典を覚えないと…俺はふらふらと退室をした。
御者に馬車からドレスを降ろさせる。
「では、セバス後はよろしく」
「はい。お渡しいたします」
「面倒かけるね」
そう言って、俺はハンカチに包んだ金貨をそっと握らせた。
「…ありがとうございます」
「これでエリィ(妹)と王都に最近できたカフェでお茶でもしてあげて、婚約者に会えなくて寂しがっていたから」
「お変わりありませんか?」
「ん、元気だよ」
不愛想と言われていた、執事の口元が緩む。
「叔父さんも相変わらずだね。これじゃセスも中々うちに戻してあげられないな、すまない」
「ご心配には及びません。マイオニー家を把握するのが私の務めですから。ビンチョス家の足を引っ張るような真似は決してさせません。コリンヌ様のことも注視いたします」
馬車のドアを開けながら、小声だがはっきりとした声でセバスは告げた。
「頼んだよ。母もそろそろ考えていると思うからさ…あーやっと帰れる。ジャック、家まで」
ドレスを運んでいた御者が頷く。
「奥様がお待ちだそうですよ。パンドゥに言づけがあったそうです」
「ん、じゃまたね。セス」
「はい、お気をつけて。ジャック頼んだぞ」
急いでくれているらしい馬車の中で、瞼を閉じる。
家に勤めている者の方がよっぽど有能だよ。いくら諜報系の加護がないにしたって、叔父は短慮で凡庸すぎる。ビンチョス家に生まれていなければ、まだ良かったかもしれないが…。
「あの人、口が滑るから致命的か」
僕の呟きはきっと、耳の良いジャックが拾うんだろう。
マイク回終わりました。
フラグ立てをするコリンヌより忙しかったのは彼でした(笑)




