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フラグを立てたかっただけなのに。

お疲れさまです。読んでくださって、ありがとう。

 学園の鍛錬場は、不思議な熱気に包まれていた。

 一年の時にも選択授業を選んだ際に、同じように期待と緊張感のある視線を向けられたが、今回はそれとは違う意味なのは、明白であった。

 選択授業である武術の初回授業に、意図としない人物が現れたからである。

 この授業を選択する女性はいないわけではない、家が騎士系の爵位を次いでいる者、騎士を目指す者…確かに彼女は騎士系の一族であるが、自ら剣を持たなくても良い姫君であったからだ。


「シルヴァン殿下、少々、御身から離れても…」

「許す。ビンチョスがいるから、早く行ってやれ」


 護衛についていたアイシュアが、九十度に礼をとると、慌てて駆け寄った。


「マリー、どうしてお前がここに!」


 何人もの令息に囲まれそうになっていた小さな体を、アイシュアが腰を引き寄せ抱き込む。


「お兄様!どうしてって…授業だからですわ。第二殿下もこちらの授業を取られていたのですね。それでお兄様が護衛に?お会いできて嬉しいですわ」


 ストロベリーブロンドの髪を一つにくくり、白シャツに黒のキュロット、濃灰のベストに皮のブーツを履いている。腰元には使いなれてそうなフルーレ。

 なるほど、マリアベル嬢が剣の手練れと言うのも、あながち嘘でもなさそうだ。

 兄の胸元にすっぽりと収まり、兄の額にうかんだ汗をそっとハンケチで拭う。


「汗をかいてます」

「お前が焦らせたんだろう」


 くすくすと嬉しそうに笑う妹が可愛いのか、普段の仏頂面が緩んでいる。


「さ、こっちに」


 そのまま令息達に睨みをきかすと、妹の手を引きベンチに腰掛けた俺の前まで連れてくる。


「殿下、失礼をいたしました。妹のマリアベルです」

「王国の陰陽の星、シルヴァン・クロヌロア殿下にご挨拶を申し上げます。ガーディ家息女、マリアベルにございます」

 陰陽の星とは、双子で生まれた兄上と俺を表す。見えないドレスの裳裾を引き、美しくカーテシーをした。

 隣のビンチョスがごくりと唾をのむのがわかった。

 伏目がちの瞳はアイシュアと同じ翠なのか?薄紅色の口元はぽってりとして愛らしい。小柄にみえるが、胸元はベストがきつそうに見えた。

 ゴーティ家公女であるアリアベルは、一年の時は淑女クラスだったこともあり、二年になってから初めて同じクラスになった。とは言え、声をかけられることもなく。

 いつも伏目がちに会釈のみである。

 こんなに近くで会うのは初めてだった。王家が行うお茶会などの参加はしているようだ。しかし、同じテーブルにつく事はない。王家の式典などで会っても謁見程度だった。


「殿下?」

「ああ、ごめんね。楽にして。同じクラスなんだし…マリアベル嬢と呼んでも?」

「殿下は私のことをアイシュアと呼びます。妹は家名でも良いかと…」

 

 兄貴の圧が強すぎる。


「アイシュア様、クラスメイトなんですから、あ、僕のことはマイクと…」

「殿下とビンチョス伯爵令息のことは存じ上げております。お兄様…?」

 

 兄の許可を取るために、顔を上げて微笑む。声まで可愛いのか。

 大きな翠の瞳はアイシュアより淡い。後で兄上にも教えてやろう。

 陰陽の星などと言われていても、俺たちは至って年頃の若者で、それなりに女性にも興味はある。

 自分たちの身分で慎重にならざるを得ないだけで、それが宮廷の二大美少女と呼ばれている一柱なら、気になるに決まっている。


「殿下、ガーディ家息女で十分です。ビンチョス伯爵令息もだ」

「ええ!すごく遠い、遠いです」 

 

 ビンチョスがマリアベル嬢に、訴えるように近づくと大きな手でアイシュアが、ビンチョスの頭を倍押し戻す。


「遠くていい」


 ビンチョスが物理的にも遠くなった。


「わかったよ、ガーディ嬢。私のことはシルヴァンと、クロヌロアは二人いるからね。ビンチョスはそのままで良いから」

「ええ!殿下、僕も」

「承りました。シルヴァン殿下」

 

 アイシュアが苦笑しながらも、お辞儀をするマリアベルに頷く。


「マリー、今日は見学にしなさい。なんだって武術の選択をしたんだ?家でもやっているだろう」

「お兄様にもっと追いつきたいからですわ。お兄様が領地で魔物と戦う時には、わたくしも参りたいのです」

「狩りに行くのとは違うのだぞ、それにお前は守られる側だ」


 え、マリアベル嬢は狩りに行くのか?ついアイシュアとマリアベル嬢の会話に、耳がいってしまう。ビンチョスもそわそわしている。


「ええ。ですから、わたくしはお兄様の背を守ります」

「私の背をか?」

「はい。お兄様が正面から、一族や領民を守ってくださるのなら、お兄様の背はわたくしに預けて下さいませ」

「…マリーには敵わんな。選んでしまったものは仕方ないが、来年は別の科目を取るように」

「承りました」

 

 見なくてもわかる。アイシュアの声が蕩けている。

 砂を吐きそうだ。ほんと、敵わない。

 兄上と俺。どちらが王になっても、この国を守るために、自分の加護を使うつもりだし、兄上もそのつもりだ。民たちの税の上前をはねているかぎり、それは当然のことであると。

 自分の手が汚れるのも良しだと思っていた。

 背中を守る。マリアベル嬢は、アイシュアの心だけではなく物理的にも守りたいのか。

 そして、そんな兄弟に守られる、領民たちは幸福だと思う。


 陛下から聞いたことがある。武に秀でているガーディ公爵家は、騎士団長である長子が継いでいない。アイシュアとマリアベルの父、次男であったハウネ・ガーディが継いでいる。

 剣の腕は騎士団長に上り詰めるほど、長子リーバの方が優れていたが、剣に驕り女癖が悪く、清廉潔白とは言い難い長男に領民を守ることはできないと、当時領主であったネルソン・ゴーティが、温厚篤実な次男のハウネにゴーティ公爵家を継がせた。

 実際にハウネが継いだ後の公爵領は、眠っていた鉱山を起こし、きちんと独自の発展を遂げ、領地も潤っている。

 何度かリーバ側から、ネルソン・ゴーティが亡くなった後、爵位の変更を王家に訴えたが、結局リーバの願いは聞き届けられなかった。当然だと思う。


 リーバはその後、ガーディ家の筆頭寄子であったスルト侯爵家令嬢と結婚をし、侯爵位を継いだがいまだ二家の仲は良くない。

 その上、騎士団長の座までハウネの息子であるアイシュアに奪われたら、ゴーティ領が二分してしまう事を案じ、アイシュアは第二騎士団副団長のままでいる。


 俺と兄上の護衛騎士を決める時にも、リーバは自分の息子に役を着かせようと、かなり煩かった。

 結局は腕も経ち、気心の知れたアイシュアの方が良いと俺たちが決めた。

 陛下も何も言わなかった

 実際、陛下に至っては、第二騎士団の方が強く、使い勝手も良いと話している。


「なりたくない訳でもあるまいに…」

「なんですか?マリアベル嬢を昼飯誘っちゃいます?アイシュア様を誘えば付いてきてくれますよ」


 こいつは、アイシュアに潰されても文句いえないな。


「一汗かきたい。ビンチョス伯爵令息、つきあえ」

「え、殿下まで、急に遠いですっ!」



明日お休みなので、一本上げます。

そして長くなりそうなので、分けました。


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