入試まで残り三ヶ月、恋よりも受験にかけます
えっ!
やってしまった!
最悪だ!
私は薄っぺらい封筒を握りしめて呆然としていた。
落ちた!
落ちてしまったのだ!
楽勝と思えた第一志望の総合選抜入試で落ちてしまった。
私は目の前が真っ暗になっていた。
元々今回受けた表山大学は私が目指していた大学ではなかった。
浪人している好きな先輩が受けると聞いたから第一志望を変えたのだ。
それが間違いだった。
私の名前は青山美咲、県立桃ヶ丘高校の3年生だ。
夏まで吹奏楽部で頑張っていたけれど、私達の代は県大会の金賞止まりだった。
東海大会に行けなかったのだから駄目金だ。そう、金賞でも上の大会にいけない金賞だったのだ。
私は思わず泣いてしまった。
ここまで休みもほんどなしに頑張ってきたのに!
応援に来てくれていた先輩達はそんな私達を慰めてくれた。
先輩達は東海大会まで行けていたのに!
私は同じトロンボーンのパートだった上野先輩に、絶対に自分らは全国大会に行くって誓ったのに!
なのに、東海大会にも行けずに県大会で終わった……
本当にもう最悪だった。
「青山は精一杯やったんだから、悔いはないだろう」
上野先輩はそう言って慰めてくれたけれど、私はとても悔しかった。
結局せっかく上野先輩と会えたのに、ほとんど話せずじまいだった。
「上野先輩は表山大学に行くみたいよ」
そんな私が同じパートだった本庄七海から教えてもらったのだ。
七海は浪人している上野先輩と同じ予備校に行っていて、たまたま廊下で先輩と出会って志望校を教えてもらったそうだ。七海は羨ましい。上野先輩と一緒の予備校に行けて……もっとも浪人生は日中に予備校に通っていて、高校生は夜がメインだから会える機会は少ないと思うけれど……
私は部活があるから予備校には通わなかったのだ。
部活が終わってからも担任の先生と相談して参考書と問題集を中心に勉強していた。
部活が終わったから後は死にもの狂いで勉強するだけだ。予備校に通う通学の時間ももったいなかったのだ。私は文系なので如何に多くのことを詰め込んで後は問題集でアウトプットするだけだ。
私は私学専願なので英語、国語、世界史のみだ。後はやるのみとひたすら勉強していたんだけど……
憧れの上野先輩が受けるのならば私も受けようと思って急遽志望校を変えたのだ。
その結果がこの様だった。
一緒に受けた七海は受かっていた。
私はその事にもショックを受けていた。成績は私の方が少し上だったのに!
模試の成績も私は七海に負けたことはなかった。
でも、総合選抜入試は面接重視で、私は何故表山大学に入りたいか面接の先生に訊ねられてうまく答えられなかったのだ。
適当にやれば受かるはずだと総合選抜入試を甘く見ていた。本当に準備不足だった。
でも、まだ、入試本番まで残り3ヶ月もある。まだなんとかなるはずだ。
私は一般入試まで今から頑張ろうと心に決めたのだった。
第一志望は表山にして、第二志望を今まで目指していた四谷にした。
偏差値は四谷の方が上だったけれど、学科やテスト方式によっては表山の方が上のものもあった。
「浪人だけは止めてよね」
と、母からも釘を刺されていたから、浪人するわけには行かない。いろんな入試の方式もあるから、受ける回数を増やせば、ある程度の実力があれば合格する確率は上がるはずなんだけれど、一回の試験が35000円もする。本当に最近は大学も商売がうまい。果ては回数割引なるものがあって何回か同じ方式の受験を受けたら割引になるものもあった。でも、割引があっても、無制限に受けられる訳はない。我が家の家計も厳しい。そんな中で東京の大学に進もうとする私は親不孝者だけど……奨学金とアルバイトして生活費を稼ぐから学費と家賃だけはなんとかしてもらうという約束を親とはしていた。だからそんなに何回も私見を受ける訳にも行かない。
それよりも、学力を上げることだ。模試では最高でB判定だ。殆んどがどちらもC判定で、これでは心もとない。もっと頑張らないと。
入試まで残り3ヶ月、私は死にもの狂いで勉強することにした。
そんな時だ。私は参考書を買いに寄った駅前の本屋を出たところで予備校帰りの上野先輩にばったり出会ったのだ。
私は突然のことに心臓がドキンと一回跳ばしてはねた。
「先輩、お久しぶりです」
私が挨拶すると、
「ああ、青山か! ダメ金のショックからは立ち直ったみたいだな」
先輩が笑顔で聞いてくれた。
「はい。部活よりも目の前に入試がありますから」
「本庄から聞いたよ。総合選抜で表山受けたんだって! てっきり上野は四谷目指しているんだと思ったから驚いたよ。どうしたんだ?」
先輩は私の結果は聞いてくれなかったけれど、落ちたのは七海から聞いたんだろうか?
どうしたんだって言われても、七海から上野先輩が表山が第一志望だって聞いたから変えたんだとは恥ずかしくて言えなかった。
「ちょっと、色々ありまして」
私は笑って適当に誤魔化した。
「どうした? 思い立ったら一直線に突っ走る青山らしくない。模擬試験の結果でも、悪かったのか?」
「いえ、まあ、まだ、A判定は取れていませんけど」
「まあ、入試の時は色々悩むけどな。模擬の結果に一喜一憂するなよ。お前はやればできるんだから!」
上野先輩に激励されていた。
「できますかね?」
総合選抜入試で失敗しているから私はあまり自信がなかった。
「大丈夫だ。俺が保証するよ」
「ありがとうございます」
単細胞な私は先輩からそう言われて出来る気がしてきた。
「俺も頑張るから、お前も頑張れよ」
「はい!」
私は先輩が励ましが嬉しくて元気よく返事した。
「じゃあ、俺はこっちだから。お互いに頑張ろうな!」
上野先輩は、そう言うと手を上げて去って行った。
私はしばらく先輩の行った方を見つめていた。
「ようし、今から頑張るぞ!」
私は先輩からやる気をもらって、それから頑張ろうと心に誓ったのだ。
それからは私は必死に勉強した。寝る時間はちゃんと確保したけど……
私は睡眠が不足すると体調悪化で成績も下がる。だから、八時間睡眠だけは守っていた。七海からはお子ちゃまだと笑われていたけれど……
成績が上がればそれで良いはずだ。
そんな中、私は七海の行っている予備校で四谷大学で行っている英語の独自試験を受けた。
これは年会三回受けられる英語の試験なんだけど、一回目は悲惨な点数だった。二回目は一回目のショックを引きずっていたのと第一志望を表山に代えたので受けなかったのだ。三回目の今回は受けないと、不合格が決まってしまう。一回目の英語の試験の成績では、国語と世界史の成績がいくら良くても挽回は不可能だから不合格が決まるのだ。だから今回は気合いを入れてきた。第二志望の大学とはいえ、元々四谷大学には昔から行ってみたいと思っていたし、英語の勉強は表山でも必要だから頑張ったのだ。
それと上野先輩の予備校で試験があるから、あわよければ上野先輩に会えるかな、とほんの少しだけ期待していた。もっとも休みの日だから冷静に考えたら先輩がいるはずはなかったんだけど……
英語の試験は難しかったけれど、ある程度は取れたと思う。少なくとも一回目よりは出来たはずだ。
表山も四谷も英語のテストの成績が大きな割合を占める。英語は昔から得意だったからそれを必死にここまで伸ばしてきた。
テストが終わった。
今回はなんとか出来たはずだ。
出来たと思えたから私は少し浮かれていた。
予備校の駐輪場に向かって歩いている時だ。
私は予備校の渡り廊下の向こうの中庭で女の子が泣いているのを見た。
あれは七海だ。
何で七海がここにいるんだろう?
今日は休みの日なのに?
総合選抜試験で七海が表山に受かったのだから、私は七海があまり勉強していないのを知っていた。
そして、よく見るとその前にいるのが上野先輩だった……
七海がその先輩の胸の中で泣いていたのだ。
私はあまたの中が真っ白になった。
私はそのまま自転車置き場に慌てて駆けていき、自転車を出して思いっきりこいで帰った。
どうやって家に帰ったかも私は覚えていなかった。
私はベッドに突っ伏すと思いっきり泣いたのだ。
私は七海が上野先輩の胸の中で泣いていたのが、信じられなかった。
いつの間にあの二人は仲良くなったんだろう。先輩が在校中は私の方が仲良かったはずなのに!
その日はショックのあまり夕食を食べに自分の部屋を出なかった。今まで高熱を出して寝込んでいても絶対に抜いたことのない夕飯を抜いたのだ。
二階の私の部屋の前まで呼びに来てくれた母親に「いらない」って言ったら私の部屋の前で唖然としたようだが、
「そういう時もあるから」
そう呟くと私を責めずに階段を降りていった。
母はテストの点数が悪かったんだろうとそっとしておいてくれたみたいだ。
ゴメン、テストの点数なんて何も考えていなかった……
私は好きだった上野先輩の胸の中で七海が泣いていたのがショックだったのだ。
その翌朝、私のスマホが光っているのに気付いた。
ラインが届いていた。
誰だろう?
私が見ると何と上野先輩だった。
一体何の用なんだろう?
私は少しむっとした。
『三回目のテストできたか?』
ラインを開けるとそんな文面が出てきた。
「もうほっておいてよ! 私の事なんて関係無いでしょ!」
私は独りで呟いた。
自分のテストの点数よりも先輩と七海が抱き合っていたのがショックなんだから!
私は思わずスマホを地面に叩きつけそうになった。
危ない!
危ない!
以前、部活の時に前のスマホを慌てていて廊下に落として壊してしまったのだ。
「今回だけだからね!」
母に散々叱られてなんとか買ってもらったけれど、次やったら受験終わるまでは買ってくれそうになかった。
『なんか英語のテストで七海がショックを受けていたみたいだから慰めてやって欲しい』
次のメールにはこう書かれていたのだ。
私はそれを読んだ瞬間、私は本当にスマホを地面に叩きつけそうになった。
さすがにやばい!
とっさに叩きつける先をベッドの上にしたのだ。
「自分でやれば良いでしょ! 私はそれでなくてもショックを受けているのに!」
私はキレていた。
私はその日、学校に行く気になれなくて、ベッドから出なかった。
母が心配して見に来てくれたけれど、
「ゴメン。今日は休む」
布団の中から母に言うと、
「美咲、幾ら試験で悪かったからって学校を休むのは良くないわよ。次にかければ良いじゃない」
試験の成績が悪かったから落ち込んでいると思った母はこう言ってなぐされめてくれた。
「ゴメン、今日だけで良いから」
「仕方がないわね。今日だけよ」
母は諦めたように一階に降りていった。
私はその日1日ベッドから出ずに泣き尽くしたのだ。
いつ、先輩と七海が親しくなったか知らないけれど、こうなったら私は身を引こうと。
先輩のことがずっと好きだったけれど、別に先輩とは付き合っていた訳ではないし、先輩が悪い訳でもない。さっさと告白しなかった私が悪いのだ。もっとも告白して振られたらもっとショックが大きかったかもしれないけれど……
それに、一緒の大学に行って先輩と七海が付き合っているのを見てショックを受けるよりは、前もって判って良かった。
受験に恋は御法度だったのに、それに引きずられて私が馬鹿だったのだ。
私は志望校を再び四谷に戻した。二人と一緒の大学に行くなんて出来なかった。
もう先輩のことは忘れて、勉強するのみ。そして、絶対に大学で素敵な彼氏を作ろう!
それからは私はただひたすら勉強した。
四谷の受験に必要な専門の英語テストは合格安全圏にはなかったけれど、可能圏には入れたと思う。
後は国語と世界史を頑張るだけだ。
それから私は寝食を忘れてとはいえないけれど、可能な限り国語と世界史の勉強に力を入れたのだ。
あの後、先輩からは
『受験、頑張っているか?』
そう言うラインが来たけれど、適当なスタンプを押して、誤魔化した。
先輩の笑顔が懐かしかったけれど、もう恋は終わったのだ。先輩は表山で七海と仲良くすれば良いのだ。
私はただひたすら勉強したのだ。
そして、大晦日になった。
今日はトロンボーンのパートのメンバーから声がかかってきて、合格の願掛けを兼ねて近くの天神様に二年参りに行くことになったのだ。
『ゴメン、美咲。ちょっと家族と出かけることになったから行けなくなった』
その夜に陽菜から断りのラインが入ってきたんだけど、ちょっと待って!
『それと葵は風邪引いて来れないって』
『ちょっと待ってよ。じゃあ七海と二人なの?』
『二人仲良かったから良いじゃん』
『いや、まずいから』
『ゴメン、家族に呼ばれたから』
そこから陽菜からラインが入らなくなったんだけど、ちょっと待ってよ!
先輩と付き合っている七海と一緒だなんて絶対にまずいって!
私も風邪でも、引こうか?
でも、もう家を出たし、今更だ。
私は諦めて天神様の鳥居の前まで行ったのだ。
でも、幾ら待っても七海は来なかった。
「何だよ。七海も来ないじゃない!」
私はむっとした。
こんなんだったら家で受験勉強していれば良かった。
もう本番まであと1ヶ月と少ししかないのだ。
「ねえ、彼女。一人?」
待っていたらいきなり軽そうな男人組にに声をかけられた。
「違います。友達と待ち合わせで」
「でも、全然来ないじゃない」
「もう来ますから」
「そうだよ。暇だったら俺達と遊ぼうよ」
男達が私に迫ってきたけれど、
「悪い、待たせたな!」
私に後ろから男の声がした。
ほっとした私だったが、その声に心臓がドキリとする。
「なんだ男連れかよ」
男達は舌打ちして去って行った。
「ほら行くぞ」
私は後ろから来た先輩に手を引かれて歩き出したのだ。
境内の参拝の列の前まで行く。
「何しているんだ。受験前なのに!」
先輩の怒り声が聞こえた。
「先輩こそ何しているんですか?」
私もむっとして言い返していた。
ひょっとして七海と待ち合わせでもしていたんだろうか?
二人して私達に付き合っているって言うつもりだった?
私は心臓が嫌な音をたてた。
「皆で合格祈願に二年参り行く予定だったけれど、いけなくなったら代わりに行ってほしいってさっき本庄からラインが来たんだよ」
何故か不機嫌そうに先輩が話してくれるんだけど。
二人で行く約束をしていたんじゃないんだと少しはほっとした。
「七海の代わりですか」
私がむっとして聞くと、
「今は受験中だからな。受験が終わったら、いくらでも付き合ってやるよ」
先輩はそう言ってくれるけれど、七海と付き合っているんだったら、私はお邪魔虫じゃないの?
私にはよく判らなかった。
「三回目のテストは出来たか」
先輩が聞いてきた。
「はい。一回目よりは」
「そうか。良かったよ。全然連絡来ないから心配していたんだ」
先輩は笑ってくれた。
「青山は良かったけれど、俺は今ひとつだったな」
「えっ、先輩も受けたんですか」
私は目を見開いた。
「七海からは表山受けるって聞いていますけれど」
「表山も受けるけれど四谷が第一希望なんだよ。これは他の奴には内緒だぞ。まだC判定しか取ったことはないからな」
先輩はそう言ってくれるけれど、じゃあ、あの時に予備校にいたのは試験受けたからなんだ。
でも、なんで七海もいたんだろう? 付き合っているから付き添いできたんだろうか?
「七海は元気にやっているのか?」
「それは元気でしょう。だって表山に受かっていますし、もう受験は終わっているじゃないですか」
先輩の問いに私がそう答えていた。
でも、なんで私に聞いてきたんだろう。付き合っているのならば私に聞く必要はないと思うんだけど。
「そうか、なら良かった」
先輩が笑ってくれた。
私は本殿の前で五円玉を賽銭箱に投げ入れる。
そして、二礼二拍手一礼すると神様に四谷に合格しますようにと祈ったのだ。
ちらっと横を見たら、先輩も何か一心不乱に祈っていた。
「さっ、さっさと帰ろうか?」
先輩はそう言うと私を家まで送ってくれた。
先輩と久々に話せて私は楽しかった。
途中で何度か七海と付き合っているんですか?
って聞こうかと口をききかけたけれど、きけなかった。
「先輩、送ってくれてありがとうございました」
私がお礼を言うと
「もしまたこんな事があったら絶対に俺に言えよ」
先輩は言ってくれた。
「あの先輩」
去って行こうとした先輩に私が後ろから声をかけた。
「ん、なんだ」
先輩が振り返ってくれた。
「いえ、何でもないです。受験頑張って下さい」
「お前もな」
先輩はそう言うと手を振って去って行ったのだ。
結局七海と付き合っているかどうかは聞けなかった。
だってもしそうだと判ったら私は二度と立ち直れなくなる自信があった。
怖くて聞けなかったのだ。
四月になった。
四谷大学は桜の花びらが舞っていた。
結局私は表山大学は一般入試でも落ちていた。憧れの上野先輩と一緒に通いたいと思ったのに叶わなかったのだ。
でも、何故か四谷大学には三つ受けたうちの一つが通っていたのだ。
奇跡だった。ここに通らなかったら私も浪人だった。
私はトントンと後ろから肩をつつかれたのだ。
振り向いた私はそこにいた人を見て固まってしまった。
「良かった。青山が見つかって」
「えっ?」
そこには上野先輩がにこやかに笑っていたのだ。
私は何故上野先輩がここにいるのか判らなかった。
「な、なんで上野先輩がここにいるんですか?」
「失敬な、勉強の出来ない俺も死にもの狂いで一年間勉強したんだよ」
上野先輩が少しむっとして答えてくれたんだけど。
「でも、先輩は表山大学目指すって、七海から聞いていたんですけど」
「えっ、いや、青山は前に四谷目指すって言っていたじゃないか。あいつに聞かれた時は俺の実力じゃ表山が限度かなって思っていたんだけど、最初からこの大学を目指していたんだ。一つだけでも受かって良かったよ」
上野先輩がそう言って微笑んでくれたんだけど、それって私が目指していたから先輩も目指してくれたって事?
嘘! そんな事ある?
私の心の中は喜びが膨れ上がった。
「一緒の所に入れて良かったよ。これから四年間宜しく」
「はい」
私は大喜びで先輩に頷いていた。








