第37話 家族
あれから4年と少しの月日が経った。俺は今、朝からトレーニングのために剣を振っていた。
「ふっ! ふっと! はあ……朝からトレーニングは良いもんだな」
今日は朝にしてはやけに暑い日のため、あっという間に汗が滴ってくる。手で汗を拭うと、自分が聖帝時代から愛用している、先端が丸い奇形の剣を鞘の中に収めた。他の剣を使っても良いが、やっぱり手が馴染んだこの剣が一番使いやすい。だから未だに手放さないでいる。
「さてっと、もうそろそろ朝ご飯だからそろそろ食堂に行くか」
今いる庭から食堂まではさほど遠くはない。城の中にはプロの料理人がいるのでとても美味しい。今日はどんな料理が出てくるのか楽しみで仕方がない。
と、そんなことを考えていると、正面から人影が見えた。
「あ、おはようルーカス!」
「おう、おはようティフィー」
元気よく俺に挨拶をしてくるのは、腰近くまで伸ばしている水色の髪の毛が特徴の少女、元アーリア王国の七帝の中の氷帝という称号を持っていたティフィー・ヒムロだ。 俺がまだ七帝時代に唯一、仲良くしてもらっていた理解者でもある。
「今日もトレーニング?」
「もちろん。昔からの習慣だからな」
「だからルーカスは強いに決まってるよね。そうだ、今日も魔法のこと教えてほしいの。良いかな……」
「ああ、昨日の続きで良いか?」
「うん! 今日も書物室で待ってるね」
「分かった。夕方になったらそこに向かうよ」
「うん分かった! じゃあね!」
ティフィーは手を振りながら右手方向へと走り去ってしまった。これから彼女にとってお姉さん的存在である、ティフィーと同じ元七帝の木帝カラー・ハキハのところへ行くのだろう。
ぐぅ〜
俺の腹が鳴った。トレーニングのおかげでめちゃくちゃお腹が減っている。だが、食堂に向かう前にどうしても寄らないといけないところがある。多分まだぐっすりと眠っているだろうな。
室内に入り、城の正面に現れる横幅が広い大きな階段を上がって左側に行くと、俺の寝室がある。そこの扉を開けると――――ベットの上ですやすやと眠っている1人の女性と幼い子が1人いた。
俺は2人の傍に寄ると、幼い子の頭を撫でて、その隣で寝ている女性を見つめた。そう、この女性こそ、俺の妻でこの国を治めている魔王でもあるアンラ・スルターンだ。そしてベットの真ん中でゴロゴロと転がりながら寝ている子こそが、俺とアンラの間に生まれた娘だ。寝ている姿はアンラそっくりだ。
「おーいアンラ。朝だぞ」
「うーん……ふわあ……」
アンラはむくりと起き上がると、あくびをしながら腕を伸ばして背伸びをした。開いている窓から入る朝の柔らかくて涼しい風が、彼女の黒くて長い髪を靡かせる。この瞬間も俺にとっては、とても美しく見える。
「おはようルーカス……。起きるの早いね……」
「ああ。朝のトレーニングは大事だからな」
「そっかぁ」
まだ少しだけ寝ぼけているのか、ぼーっと正面を見つめたままだった。
アンラは朝の目覚めに弱いため、起きてすぐの時はいつもこうだ。でも、これはこれで彼女の可愛い一面を見られるので俺にとっては嬉しい。
「ルーカス」
「ん? 何だ?」
「いつもの……」
「分かった」
俺はアンラの隣に移動して、ベットの縁に座った。お互い見つめ合って、ゆっくりと顔を近づけ、そして唇が重なり合った。
「――――ん」
アンラの吐息と漏れた声が、俺の耳に直に伝わってくる。とても色気があって興奮してしまうのは今も変わらない。
「――――うん! これで、今日も一日頑張れる!」
「俺も一日頑張れそうだ! じゃあ朝ご飯食べに行こうか」
「そうね。朝だって、起きなさい。朝ご飯食べに行くわよ」
まだ寝ている我が娘の頭を優しく撫でながらそう言うと、目を擦りながらゆっくりと体を起こした。
「うーん……まだ眠いよぉ〜」
「そんなこと言ってたら、シーアちゃんと遊べなくなるわよ?」
「――――!? お、起きる……! ちゃんと起きる!」
「ははは……! よし、良い子だ! 朝ごはん食べて、シーアのところへ行こう」
「うん! パパ!」
シーアという名前を聞いた途端に飛び起きた少女。俺は彼女の頭を撫でてあげると、目を瞑って嬉しそうな顔をした。
アンラが妊娠したことを知って、2人でお互いに意見を出し合いながら考えに考えた。そして2人で決めたこの子の名前は――――。
「はしゃがないで、ちゃんとママの手を繋いでいるんだぞ? サエイダ」
「うん! わたしちゃんとママの手繋いでる!」
「じゃあ俺は一旦汗を流してくるから先行ってて」
「うん、分かった。先に行って待ってるわね」
サエイダ……この地域の言葉で『幸せ』という意味。
いずれはこの子も魔王として、シャイタンを治める身になる。この国の幸せ、それとこの子もみんなに愛されて幸せに育ってほしいという思いから、この子にその名前を付けた。そしてこの名前のお陰か、サエイダは病気になったことは1回もない。、元気でみんなに愛され、幸せに暮らしているシャイタンのお嬢様になったのだ。そんなサエイダのことを、俺とアンラは誇りにしている。
3人で朝飯を食べ、身支度を整えると俺たちは城から出て街の中へ入る。
シャイタンの街は俺が来た当初から変わらず、魔族やモンスターたちが通りを埋め尽くしている。しかし、唯一変わったところがあり、それは人間も入り混じっているということだ。
アーリア王国が滅亡し、シャイタンの一部となったことで交流が盛んになった。そのおかげで魔族とモンスター、そして人間との間の壁がなくなり、仕事をともにしたり異種の子どもたち同士で遊んでいる様子も当たり前に見るようになった。
アーリア王国が滅亡して4年が経っているが、いまだに感慨深いものがある。
「この街も、随分変わったわね……」
「本当だな⋯⋯。この光景を見るたび、今になっても夢を見てるのかって思ってしまうくらいだよ」
「わたしも同じ。これもルーカスのおかげね」
そう言って、アンラは俺の顔を近くで見つめた。
「や、やめてくれよアンラ……。サエイダも見てるし、周りの人も……」
「ふふっ、何だかそんな表情を見たのも久しぶりな感じがする」
「――――」
俺の顔が熱くなっているのはすぐに分かった。サエイダに変なところを見られるのはまずい。とにかく、早くシーアのところへ行こうということを促してごまかした。
「パパー。何でそんなに顔赤いの? もしかしてお熱あるの?」
「ち、違うよサエイダ。パパのことは気にしなくていいから、な?」
「ふーん……」
サエイダは何があったのか理解していないので首を傾げた。危ない危ない……。子どもの前でそんな会話は極力控えようってアンラと約束したはずなんだけど……。
そんなことを思いながら、ちらりと彼女を見ると……ニヤニヤと微笑みをしながら俺を見ていた。
「――――」
どうやら、またアンラにからかわれてしまったようだ。
頭を掻きながら3人で歩いているうちに、周りの風景が少し変わった。商店街が立ち並ぶ通りから少し外れると、今度は住宅街が広がる。
住宅街が立ち並び始めたところから4本目の路地を右に曲がってすぐのところ、2つ目のこじんまりと立っている住宅がある。そこには、元アーリア王国王妃だったシャルロット・アーリアとその娘シーア・アーリアが暮らしている。
「サエイダ、ドアをノックしてきて」
「うん!」
サエイダは門をくぐってドアの前まで駆け寄ると、コンコンとノックをする。俺とアンラもサエイダの後をついて行った。
少しばかり待つと、ドアが開く音がした。
「はーい……あら、おはようサエイダちゃん!」
「おはようございます! シーアのま……お、お母さん」
「あらあ、別にママって呼んだって良いのに。まあとにかく、さあさあ上がってちょうだい!」
「「「お邪魔します」」」
シャルロットさんの家の中はいたってシンプルだ。豪華な装飾は一切なく、棚に本や小物が飾られていたり編み物があるだけ。本当に市民の暮らしと変わらない。
この家には庭があって、それはシーアが外で遊べようにするために設置したのだという。隅には小さな花壇と畑、後は全部芝生に覆われていて、裸足でも痛くないようになっている。
サエイダとシーアは一緒にここで遊ぶことが大好きだ。いつも鬼ごっこをしたり、投げ輪を使った遊びをしたりしている。
そんな2人を見ながら、俺とアンラとシャルロットさんでお茶を飲んでいた。
「サエイダちゃんは今年で4歳になるのかしら?」
「ええ、早いもんですね」
「シーアちゃんももうすぐ7歳になるんですよね?」
「そうなのよ。今は勉強を中心に教えて、これから色んなことも教えていくつもりよ」
シャルロットさんはかなり教育に熱心な人だ。シーアには色んな経験をさせて、大人になって独り立ちした時に苦労しないようにするためだと本人は語っていた。
同じ親子として本当に尊敬していて、参考にさせてもらっていることも多々あるくらいだ。
「2人もサエイダちゃんが生まれて、お母さんお父さんって感じになったわね」
「そ、そうですか?」
「何だかそう言われると……嬉しいような恥ずかしいような……」
シャルロットさんからそう言われ、俺とアンラはお互いに顔を見た。
アンラは頬をほんのりと赤く染めた。俺も少しだけ顔が熱いのを感じるため、俺もそうなっているだろう。他人からそう言われると、自分も親になったのだと実感させられる。
「特にルーカスは昔から知っているから余計にそう感じるわ。七帝の頃からシーアにはお世話になっていたもの」
「あの頃はあんなに小さかったシーアも、今となってはあんなに大きくなったんですもんね」
七帝になったばかりの頃は、シーアはまだ2歳だった。その時からシーアはよく城内を走り回っては俺のところへ来て遊んでいた。
俺は一人っ子で育ったから、女の子の遊びなんて最初はわからなかった。シーアにおままごとをしようと言われても、どんなことをすれば良いかわからないし……。でもそのおかげで、サエイダが生まれて一緒に遊ぶ時はこれをして遊ぼうと言われても苦労することはない。シーアには、結構感謝しているのだ。
「ママー!」
「あらどうしたの? もう疲れちゃった?」
「うん……」
「サエイダちゃん疲れちゃったんだって」
遊び終えたサエイダはアンラのところへと駆け寄り、膝下に凭れかかった。時計を見るともう昼近くになっていた。
「じゃあ今日はみんなでお昼ご飯にしましょうか! アンラも作るの手伝ってもらってもいいかしら?」
「ええ! 勿論ですよ!」
シャルロットさんとアンラは昼飯を作るためにキッチンへと向かっていった。シャルロットさんの料理を食べられるのは1ヶ月ぶりか……。
元々一般の市民だったこともあって、彼女は料理も上手い。それを見たアンラはそれに感動してしまったようで、最近はアンラも一緒に料理を手伝うことが多くなった。
今まで城で暮らしてきたアンラは、中には料理人がいるため何もしなくても料理が出てくる。そのため、アンラは基本的な家事が出来なかった。
だが、シャルロットさんに色々教えてもらっているらしく、最近は服を綺麗に畳むことが出来るようになった。少しずつだが、アンラも女性らしい仕事を覚え始め、成長を感じている。
◇◇◇
「またねサエイダちゃん!」
「うん! また遊ぼうね!」
玄関で手を大きく振るシーア。サエイダも控えめながらシーアに向かって手を振った。
「また遊びに来てちょうだい。わたくしはいつでも歓迎するわ!」
「はい! ではまた!」
俺とアンラもシャルロットさんとシーアに向かって手を振りながら、城に向かって歩き始めた。帰った後もゆっくりと過ごしたいところだが……明日から一週間、国の防衛のために朝早くに出ないといけない。
魔王であるアンラと結婚している今、城で暮らしている俺が何故未だにそんなことをしているのか気になる人もいるだろうから説明しておくと、これは俺とアンラが最初から決めていたことだ。
アンラは昔からずっと市民を大事にしてきたため、いまだに市民の手伝いを続けている。それは俺だって同じで、全部贅沢はしないで自分のできる仕事は徹底的にすることを心がけている。
アンラが市民の仕事を手伝うなら、俺は国の安全を守ることだ。それに、アーリア王国にいた七帝たちが全員ここにいることもあって、結構楽しいのだ。
「パパ、明日からお仕事行っちゃうの?」
「そうだ。寂しいかもしれないけど、いい子でいるんだぞ?」
「うん。ちゃんといい子でいる」
サエイダはそう言ってくれたが、どこか寂しそうな顔をした。俺だって自分の愛する娘の顔を1週間も見られないというのは結構つらい。しかし、これは避けては通れない。
それにサエイダが泣き出してしまったら、さらにそういうふうに思ってしまうが……。サエイダは目には涙を溜めているが、流さないように必死に我慢している。本当に強い子だ……!
サエイダのこの表情を見るたびに思い、逆に俺が泣きそうになるという事態になってしまうのだ。
「本当にルーカスって涙脆いところあるよね」
「べ、別に泣いてないからセーフだ……」
俺は視線をそらしてごまかしたが、丸わかりに決まっている。アンラはくすくすと笑った。
「サエイダ、しばらくパパいないからいっぱい遊んだらどう?」
「よし! 今日はとことん遊ぼうか!」
「もう疲れたからいい」
「ええ……」
サエイダは眠たそうな目を擦りながらそう言った。
言われた俺は何だか寂しかった。




