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祝福 7

 身辺整理をするための時間を。

 などとガブリエルは言っていたが私は何もしていなかった。

 そんな暇があるなら自己研鑽に時間を費やした方がよっぽど有益だと思ったからだ。


【あんたマジに何もしてないね。社会人としてどうなのよ?】


 無明の闇の中、修行に協力してもらっているライラの声が響く。

 声は聴こえるがどこに居るかがまるで分からない。流石は音に聞こえし大悪魔といったところか。


「悪魔のくせに常識的なことを言いますね」


 ちなみに彼女が協力してくれている理由は二つ。

 私が死ねば次郎きゅんが悲しむのと、大天使に嫌がらせをできるからだ。


「大体、死んだ後のことを考えるなんて負けに気持ちが偏っているようなものではありませんか」


 私からすればガブリエルの提案は場外戦法のようなものだと吐き捨てる。


【天使フォローする気はないけど普通に善意だと思うよ?】

「善意も悪意も受け取り手次第でしょう」


 それに、だ。


「理不尽な理由で命狙って来たんだから私が死んだなら後始末はあちらの役目でしょう」


 何を殺す相手に無駄な仕事を押し付けようとしているのか。

 私にはまるで理解ができない。

 とりあえず英語教師の補充はしっかりやって欲しい。

 少し前に二年の英語を担当されていた佐伯先生が郷里のご両親の介護で退職してしまったのだ。

 今は一年担当の私と三年担当の長瀬先生でやっているが私も居なくなれば……。


「何ならガブリエルが直接、代打で入るのも良いかもしれませんね」


 教え導くのは得意だろう。

 私と佐伯先生が抜けた穴も一人で埋められるはずだ。

 天使長の仕事もあるがこれぐらいはやってもらわなければ。


【うーん、このナチュラルな傲慢さ。知ってる顔を思い出すわ~】


 ぞわりと背後に悪寒。咄嗟に飛び退くと瘴気の刃が通り抜けて行った。

 音も気配もなかった。躱せたのはひとえに生存本能によるものだろう。


(肌がひりつくようなこの緊張感。堪りませんね)


 思わず口元が緩んでしまう。


【……あんた、ちょっと楽しんでる?】

「否定はしませんよ」


 自分以外の誰かの命が懸かっているなどであれば別だが今回は違う。

 命の危険があるのは私だけなので正直、気は楽だ。

 だから命懸けの修行も楽しめるし、ガブリエルとの戦いにも胸躍らせられる。

 何せ普通にしてればお目にかかることもできないようなビッグネームなのだから。


【つくづくらしくないわね……でも、楽しんでる余裕なんかあるワケ?

あんたは大天使と呼ばれる位階には達してるけどガブリエルと互角かっつったらそうじゃないでしょ?】


 それぐらいは分かっている。だからこうして修行しているわけだし。

 翼の数はバロメーターではあるが同じ枚数であっても当然、力の差は生じる。

 百年も生きていない小娘と神の使徒として長い時間を生きてきた百戦錬磨のガブリエル。

 力も経験も圧倒的に私が劣っているのは明白だ。


「だから良いんじゃないですか」


 再度、闇に紛れての攻撃が飛んで来た。

 先ほどよりも余裕を持って対処できた。


「絶望的な差のある敵を相手取って彼方に霞む勝利を掴む。少年漫画の王道でしょう?」


 堪らなくそそる。

 ジャイアントキリングは古今東西、多くの者の心を掴んで来た。私とて例外ではない。


「見ているだけでも楽しめるんですよ?」


 光を右手に収束させ虚空に貫き手を放つ。

 浅くはあるが確かに捉えた。指先に付着した血痕が何よりもの証拠だ。


「成し遂げる側ともなればその快楽はどれほどのものになるんでしょうね」

【……まーじであんた、こっち側なんじゃないの?】

「失礼ですね。天使ですよ私は。心も体も」


 更に感覚を研ぎ澄ませギアを上げようとしたところでアラームの音が鳴り響いた。

 闇が霧散しトレーニングルームの無機質な光景が戻って来る。


「王子様の指導を減らしはしても無くしはしないんだねあんた

「当たり前でしょう」


 減らすのだって苦渋の選択なのだ。

 週に一度のこの時間だけは死守しなければいけない。

 一時期とはいえ完全に止めてしまえば確実に私のモチベは落ち込む。


「まあ良いけどさ。あたしも真のご飯作らなきゃだし」

「……お母さんですかあなたは」

「しゃあないでしょ。ほっといたら栄養さえ取れば良いやみたいな献立になっちゃうんだから」


 それがお母さんだと言っているのだが。


「ってかあんたシャワー浴びる時間もないけど良いの? 王子様もう来ちゃうわよ?」

「問題ありません。次郎きゅんは女の子の汗にキュン来るタイプのようですからね」


 無論、乙女として体臭とか気にならないでもない。

 だが同時に男の子がそういったものを好む気持ちも分かる。

 エッチな漫画のジャンルでもメジャーというわけではないがニッチというほどでもないジャンルだし。

 愛好家としては理解を示せる。私も嫌いじゃありませんし。


「どうです? 今の私の姿。ジムに通う人妻系の話なら準備万端って感じでしょう」


 上気した肌。浮かぶ汗。体のラインが際立つ露出多目のトレーニングウェア。

 これはもうあと2,3ページまくったらってところだと思う。


「知らねえし……じゃ、あたしもう行くから」

「ええ。今日はありがとうございました。またよろしくお願いします」


 ライラと入れ替わりでジャージ姿の次郎きゅんがやって来た。

 今日は土曜だから遊びの帰りなのだろう。その足取りは実に軽やかだ。

 ……ガブリエルと父の気配がするのは少々、気にかかるが。


(大方、お父さんが良い機会だからと身分を偽らせたガブリエルと交流を持たせたのでしょうね)


 確認がてらそれとなく話を聞いてみると、


「はっつぁんの友達だっつーガブリエラさんって人をあちこち案内してたんすよ」


 あまりにも捻りがない偽名だ。センスがない。


「ガブさんすげえ良い人なんすわ。名前も天使っぽいし先生とも気が合うんじゃないかな」


 いやあ、近い内に殺し合うんですけどねその方と。


「それはさておき」

「? どうかしましたか」

「や、そのー……立ち入って良い事情なのかどうなのか迷ってたんすけど」


 少しの逡巡の後に次郎きゅんはこう切り出した。


「多分だけど先生、近い内に何かデカい戦いがあるんじゃないすか?」


 ライバルとの最終決戦みたいな、と。

 残念。ライバルというか怨敵は既に葬ったのでこの世には居ない。

 ……笑って逝かれたので勝った気はしないのだが。


「まあ、そうですね」


 ちょっと忙しくなるから指導の時間が減るとは言ったが別段、隠し立てはしていなかった。

 何かと他人を気にかけてしまう次郎きゅんなら気付いて当然だろう。


「俺に時間を割いてくれてるわけだけど大丈夫っすかね?」

「問題ありません。私にとっても良い息抜きになっていますし」


 メンタル面での利益を甘受しているので問題ないと笑う。

 これは事実だ。気を遣っているとかそういうことではない。

 週一の触れ合いがなければやってられない程度には今、色々ハードだし。


「それなら良いんですけど……あの、何か俺が力になれることありますかね?」


 その気持ちだけで、と口にしようとして天啓が閃く。

 ライラやバアルとの修行は実りのあるものだ。

 しかし、決戦の日までに勝機を掴むほどのものを得られるかと言えばそうでもない。

 だから何か、切っ掛けを探していたのだが……これはいけるのでは?


(ガブリエル、というか大天使の性質上、資格なしと判断しても即座に殺しはしないでしょう)


 見切りをつけた時点で一気に消し飛ばすとかはない。

 満身創痍に追い込んだ後で問答が挟まるだろう。

 裁きを下す者という立場上、そうしなければいけないから。

 ならば恐らくいける。問題は私自身がやれるかどうかだが、


(自分を信じない者に勝利を掴めるはずがない)


 やる前から負けること考える馬鹿いるかよと偉大なレスラーも言ってたし。

 そして何より次郎きゅんの助力があるのだから必ずやれる。

 必ず最後に愛が勝つのだと証を立てようではないか。


「そう、ですね。なら一つだけお願いしてもよろしいでしょうか?」

「! はい! 何でも言ってください!!」


 嬉しそうだなあ。可愛いなあ。ちゅき。


「先生と一日、恋人になってくれませんか?」

「へ?」


 次郎きゅんからすればあまりに突拍子のない提案。戸惑うのも無理はない。

 私は構わず言葉を続ける。


「次郎くんも察しているように命の懸かった大きな一戦が控えています。

勝算もぶっちゃけると高くはありません。しかし私に退くという選択肢はありません。

私が私であるためには避けられない戦いで必ず私一人でやり通さなければいけないのです」


 次郎きゅんが息を呑んだ。

 よしよし、良い感じに悲壮な覚悟が伝わってますね。


「恐れはありません。負い目もありません。ただ、死ぬかもしれないと考えた時に思ったんです。

そう言えば色恋沙汰とは無縁の人生だったなと。だから一度ぐらいは女の子らしいことをしたいなって」


 私の言葉を受け彼は、


「……その、俺で良いんすか?」

「はい。私の身近に居る殿方でと考えるなら次郎くんかなと」


 もし恋人などというものができるならあなたのような人が。

 そう言って渾身のスマイルをぶちかましてやると次郎きゅんは顔を真っ赤にしてそわそわし始めた。


「そ、そっすか? じゃ、じゃあまあ……えっと、俺で良いなら一日バッチリ恋人やらせてもらいます」

「ふふ、ありがとうございます」


 完璧だ。勝利への道筋は最早、九割方整ったと見ても良いだろう。

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今世 天使と人間の混血 前世 ライラと同族の悪魔 彼女はこれですね
次郎君見た目チャラいけど育ちが良いからそりゃしたたかな女性に翻弄されるよね ミカエラさんはせめて社会常識は守ってくだせぇ・・・
条例さんは無力だぁ
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