悪い奴だぜルシファー… 終
重い足を引きずりようやく我が家に辿り着く。
深々と溜息を吐きドアを開けとぼとぼと中へ。
「ん、おかえり」
【うぇーいおかえりー。しっかりアオハルして来た~?】
リビングに入ると親父とお袋(遺影)がソファで寛いでいた。
「……親父、仕事は?」
「今日は早上がりでな。親睦会はどうだった?」
荷物を置き深呼吸。
「? どうした急に屈伸始めて」
思いっきり息を吸い込み、
「この――――禿ェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」
叫びと共に床を蹴って跳び上がりドロップキックを禿の頭に叩き込む。
親父がおもっくそ吹っ飛びテレビの画面に顔面から突っ込んだ。
普通の親父にこんなことをすれば一発アウトだがこの禿は普通の親父ではないので何も問題はない。
【え、何DV? どしたん話聞こか?】
「は、反抗期というやつか……? やはり父子家庭だから?」
【でもママちゃん実質復帰みたいなもんだし全然リカバリきくっしょ】
「みーちゃんのそういうポジティブなとこちゅき」
「うるせぇァ! 禿テメェコラ! テメェのせいでとんでもねえことになっちまったじゃねえか!!」
何がちゅきだ地獄突き喰らわしたろかボケェ!!
「???」
【とりま落ち着いて最初っから話てみ? ママちゃんしっかり聞いたげるからさ】
お袋に宥められ少しばかり落ち着く。
というかこの様子を見るにひょっとして……。
「……おい親父、お前魔王辞めてから魔界に帰ったことある?」
「ない――――というか魔王辞めたこと話したっけ?」
……マジかコイツ。
え、そんなことってある? 普通、多少は気にかけるもんじゃないの? 仮にも王様だったんだよ?
信じられないほどのドライさに俺は軽く引いていた。
「……とりあえず聞け」
昨夜の出来事をざっくり親父(とお袋)に伝えると、
【ウケる(笑)完全にストーリー始まってんじゃん】
ウケる(笑)じゃねえんだわ。
「ほー……代理戦争ねえ。そうか、そんなことになっていたのか」
「他人事みてえに言ってんな禿ェ! お前が跡濁しまくってフライしたせいだろうが!!」
「まあ怒りの理由は分かった――――が、これもう父さんにはどうしようもないだろ」
「あ、あん?」
「お前もちらっと考えたんじゃないか? 今更私が戻ったところで、と」
「それは」
その通りだ。
「次郎、お前の推測は正しいよ。実際、私が魔王やってた頃から既に兆候はあったからな」
「……どういうことだ?」
「私はあくまで元は天使ということだ。ルシファーは魔王だが悪魔の始祖というわけではない」
魔界に堕ちた堕天使ルシフェルが先住悪魔を力で捻じ伏せて魔王ルシファーになったってことか。
圧倒的な力ゆえに表立って逆らう者はいなかったが火種は燻り続けていた、と。
「話が早いな。その通りだ。私が君臨するまで魔界を分割統治していた者らがいてな」
「面従腹背で虎視眈々と親父を蹴落とす機を窺っていた」
「うむ。実質寿命なんてないようなものだからな。気長にコツコツ準備を整えていたようだ」
叛意には気付いていたが詳しく調べることもなく放置していたらしい。
サプライズで楽しみたかったというのが親父の言だ。
「超常の力を秘めた人間の力を目覚めさせるだけならまだしも力を与えると来た」
「それがどうしたってんだ」
「上位の悪魔なら素養のない人間にも強大な力を後付けできようが中位下位ならそうもいかない」
……すっげえ場違いな感想だけどさ。
「恐らく代理戦争への参加資格を有する者は全ての悪魔だろう。
ゲームである以上、ある程度の公平性――いやさ公平感は担保されていると見るべきだ。
となると種、のような形で力を与えそれを育ませてるという感じかな?
私の推察が当たっていてゲームがそういう仕組みだというのであれば十年そこらじゃ準備は整わんよ」
親父が何か大物感出して偉そうに語ってるのすげえムカつくんだけど。
本来の姿なら圧倒されるんだろうけどさあ……禿でデブで眼鏡だし。
「恐らく人間を使って私を討つつもりだったんだろうて。良いね、楽しそうじゃないか」
【やっべたろちゃんカッケー。超魔王(笑)】
「いやぁ」
照れるな。
「話を戻そう。邪魔な私が勝手に消えたからこれ幸いにと仕込みを流用してゲームの形を整えたのだろう」
「何でそんなまわり……ああ、そういや他の悪魔には腕っぷしだけでまとめられるほどの力はないんだったか」
「人間にとっても穏当な形に落ち着いたんじゃないか?」
「穏当って」
「仮に私を討つための計画が発動していたのならもっと無差別だったろう」
どういうことだと問いただせば親父はスルメを齧りながら何でもないように言った。
「無作為に力の種をばら撒くことで人間界に混沌を生じさせる。
善人悪人問わず力を持ったのなら当然、衝突が起きようさ。
争いを誘発させ蟲毒のような状況を成立させ魔王殺しの剣となる者を見出すつもりだったんだろう。
と同時に人間界でそこまでの規模の事件が起これば善なる人外どもも首を突っ込まざるを得ない。
混沌は更に加速するだろう。そうして極限まで熱が高まったところでいよいよ本番だ」
げっぷすんな。ビール飲むのやめろ。
「人間界に起こった混沌の全ては魔王ルシファーが原因であると告発するのさ。
ほら、そうすれば魔王VS勇者with善なる人外の構図が出来上がりだ」
いやいやいや、
「そんなん親父が否定すれば良いだけじゃん」
「誰が信じる? 計画を練っていた者らは火種をばら撒く際、悪魔の影をちらつかせるだろう」
これだけのことをやらかすのは魔王ルシファー以外にはあり得ないってか。
「そして私もいざそうなれば否定はせん」
「な、何で」
「所帯を持った今の私ならばいざ知らずかつての私は独身貴族を超えた独身皇帝魔王ルシファーだからな」
皇帝なのか王なのかどっちなんだよ。
「面白そうだと判断すれば全力で乗っかる。現に私好みの構図だからなこれ」
「……黒幕たちはそこらも織り込み済みで」
「当然。狡猾さがなければ悪魔などやってられんよ」
「はあ……理解したよ」
親父の推測通りならという但し書きはつくが、確かに人間にとって今の状況は穏当な形なのだろう。
「そしてこの絵を描いた者たちにとっても、だな。
私を討つためであれば善なる人外の介入も辞さずだが別に好んでやりたいことでもない。
あくまで勝率を上げるため。介入がなくても事が成るならその方が良い」
なるほど。
「……つまり親父はクソの役にも立たねえってわけだ」
代理戦争のことも初耳だったのだ。
飛鳥や了のこととか聞いても無駄だろう。
「そういうことだな。私としても仕事が忙しいしバカ騒ぎに付き合う暇はないんだ」
す、すっかり所帯染みちゃって……それでも魔王かテメェ。
「ただまあお前が関わるというのであれば少しぐらいは助言もできよう」
「助言?」
「桐生くんと如月くんだったか? お前の友達は」
「う、うん」
「イレギュラーな存在のようだが十中八九、誰かが裏で糸を引いた結果だろう」
入念な準備の末、始まった代理戦争。
誰の意図も絡まぬ完全不具合などはそうそう発生しない。
ならばこのイレギュラーは何者かの意図によるもの。
「お前たちを襲った迷宮狂いとやらも自覚はないが利用された結果なんじゃないかな」
ルシファーの息子というのは完全なイレギュラーだったろうがと親父は笑う。
いや笑いごとじゃねえんだわ。
「次郎、友達を取り巻く謀に全力で乗っかりなさい」
「はぁ!?」
良からぬこと考えてる奴に利用されろってか!?
「冗談じゃねえ!」
「そうじゃない。闇雲に抗っても効果はない――どころかややこしくなるだけだと言ってるんだ」
「……?」
「敢えて乗っかり見に徹するんだ。その上でひっくり返すタイミングを見極める」
「ひっくりかえすタイミング」
うむと親父は頷いた。
「そうだな。分かりやすい例えをするなら……そう、トランプタワーだ。
一段目二段目で崩したところで相手からすればさしたる痛手ではないだろう?
それぐらいならさっさと積み直せるし精々ちょっと苛つくぐらいだ」
なるほど。
四段目五段目。ある程度積み上がってからでないあとダメージは与えられないと。
それと同じでどこで動けば効果的にダメージを与えられるのか。
その兆しを見つけるために我慢しろってことか。
「そう。しばらくは状況に流されながらどのような企みがあるかを突き止めることに専念すると良い」
「……ん、分かった」
「それで良い」
ふっと微笑んだかと思うと親父はもにゅ、と自分の二重顎を摩りながら呟く。
「それにしてもミカエルの娘が次郎の担任とはなあ。というかアイツ、何時の間に娘なぞこしらえたのか」
「そうだ! それだよ! 親父、ミカエルってあんたの弟なのか!?」
「ん? ああそうだな。まあ私が魔界に堕ちてからは顔を合わせていないが」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
【何々どしたん話聞こか?】
先生のお姉ちゃん発言からしてそうだろうとは思ってたがやっぱりか! やっぱ親戚か!!
クッソ親父のお墨付き出ちまった! 昨夜はそれどころじゃなかったけど親類ってことは、
「折角鬼好みな女性だったのに!!!!」
【え、じろちゃん色を知る年齢? ウケる。ちょ、ママちゃんとコイバナとかする?】
他人なら年上で教師だろうがガンガン行けっけどさあ! 身内はアウトだわ!
向こうもぜってーそういう目で見てくれねえし俺もめっちゃもにょるもん!!
「次郎、日本の法律ではいとこならセーフだぞ」
「気分の問題だよ馬鹿!!」
ってか俺が姉を感じてたのも性癖じゃあくてマジの身内だからかよ!
「あー……やる気なくなった……向こう一月はやる気出ねえわ……」
【ドンマイ! まーそういうこともあるっしょ】
「軽いよお袋……あ、そうだ。親父、藤馬との戦いでスマホぶっ壊れたから新しいの買ってね」
「スマホ壊れたのか? それは困るな。これから買いに行くか?」
普通に壊れたのならしばらく我慢しろか修理に出せで済ませられるだろうが今回は違う。
マシな形になったとはいえ親父が原因で発生した争いに巻き込まれてのことだからな。
親父も迷惑料だと思ったのだろう、すんなりと受け入れてくれた。
「いやごめん今日はこの後、先生とウォッチャーのアジト行く約束あるから明日でしくよろ」
「了解。なら明日の午後にしようか」
「うん」
と、そこで遺影のお袋が何やら考え込んでることに気付く。
「どしたんお袋? 話聞こか?」
「母さんが伝染ってるぞ。それはさておきどうしたんだい?」
【いやふと思ったんだけどさあ。たろちゃんめっちゃ怪しくね?】
「「はい?」」
どういうことだと首を傾げる俺たちにお袋は続ける。
【いやだってじろちゃん取り巻く状況ってさ。明らかにたろちゃんの陰謀っぽいじゃん】
「「あ゛」」
言葉は足りなかったがそれでも十分、察せられた。
言われてみりゃ確かにそうだ。
「親父の失踪に端を発する新たな魔王を決めるための代理戦争にルシファーの息子が友人二人と巻き込まれる」
「その二人は明確なイレギュラーでしかも三人は親友と来た」
「で、俺らの窮地を救ったのがミカエルの娘。関係性は教師と教え子」
俺と親父は顔を見合わせる。
「親父めっちゃ黒幕臭いな!」
「私めっちゃ黒幕臭いな!」
完全に何か企んでるだろ。これで企んでないって言われる方がおかしいわ。
おいおいおいおい何だこのアホのピタ●ラスイッチ。
陰謀部分は確かにあるだろう。だがそれは飛鳥と了、ミア先生のとこで俺は完全な部外者だ。
なのに俺という要素が偶然混じったことで謀の色が尋常ないほど濃くなりやがった。
「「【ウケる(笑)】」」
いや笑いごとじゃねえんだけど逆にもうここまでくると普通にウケるわ。