変人ラッシュ 12
真との戦いを終えとぼとぼと家路につく次郎の姿を遠くから眺める者が居た。
「……彼女は望みを叶えたのだな」
「ええ。あの子が、明星くんが望みを叶えてあげた」
清水と愛衣だ。
二人は次郎が現実に帰還してからそれとなくその動向を見守っていた。
何らかの策謀というわけではなく単純に心配だったからだ。
手に余るような事態があれば夏休みの間ぐらいは影ながら助力をしようと思っていた。
そんなことを考える時点で“綻び”が見えているのだが当人たちにその自覚はない。
「どう思う?」
「見たところ新たな力を得たという感じはなさそうですね」
心配だから見守っていたというのは嘘ではない。
しかし途中からは別の理由も増えた。
以前から疑問に思っていた事柄の手がかりが得られるかもと考えたのだ。
それがプレイヤー二人との戦いである。
「ダイナーなる少年と堤平さん。愛理には及ばずともしかし有益な固有能力の持ち主だ」
ダイナーの固有能力はイメージの体現。
忍者ならば分身は使えて当然のこと。ならば自分にも使える。
強く想う必要があるもののそれだけに使用条件を満たせばかなり強い固有能力だ。
そして真。こちらは常時100%の打撃を繰り出せる固有能力だ。
相手の硬さや自身のコンディションなどを全て無視し常に100%の打撃を放つことができる。
徒手による近接戦闘を主としている人間にとってはかなり強力な武器だろう。
「にも関わらず明星に愛理の時のように能力が宿った様子はない」
「相手の殺害が獲得条件なのでしょうか?」
「その可能性もなくはないと思うが倒した相手の能力をそのままというわけではないからな」
「そこまで条件は厳しくない。倒す程度でも問題はなさそうだ、と?」
「僕はそう思う」
二人は以前から次郎が愛理由来であろう力を会得したことについて疑問を抱いていた。
特異な敵と戦う経験を経て自らの裡より新たな力が芽生えたならそう不思議なことではない。
特級の潜在能力を持つ少年ゆえそれぐらいは普通にやってのけるだろうとスルーできる。
実際、傍から見れば次郎の使う炎は愛理の能力は別物だ。
愛理由来ではなく次郎が独力で芽生えさせたものだと思うだろう。
だが次郎が能力を行使する際、手に浮かぶ刻印と……力の気配。
あれは紛れもなく愛理のものでだからこそ二人には理屈が分からなかった。
「……困りましたね。能力獲得の光景を見れば少しは何か分かるかと思ったのですが」
「ああ。愛理の力は全て了に統合された。僅かな欠落もなく、だ」
「統合された力が減っていたのならばそこから明星くんの力になったのだと納得できますが」
あの力は一体、どこからやって来たのか。ようはリソースの問題だ。
次郎が自ら目覚めさせたのなら彼自身のリソースで。
愛理が与えたというのであれば……いいや違う。あれは間違いなく愛理が与えた力だ。
それは間違いないと二人は感覚的に理解している。それだけの間柄だから。
だからこそ余計に分からない。
本来、了に統合されるはずだった愛理の力。その総量が目減りしていないのはおかしい。
愛理は一体、どこから次郎に与える力のリソースを確保したというのか。
「或いは僕か君からリソースを確保したのなら、だね」
「ええ。それならまだ納得もいきますが当然、私とあなたの力が減ったということもありません」
今回の次郎と二人のプレイヤーの戦いはその疑問を解消できるチャンスだと思ったのだ。
それゆえ戦いを注視していたのだが愛理の時のようなことは起きなかった。
次郎が獲得した力の根源に力を獲得するための条件という新たな疑問が増えただけだ。
「ううむ……どうする? まだ調べるか?」
「そう、ですね」
愛衣と清水の計画からすれば捨て置いても構わない問題ではある。
次郎を計画に組み込み軌道修正を入れはしたがこの問題で支障が出ることはないだろう。
統合される力が減っていたのなら多少、気にはなるが誤差の問題だ。
質の面で考えれば当初のそれより圧倒的に上なのだから必要経費とも言える。
だがその必要経費すら存在しないのであれば良いことづくめだろう。
「正直、ルシファーの存在が気にはかかります」
この絡繰りを仕込んだのはまず間違いなくルシファーだろう。
その意図が不利益を齎す可能性は十分にある。
「ですが、今回の疑問そのものが私たちの計画に直接何か関わるとは思えないのも事実です」
最終的にルシファーがどのような形を狙っているのかはまだ分からない。
それがこちらにとって益があるのかそうでないのかも。
だが今回の疑問がこちらの計画に大きく関わってくるかと思えば首を傾げてしまう。
愛衣の言葉に清水もまた同意を示す。
「撒き餌であらぬ方向に目をいかせようとしているのかもしれないしね」
悪辣な魔王のことだ。
意味深な要素をちらつかせいざ調べれば何の意味もなかったと嘲笑うぐらいはするだろう。
「はい。私たちが目を向けるべき部分を見誤らないことが肝要かと」
ルシファーの行方を探る。
それに並行して次郎の動きを注視しつつそこから魔王の意図を推し量る。
愛衣が改めて自分たちの方針を示すと清水も大きく頷いた。
「ならこの話はこれで終わり。このまま解散、と行きたいが」
「ああ、言いたいことは分かります。私人として気にかかることがあるのでしょう?」
「分かるかい? いや分かるよな。そもそもの発端は君なんだから」
清水が苦笑を浮かべる。
そもそもの話、清水は当初計画に次郎を組み込むことに懐疑的だった。
それを愛衣がきっとお前も彼を好ましいと思うと見極めるよう言ってきたのだ。
実際その通りになった。だからこそ、今回の件は気がかりだ。
「そうですね。……いや本当に言えた義理ではないのは重々承知ですが」
「彼、びっくりするほど迷惑な輩に絡まれるな」
「冬野さんから始まって妙な忍者に二人目の妙な同級生」
「今、夏休みだぞ? 学生にとっては最高の時間なのに不憫過ぎるだろう」
迷惑な輩のお陰で素晴らしいものは見られた。
若き明星の誓い。あれがそうだ。
あれは二人の好感度を更に爆上げするものだった。
だがそれはそれこれはこれ。
次郎が折角の夏休みを無為に浪費させられとぼとぼ歩く姿は見ていてとても胸が痛い。
「君がデートにでも誘ってあげればちょっとは気分も持ち直すんじゃないか?」
「そうですね。脈のあるなしを問わず女の子と遊ぶことが好きなようですし」
「脈は――いや言わぬが花か。それと君、女の子なんて歳じゃ……いっでぇ!?」
「失礼なことを言わないでください。とりあえずそれは決定として」
「ああ、時期を少しずらすか?」
「ええ。飛鳥と了のことです。今の彼を見れば何かを察するでしょう」
次郎のことについて話し合う二人は気付いていない。
問題はないと判断した些細な疑問。
それが既に計画の決定的な綻びに繋がっているなど夢にも思っていないのだ。
「そうなれば当然、フォローに動くはずだよな」
「はい。なのでその後にお誘いをしてみようかと」