変人ラッシュ 5
(どう考えてもおかしいだろ! 話の流れが狂ってる!!)
そして現在。実はプレイヤーだった変態忍者によって次郎は精神的に追い詰められていた。
そりゃそうだ。会ったばかりとはいえ意気投合して仲良く話していた友人がいきなりこんなことになったのだから。
「……おいダイナー、そもそもの話何でいきなりとち狂ったことを言い出した?」
「とち狂った?」
「いきなり男相手に姫になってくれとか狂人の発言以外の何でもねえだろがよ、ええー!!」
ああ、とダイナーはポンと手を叩いた。
「忍びには仕える姫が居て当然で御座ろう?」
「だからそれを何で俺にしてんだテメェはよ~!? ホームシックで頭おかしくなったか!?」
「拙者の夢だからで御座る」
「はぁ!? 男を女にするのが夢とかイカレてんのか!!」
いやそうではなくてとダイナーは困ったように頬をかく。
聞き分けのない人間に何とか穏当に接してる常識人ムーブが更に次郎の怒りを煽った。
「忍びとなり己の全てを捧げられる姫に仕える。これが拙者の夢なので御座る」
「俺は男じゃろうがい!!」
「あっはっは! このような摩訶不思議な力が存在するのだから性転換ぐらい容易いで御座るよ」
次郎は思った。こ奴、どうしようもない狂人だなと。
「己がエゴであることは百も承知。されど追わずにはいられん夢なので御座る」
「……なるほど。でも何で俺なんだ?」
「貴殿は一度も拙者を笑わなかった」
「は?」
「表層部分だけでもまあ、拙者かなり痛い趣味の男で御座る」
なのに、とダイナーは嬉しそうに笑う。
「貴殿は言ってくれた。拙者は幸せであると。
そこまで愛せるものを見つけられるのは素晴らしいことであると。
貴殿は正に拙者が忠を尽くすに相応しい大器の持ち主とお見受けした」
ゆえ、姫になって頂くとダイナーは忍者刀を構えた。
狂人だ。変態だ。どうしようもない。最早、手遅れだ。
それでも、ああそれでもだ。
(……何て真っ直ぐな目をしやがるんだ)
次郎は大きく肩を落とし深々と溜息を吐いた。
「…………は~~~~! しょうがねえなあ!!」
「では!」
「勘違いすんじゃねえ! 黙って俺の玉をくれてやるつもりはねえ!!」
ビシィ! とダイナーを指さしながら次郎は言う。
「後日、日を改めて立ち会うぞ」
「……決闘に御座るか?」
「ああ。賭けるのは互いの玉。俺の玉を取ろうってんならテメェの玉も賭けてもらう」
それができねえならテメェの夢はそこまでの熱だということ。
受けるか断るか。今すぐ選べと選択を迫ると、
「無論、受け申す」
「フン、その潔さだけは評価してやる。三日後の午前二時、場所は……おい、何か良い感じのとこ知らね?」
「え、そこは次郎殿がセッティングしてくださるのでは?」
「うっせーなー気兼ねなく暴れられる場所なんざ知らんわ」
お前契約してる悪魔とか居るんだからそいつに聞いて手配しろとがなりたてる次郎。
態度は悪いがここに至る経緯を考えれば仏だよ。
「承知。しかし……ふふ」
「何がおかしい殺すぞ」
「いや、やはり貴殿を選んだ拙者の目に誤りはなかったなと。あ、繋がった。もしもし拙者だけど?」
数分ほどで話はついたらしい。
「手配を頼まれてくれたで御座るよ。詳しい場所は前日までにメッセージでお送りしますゆえ」
「……分かった。今日は解散だな」
「あ、DVDボックスは」
「今から取りに行くのもだるいし決闘の日に持って来い。あばよ!」
心底疲れていたので次郎はさっさと家に帰ることにした。
本来はどこかでタクシーを拾うべきなのだろう。
だがその気力もなかったので隠蔽の術を使い空を飛んで帰った。
「ぇ」
玄関前に降り立った次郎は絶句した。
玄関の前に置かれた夜の闇にも負けぬ輝きを放つお中元と銘打たれた大きな箱のせいだ。
「お、お中元って……一か月ぐらい遅くない? あれ? 関西とかだと今頃なんだっけ?」
「驚きすぎてツッコミどころがずれてますね……」
「うぉ!? は、はっつぁん……ど、どうしたよこんな時間に……」
塀の上で項垂れる鳩に更に驚く次郎。
「驚かせてしまい申し訳ありません。その、フォローをと思いまして」
「……ひょっとしてこれはっつぁんが?」
「いや私ではなく……何と申しますか私の上司的な方が」
「えぇ?」
どういうこと? と思ったが夜中に何時までも外で駄弁ってるのも迷惑だ。
次郎ははっつぁんを家の中に招き詳しい話を聞くことにした。
「で、どゆこと?」
「ええっと、その次郎くんには色々とお世話になっているのでそのお礼にと」
「おぉ、また律儀な」
「時期がずれてしまったのは何を贈るかで迷っておられる内にその」
「あー、俺が居なくなっちゃったと」
「……はい」
それで妙な時期になってしまったと。
いやでも嬉しいわ。ついさっきまでメンタルガリガリ削られてたからさ。
こういう温かな心遣いにじーんときちゃうよね。
「上司さんにはお返ししないとだな。好きな食べ物とかある?」
はっつぁんにも色々事情はあるみたいだから深く詮索はしない。
だが貰った以上はお返しをしなきゃだし上司の好物ぐらいは聞いても良いだろう。
「そういうことでしたら君の写真を一枚頂ければ」
「しゃ、写真?」
「元気な姿を見せてさしあげれば大層、お喜びになるかと」
「子供好きなのか?」
「ま、まあそんな感じです」
「じゃあ動画とかにする? お礼のメッセージを伝えられるしさ」
「おぉ、それは素晴らしい。私のスマホで撮影致しますね」
「ん、よろしく! じゃあ早速……の前にこれ開けて良い?」
「どうぞどうぞ」
はっつぁんの許可を貰い中を覗いてみると、
「おぉ! え、ワイン? ありがたいけど俺未成年なんだけど」
「問題ありません。ノンアルコールなので」
「マジ? 嬉しいねえ。へへ、ちょっと大人な気分が味わえそうだ」
「喜んで頂けて何よりです。……さんの息子なのに遵法意識が高過ぎる」
「?」
「何でもありません。それとまだありますよ」
「え、いや他には何も」
「ワインの入っている箱を持ち上げてください」
「うん? おぉ!」
ワインの入っている内箱を持ち上げると下には更にパンの詰まった箱が入っていた。
どうやら超常の力で中身の容量を弄っているらしい。
次郎はギッシリと詰まったパンに思わず喉を鳴らした。とても美味しそうなのだ。
「俺、朝はパン派だから嬉しいわ」
「霊的な保護が成されていて賞味期限等はありませんので自分のペースで消費してください」
「食品系の贈り物だと地味に嬉しいやつ……!!」
そしてこれだけではなくあともう一つあるとのこと。
次郎がワクワクしながら内箱を持ち上げると、
「こーれーはー……魚の加工食品かな?」
瓶詰のオイルサーディンやら干物やら魚の加工食品がこれまたギッシリと。
ワインにパンに魚と妙な組み合わせだがどれもこれも美味しそうだと次郎は笑う。
「これは親父も喜ぶな。酒の肴に良さそうだし」
「ご家族で召し上がってください……うん?」
「どした?」
「いえ、何やら封筒が」
はっつぁんが羽根を伸ばし器用にこっそり入っていた封筒を摘まみ上げる。
そこには、
「お、お盆玉……」
「わー、こんなのまで貰っちゃって。めっちゃ良くしてくれるじゃんよ」
「は、ははは。愛情の深い御方でして」
「ってかめちゃ達筆! すっげえホーリーな威厳を感じるぜ」
「は、ははは。た、多才な御方でして」
「すげえなあ」
一通り中を検めた次郎は早速動画の撮影に取り掛かることにした。
撮影係ははっつぁんである。
鳩がスマホ構えてる光景は中々にシュールだが構わず次郎は続けることにした。
「はじめまして。明星次郎です! お中元ありがとうございます!
どれもこれも美味そうでホント嬉しいっす! 大切に頂きますね!
それとはっつぁんがお世話にってことですがむしろ俺のが世話になってて」
飾らず素直な気持ちを伝える次郎にはっつぁんは、
「え、泣いてる? 何で泣いてんのはっつぁん?」
「いえ……その、何というか……どうしてうちの子は……何でもないですぅ」
「は、はあ?」
とりあえず続きをどうぞと言われたので首を傾げつつ次郎はメッセージを続けた。
「もし会う機会があればそん時は俺が何かご馳走しますね! じゃ、そういうことで!」
最期に深々と頭を下げて終了。
はっつぁんはしみじみと頷きながら上司に保存した動画を送信した。
「ありがとうございます次郎くん」
「いやだからお礼言うのは俺の方だっての。ってか小腹空いたし早速頂こうと思うんだけど」
はっつぁんも一緒にどう? と次郎が誘いをかけるとはっつぁんは笑顔で承諾。
一人と一羽で夜食を取る運びとなった。
「ところで何やらお疲れのようですが……」
「変態似非忍者に絡まれちゃってさあ」
「変態似非忍者!?」
「うん。実はさあ」
と次郎は今日あったことを打ち明けた。
「んで三日後、互いの玉を賭けて決闘することになっちゃったワケ」
「……なるほど」
「ひでえ話だろ? 疑似異世界から帰って来たと思えばこれだ。今夏休みだぜ?」
休ませろやとぼやく次郎にはっつぁんはこう返した。
「しかし付き合う義理はないのでは?」
「む」
「かなりの実力者のようですが君の師であるミ……カエラ・アシュクロフトに頼めば何とかなるでしょう」
「んまあ、そうだけどさあ」
それが一番楽なのは次郎にも分かっている。
「……はた迷惑な話ではあるが奴にとっては命を賭してでも追うに値する夢なわけだし」
軽んじるのはどうにも居心地が悪い。
自分一人が迷惑を被るぐらいなら付き合ってやっても良いと思った。
次郎の言葉を受けはっつぁんは静かに笑った。
「?」
首を傾げる次郎にはっつぁんは言う。
「誰にでもというわけではないのでしょう。
しかし僅かにでも酌むべきものがあるなら君は敵を愛し迫害する者のために祈れるのですね」
その善良さはとても好ましいと言うはっつぁんに次郎は照れ照れだ。
「な、何だい何だい急に褒めちゃって。持ち上げても豆ぐらいしか出ねえぞ?」
「ふふ、世辞などではありませんよ」
「よせやい! ただまあ、偉そうなこと言ってるけど勝てるかどうか怪しいんだよなあ」
全力でやるつもりではある。
だがそれはそれとしてあの変態、かなりの強者。
覚醒イベントでパワーアップを果たしても普通に押されるとかマジあり得ないとぼやく。
「ふむ。そういうことでしたらどうでしょう?」
「うん?」
「君さえ良ければ決闘に備えて少し、指南致しましょうか?」
「指南って……え、はっつぁん戦えるの?」
「流石にこの体ではあれですが本来はまあ、それなりに武闘派ですから」
次郎は少しの沈黙の後、その提案を受け入れることにした。
人の好意を無下にしたくはないし何より、はっつぁんの人柄を知っているからだ。
彼は気休めでこんなことを口にしたわけではない。
この短い時間で何か身に着けさせられるという確信があってのことのはず。
であれば勝率を少しでも上げられるかもしれないと思ったのだ。
「大丈夫、君ならきっと勝てますよ」
「は、はっつぁん……!」
ポンと肩を叩く友に思わずホロリとくる次郎なのであった。