変人ラッシュ 3
「次郎の声が聞こえたけど何だって?」
「何か妄言垂れ流してたが本当にやばそうな感じはなかったし大丈夫だろ」
了がそう答えるや今度は飛鳥のスマホが鳴った。
【これは詳細を省くが結論だけ言うと俺は変態に狙われてる……!!】
飛鳥は即座に電話を切った。
「うん。何か知らないけど余裕ありそうだし問題はなさそうだね」
「だろ?」
二人は同時に電源を切った。
「……明星」
真の呟きに飛鳥と了は同時に反応を示す。
代理戦争のプレイヤーで部外者であるはずの次郎に注目している。
それはつまり、その背景を知っている可能性が高いということだ。
「……やっぱり狙いは」
「いやどうかな。冬野の時のように私たちが知らないだけで関わりがあるのかもしれん」
小声で囁き合う。
探りを入れるべきだがどうしたものかと思案していると、
「――――あんたさあ、もうちっとコミュ取ろうって姿勢を見せなよ」
「「!?」」
天井の淵にピンク髪のギャルっぽい女が腰掛けている。
さして距離はないというのに声を出すまで気付きもしなかった。
その事実が飛鳥と了の警戒を更に引き上げる。
「……悪魔か」
「この可愛い羽根見りゃ分かるっしょ?」
「いや確かに悪魔っぽい翼だけどデコりまくってて逆に分かり難いよそれ」
レモンの翼はシンプルな蝙蝠ウイングだがギャルのそれは違う。
形自体は蝙蝠ウイングなのだが宝石やら何やらでキラキラと飾り立てられている。
「そう? それよか自己紹介しなきゃだね。あたしはライラ。察してると思うけど真の契約者よ」
ニタニタと笑いながらギャル悪魔は自らの名を告げた。
「先言っとくとあたしら別に大層な目的はないから」
くるくると自身の前髪を弄りながら言う。
だが悪魔の言葉を素直に受け止められるだろうか。
ますます警戒を露わにする二人をクスクスと笑いながらライラは続ける。
「あたしは面白そうな人間に力を与えて観察するのが目的だから」
魔王の座には欠片も興味がないし、かと言って別の誰かを支援するつもりもないと言う。
「……堤平の観察ができればそれで良いと?」
「そーゆーこと。で、真の方も王子様に興味は持ってるみたいだけどこの子は事情は知らないよ」
知っててもそこには興味を抱かないだろうけどねとライラは肩を竦める。
王子様、ライラは次郎の身に流れる血を把握しているのだろう。
一部の悪魔しか知らない事実を知っている時点で魔界における実力者であるのは間違いない。
「……次郎個人にってことかい?」
「そうだと思うよ? で、そういう意味ではあんたらも対象なんじゃないかな」
「私たちも?」
「うん。そうでしょ真?」
息苦しさを感じるほどに小動もしない瞳が飛鳥と了を射抜く。
思わず後ずさってしまうほどに真は独特の空気を纏っていた。
「明星やお前たちが何者であるかなどに興味はない」
あるのは、と言いかけて真は口を噤んだ。
いやそこで黙るんかい! と飛鳥、了はツッコミそうになったがグッと我慢した。
次郎相手ならそういうノリで良いかもしれないが真相手には憚られる。
((コイツ馬鹿だって思われたくないからな))
二人はふぅと息を吐きクールダウンした。
「桐生、如月」
「「何だい(かな)?」」
「私と立ち会ってくれ」
突然のことに少し驚きはするが、同時にまあこうなるかとも思っていた。
ジョンが言うには真は白黒問わずプレイヤーに戦いを仕掛けているとのこと。
であれば一応、プレイヤーである自分たちにも戦いを挑むことはそう不思議ではない。
「断る、と言えば?」
「勝手に仕掛けるから迎え撃つなり逃げるなりすれば良い」
「逃げても追って来るんじゃないの?」
「ああ。気が済むまでそうするつもりだ」
なるほど、と頷く。
「「実質選択肢ないだろ」」
嘆息し二人は体にオーラを纏わせた。
僕が前に出る、私がサポートだなとアイコンタクトを済ませ飛鳥が一歩前に出る。
「行くぞ」
言葉少なに真が地を蹴った。
(……素人だな)
飛鳥自身、裏の世界に入るまでは格闘技なんかはやったことがなかった。
それでもキャプテンコスモスの指導などで相応の技術は身につけられた。
だからこそ自身の胸元目掛けて放たれた真の拳の拙さがよく分かる。
勢いはあるが体の使い方がまるでなっていない。
最小限の動きで回避してカウンターを叩き込む。
そう決めて回避行動に出るが、
「が……!?」
吸い込まれるように拳は着弾し肺の中の空気と一緒に血反吐が撒き散らされる。
当たったこともそうだが、
(何だこの重さ……ッ)
特筆すべきはその威力だ。
壁を突き破り成す術なく外まで吹き飛ばされるほどの拳には到底、思えなかった。
体勢を立て直し治癒魔術を施していると、
「ぬぐぅ……!!」
自分の突き破った穴から了まで吹き飛んで来たではないか。
飛鳥は咄嗟に了を受け止め彼に語り掛ける。
「ねえ了、これって」
「……ああ。ジョンさんの言っていた技術と喧嘩殺法の話のアレだな」
あるラインを超えた精神性の持ち主であれば喧嘩殺法で正統な技術を凌駕できる。
そのようなことを今日教わったばかりだ。
ジョンや志村のようなベテランならまだしも自分たちと同い年の少女が……。
その事実に二人は冷や汗を流した。
「……」
少し遅れて真が外へとやって来た。
変わらず鉄面皮であるが、どこか戸惑いのよう色が滲んでいるように見える。
自身の拳を見つめ小首を傾げる真に飛鳥と了も戸惑ってしまう。
「考えてもしょうがないか」
ぽつりと呟き再度、真は仕掛けて来た。
真っ直ぐな拳だ。真っ直ぐな蹴りだ。
虚実織り交ぜてなんて戦いのセオリーを無視した嘘のない攻撃。
それらはどんな防御も意味を成さないほどに重く芯まで響く。
上気する頬、飛び散る汗。全力だ。真は一撃一撃を全力で繰り出している。
スタミナ配分など最初から頭になくただただ全霊を尽くし続けている。
飛鳥と了も出し惜しみをしている場合ではないと必死に食いつくが、
((駄目だ、気持ちが追いつかない……!!))
最初からそうと決めて出した本気と、追い立てられ出させられた本気。
どちらが有利であるかなど自明の理だ。
気持ちの遅れがそれそのまま戦いの優劣に直結している。
二人は思った。
((……こんな時、次郎なら))
仮にこの場に居たのが次郎だとしても同じように劣勢へ追い込まれるだろう。
だがそこから逆転できる可能性は自分たちよりも高いと二人は認識している。
話に聞く供花愛理との戦い、その目で見届けたレモンとの戦い。
どちらも窮地に陥った状態から心に火を点け自らの意思を通してのけた。
ルシファーの息子だから強いのではない。明星次郎だから彼は強いのだ。
ゆえに今の自分たちと同じ状況に陥っても心に火が灯れば逆転の目はある。
何せ素人である真ですら自らの意思一つでここまで強くなったのだから。
「……」
「「……?」」
後退の二文字が存在しないかのような攻勢が突如、途切れた。
飛鳥も了も既にボロボロでこのまま押し続ければ勝利は揺るぎないはず。
なのに何故、と二人は怪訝な顔をする。
「お前たちは」
神妙な表情でこちらを見る真に二人はゴクリと喉を鳴らす。
「……いや良い」
「「いやそこで止めるんかい!!」」
◆
走る。走る。走る。道路を。屋根の上を。細い路地を。
纏わりつく影を振り払うように一心不乱に駆け抜ける。
だが悲しいかな。そいつは一定の距離を保ったままずっと俺のケツに着いて来ている。
(……実力行使しかねえ)
幸いにして同じ区内に良い場所がある。
今日出来たばかりの素敵な思い出があるので正直、行きたくはない。
だが仕方ない。時間帯が時間帯とはいえ街中でおっ始めるわけにはいかないだろう。
スマホを起ち上げ現在地から目的地までのルートを検索しそれに従って走る。
「ふぅ」
走り続けることしばし。目的の等々力渓谷公園に辿り着く。
時間帯が時間帯なので人は居ない。ここなら暴れても問題はなかろう。
防犯カメラとかはあると思うが……そこはしゃあない。
後日、監視者か同盟に事情を話して上手いことやってもらおう。
「鬼事は終わりで御座るか?」
耳に心地良い低音が響く。
振り向くとそこに奴は居た。
「それを言うなら鬼ごっこだろうが。しっかり日本語勉強して来いヤンキー」
悪態を吐きながら改めて奴を観察する。
さらりと風に靡く銀髪。吸い込まれそうな翠の瞳。
180を優に超える身長に長い手足。端正な顔立ちと相まって王子様のようだ。
だがそんな王子様成分を丸ごとかき消すような出で立ちをしている。
サイバー味を感じさせる黒のボディースーツに口元を覆うマフラー、背中には刀。
まるで忍者みたいっていうか……まあ、忍者だよね。
だって額に忍って文字が浮かび上がってるもん。爛々と赤く輝いてるもん。
(あんな刻印もあるんすね……どうなってんだ代理戦争……)
奴はプレイヤーである。分類は、どうなんだろう。まあ良い。
部屋を飛び出した時はあんな格好じゃなかったし時間的に着替える暇もなかったはず。
となれば風間さんと同じタイプの固有能力に目覚めていると見て間違いないだろう。
「いや合ってるで御座るよ。鬼事とは他の意味も御座るが鬼ごっこを指す言葉でもあるゆえ」
「え、あ、そうなんすか。何かすいません」
「いえこちらこそ」
無知を晒しちまったじゃねえか。
「それと拙者ドイツ人に御座るからしてヤンキーではないで御座る」
「あ、すんません」
白人ならどこの国とかわかんねえよ……。
「……とりあえずだ。一身上の都合でお前はここで潰す」
躊躇なく力を開放する。
何時になく力が漲っているのは身に迫る危険に対する危機感ゆえか。
「……美しい」
ほう、と吐息と共に紡がれた言葉にぞわぞわと悪寒が走った。
「殺しはしねえが向こう半年ぐらいは病院のベッドから出られないようにしてやる!!」
地を蹴り殴り掛かる。
拳が着弾する寸前で勘違い忍者はフッ、と煙のように消えた。
「後ろ!?」
背後に気配を感じ振りぬいていた拳を反対の手で思いっきり押し出して肘を繰り出す。
手応えはない。空振りだ。
振り向けばもうそこには居らず気配は上に移動していた。
「ちぃっ……!!」
空中で天地逆さのまま繰り出された蹴りをクロスさせた腕で受け止める。
ミシミシと骨が軋むほどの威力。当たっていれば意識が飛んでいただろう。
(――――俺こんなんばっか!!)
ちょっとパワーアップしたってのにさあ! どうなんだよこれ!?
特撮とかでも普通パワーアップしたら数話ぐらいは良い感じに活躍するじゃねえか。
何でパワーアップしたはずなのに俺は早速、頭おかしい忍者もどきに翻弄されてるんだよ。
「忍法・分身の術」
「!?」
奴が忍者っぽいジェスチャー(印? ってやつ)を作るや……増えた。
いや比喩でも何でもなくマジに増えやがった。ひいふうみい……え、十人も!?
「クソが! だったらまとめて!!」
目いっぱい飛び上がり翼を広げ羽根の弾幕を全力で放つ。
奴は降り注ぐ弾丸にも動揺せず刀を抜き放つや、
「はぁ!?」
数千発はあろうかというそれを一つ残らず叩き落してのけた。
いやお前、一発ぐらいは当たるだろ普通。掠るとかでも良いよ。
その速さで回避するとかならまだ分かるけど全部打ち落とすってお前……。
「……フッ、やるじゃねえか」
「恐縮に御座る」
「その強さに免じて俺に二度と関わらないと約束するなら見逃してやらんこともないが?」
「お断りするで御座る」
奴は赤いマフラーをずらし口元を露出させ、こう告げる。
「――――貴殿には必ずや拙者の“姫”になってもらうで御座る」
「これは詳細を省くが結論だけ言うと俺は変態に狙われてる……!!」
俺は反射的にスマホを取り出し了に電話をかけていた。
「あ、切りやがった!?」
ならばと飛鳥にかけるもこちらも話すら聞かずブツリ。
(クソ! 何でこんなことになったんだよ!?)




